第70話 死を覚悟した『国士』の標的は女サイボーグ
『姐御!『那珂』がセンサーの感度上げてきたぜ!どうすんよ。さすがにアタシの機体の光学迷彩とジャミングがあっても位置を感知されるぞ!05式は運動性を上げるためにパルスエンジンの波動が大きい!連中もそれくらいの05式の欠点くらいは知ってるはずだ!』
かなめによる音声通信が誠の機体にも届いた。その声は強気一辺倒のかなめも焦りを帯びているように誠には聞こえた。
『西園寺!通信をしてくるな!自分から敵に見つけてくださいと言うような行動をするんじゃない!貴様はスタンドアローンじゃなきゃ意味が無い!そんなこともわからんから貴様は何時まで経っても『女王様』なんだ!それに近藤がやけになってそうすることも隊長から言われている!』
いかにも『特殊な部隊』らしいカウラの『特殊』なツッコミが走る。
『カウラの言葉に付け加えて言っとくとだ。どうせ死ぬのは西園寺だけだろ?いーんじゃねーの?自分の荘園から得た貴重な税収をやれ酒は『レモンハート』じゃなきゃ嫌だだのタバコはキューバの『コイーバ』以外は吸わねーだの無駄遣いばっかりのオメーが死ねば、その荘園で働いてる平民の迷惑も半減するわけだ。甲武の貴族主義の闇も近藤の旦那を潰せば軽減するからそのついでに近藤の旦那と一緒に死んだらちょうどいーじゃん。世の中がそれだけ平和になる。世のため人の為、近藤の旦那の死出の道行きの道案内でもしてやれや』
ランは助けを求めてきたかなめを非情にもそう言って突き放した。
『ひどいぜ、姐御。アタシは見殺しかよ。』
相変わらず顔も見せず、レーダーにも引っかからないかなめの通信が続いていた。
『サラ!『那珂』と僚艦の動きは!近藤の旦那が狙いを西園寺一人に絞ったとなると変わって来ただろ?』
さすがに虐めすぎたと悟ったようにランは背後で起きた爆発の調査にあたっていた管制官のサラ・グリファン少尉に連絡を入れた。
『はっ、はい!現在、『那珂』と行動を共にしている『官派』反決起派のシュツルム・パンツァーパイロットは近藤中佐には同調せずに出撃を拒否していたのですが……かなめちゃん『だけ』が相手になったとなると何機か出てくるんじゃないかって……隊長が言ってました』
サラは隊長室でこの状況を見守っているであろう嵯峨の言葉を伝達した。
「西園寺さんって……嫌われてるんですか?」
誠はサラの言葉を聞くと自然にそうつぶやいていた。
『連中は西園寺の親父に冷や飯食わされてクーデターなんて真似を始めたんだ。無関係な東和国民を巻き込むのには遠慮が有ったが、相手が自分を冷遇している西園寺一人となった今、連中に容赦をする理由は無い』
カウラはあっさりそう言って、05式電子戦特化型の背中のランチャーからミサイルを射出した。それは『那珂』の手前で自爆し大量の金属粉を撒くレーダーや誘導兵器を混乱させるチャフだった。
『カウラ、済まねえな、チャフを撒いてくれたか。これで近藤の旦那の兵隊の目からしばらく逃げられる。しかし、それだけか?同僚が身の危険に瀕してるんだぞ?もっと何かしてくれても良いんじゃねえのか?』
静かな口調のかなめの音声通信が誠にも聞こえてきた。
『まあいいや。カウラなんかに期待したアタシが馬鹿だった。アタシは結局、孤独な『スナイパー』なんだよ。アタシは確実にそいつを『無力化』する。それが『スナイパー』。そしてそれがアタシ流の『女の闘い』』
『那珂』の後方から6機の機体が誠達の待つ宙域へ進軍してきた。
『やべーな。今度出てきたのは旧式の火龍じゃねー。最新式のシュツルム・パンツァー『飛燕』だ……しかもおそらく有人……凄腕が出てくんぞ。西園寺。覚悟は決まったか?』
ランはそう言うと誠を置いてかなめの救出の為に機体を進攻させた。カウラの機体もそれに続いた。しかし、鈍足な05式の機動力では到底間に合うとは誠には思えなかった。
「クバルカ中佐!それじゃあ間に合わないどころか二人とも『飛燕』の餌食になりに行くようなものですよ!それにカウラさん!電子戦用の機体で最新式の『飛燕』とやりあうなんて無理ですよ!待っててください!」
誠はついそう叫んでいた。
『神前か?貴様のように普通に『人間』として生まれた男にはわからないだろうな……私は結局戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』なんだ。かつてのナチスドイツの理想とした『戦闘のために作られた先兵』そのものだ。戦場以外では、私は単なる『依存症』患者。だから戦う。それでいい』
カウラはそれまで手にしていた指向性ECMの放出装置を背中のラックに引っ掛けると、代わりにそこにあった230ミリカービンを構えた。
