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影武者高校生(07)

 鋼鉄の断面が鈍く軋む音を立て、影号の胸部装甲が崩れ落ちた。白い煙と共に内部の構造体があらわになり、その中心からむき出しの制御核がかすかに点滅しているのが見えた。赤い閃光が、断続的に脈打っていた。機械というより、怒りを持った心臓のようだった。

 しかし、影号は崩れなかった。むしろその一撃を受けたことで、完全に“戦闘モード”へと移行したようだった。機体の関節部が蒸気を吹き出しながら回転し、背部から噴射装置を展開。瞬間的な推進によって一気に間合いを詰めてくる。

「来る……!」

 匡が操縦桿を引き絞ると、暁号も反応して地面すれすれを滑るようにして後退した。だが影号の追尾性能は異常だった。一歩下がるたびに、その動きを読んだかのように刃が振り下ろされ、街路を切り裂いていく。

 地下制御室の開が顔を歪める。「動きが、さっきまでと違う……単純なプログラムじゃない、これ、“学習”してる!」

「まさか……自己進化型AI?」

 真優がモニターに目を凝らす。「違う。あれは“誰かの記憶”をそのままトレースしてる。匡の動き、攻撃パターン、全部少しずつ“染まってる”……まるで、影が“匡”になろうとしてるみたい」

「つまり……影号が“匡の真似”を始めたってこと?」

 美紅の震える声に、誰も答えなかった。だがその事実は明らかだった。模倣は本物に近づく。だがそれは、やがて“乗っ取り”を意味する。影号が完全に匡の思考パターンをコピーしたとき、暁号の利点は消え、戦況は一気に逆転する。

 匡自身も、その“気配”を感じ取っていた。影号の間合い、足運び、さらには防御のタイミングまでが、自分と同じだった。まるで鏡の中の自分と戦っているような感覚。

「違う……違うんだよ、俺はそんな単純じゃない!」

 操縦席の中で、匡が叫ぶ。スロットルを回し、関節モーターの限界を超える加速をかける。反応が鈍る。視界が揺れる。それでも、踏み込んだ。

「俺は、“誰かの型”じゃない!」

 暁号の動きが変わった。予定された動作ではなく、即興の動き。刃の軌道をあえて外し、不自然なバランスで反撃の構えを取る。それは、“戦術”ではなく“衝動”の域だった。

 影号が反応できなかった。

 一閃。蒼白い光が、影号の左肩から右腰へと斜めに走った。

 その瞬間、時間が止まったような感覚に包まれた。空気が静まり返る中、影号の制御核が露出し、火花を散らしていた。

 凌大の声が沈んだトーンで響く。「核、開いたぞ。今が……決め時だ」

 咲花が無線で叫んだ。「匡、動けるうちに撃ち込んで!いまが唯一のチャンス!」

「わかってる……でも!」

 匡の手が止まる。目の前の影号。その胸部の奥に、“誰かの記憶”が眠っている気がした。過去に信玄の影として生きた者。戦場を駆け抜け、誰の名にも残らず散った者。父が語っていた、“もう一人の匡”――本物を演じることしかできなかった、真