『要らねえよ、実弾の飛び交う戦いを考慮に入れていないカウラの支援なんざ。カウラの狙撃はワンヒット・ワンキルの戦いだろ?弾の無駄だ。アタシ等狙撃兵の戦いはワンヒット・ツーキルなんだ。それにアタシの身体はサイボーグ化済みだ。弾が届けば当たって当然。外れる生身の気が知れねえな。生身の射撃のお上手な連中とは格が違うんだよ』
そう言った瞬間、レーダーの左端の『飛燕』のコックピットが吹き飛んだ。
かなめは言葉を続ける。
『神前、いいこと教えてやんよ。アタシの体は『軍用義体』なんて呼ばれちゃいるが、本当に『軍』が戦争にこの手の体を持ち込むのは『違法』なんだ』
「違法?使っちゃダメなんですか?」
誠は戦争法規についてはついていくのがやっとと言う知識しかなかった。
『そうだ。兵隊をサイボーグにしたら強い軍隊ができるが……人道的にどうか?って話だ。軍人を全員改造してサイボーグにすればそれこそ強い軍隊ができるが、地球圏も遼州圏もそれを望んでいねえ』
かなめは悲しげにそう続けた。
「確かにそうですよね。サイボーグは色々と問題がありますから。サイボーグ技術が進んでいる東和でも時々サイボーグの暴走事故とかの話は聞きますし」
誠もサイボーグ化による様々な弊害は知っていたのでそう返した。
『だから、対人地雷や毒ガスや核兵器なんかと同じで、どこの星系でも自分からサイボーグを戦線に投入することはしねえんだ。だが、それは『兵隊さん限定』のルールなんだ。アタシ等『警察官』には当てはまんねえんだな……これが。アタシ等は『武装警察』だ。『軍隊』じゃねえ』
かなめがそう言うと先ほどのとなりの『飛燕』のコックピット付近が爆散した。
「警察官は戦争法規を無視してもいいんですか?」
誠は軍の幹部候補生の教育は受けたが警察官の教育は受けていなかった。
『無知だな。本当におめえは。警察は治安出動で『催涙ガス』とか撒いてるだろ?あれを軍がやったら『毒ガス』認定されて大変なことになるんだよ!他にも軍は使っちゃだめだが警察ならОKな武器がいっぱいあるんだ。見てろよ、誠。アタシの流儀を見せてやる。遊んでやるよ……『家畜ちゃん』』
再びかなめの言葉に冷酷な響きが帯びているのを感じて誠は冷や汗をかいた。
「四時方向、距離540に重力波!探知!特徴から05式狙撃型!西園寺かなめ機と推定されます!」
巡洋艦『那珂』ブリッジで通信士が叫んだ。
「迎撃弾と対艦ミサイルを時限信管に設定して発射!すぐに主砲も発射準備にかかれ!精密射撃をしなければ『ビッグブラザー』も事故と言うことで済ませるはずだ!『東和共和国』軍人にも休戦ライン上で事故死した人間はいる!」
自信満々に近藤はそう言った。
「しかし、相手は『最強』クバルカ・ラン中佐。そして、先ほどの
『那珂』艦長は不安げに近藤に目を向けた。
「なあに、我々にはもう失うものなど何もないんだ。
そう言って笑う近藤の目の前の環境のモニターに近藤の出撃命令を拒否した第六艦隊所属パイロットの画面が映し出された。
『近藤さん』
彼等は近藤の説得に応じなかった第六艦隊の貴族主義に染まらなかったパイロット達だった。
『近藤中佐。あなたは間違っている。貴方方貴族主義者はたとえ、自分の主張が通じなくても、それを伝える努力をするべきだった。今回の決起は無謀に過ぎる話だった』
「何をいまさら!我々に慈悲でもくれるのか?無力な脱落者がよく言う!」
近藤はそうあざけるように笑った。ブリッジに集う同志達も、自分達に最後の説得を試みるかつての同僚達に冷笑を浴びせた。
『クバルカ中佐は自分を『不老不死』だと言った。そして、その上司の嵯峨惟基憲兵少将の見た目もその年に比べて若すぎる。つまり、あの『甲武国陸軍随一の奇人』は死なないということだ』
「だからどうした!我々の志をその程度の能力で止められると思うか!」
叫ぶ近藤にパイロット達の顔には憐みの表情が浮かぶ。
『我々はあなたの自殺の巻き添えを食いたくはない。故国のために死ぬのは恐れないが、あなた方貴族主義者のエゴで死ぬのはごめんだ。格納庫のハッチを開けてくれ。近藤さん』
パイロットの代表の言葉に近藤は大きくため息をつく。
「悪名高い
近藤はそう言うと彼等を監視している担当者に通信を入れる担当者に視線を投げた。
「全ミサイル発射!続けて主砲発射準備態勢完了!目標、重力波異常観測地点!」
火器管制官の叫びに近藤は大きく右手を握りしめる。
「おしまいだ……西園寺かなめ……貴族と士族の死を望むような政策を平然を打ち出す我々士族の敵の娘……死出の導き……よろしく頼むよ」
すでに『処刑』を覚悟した彼等に恐れるものは何もなかった。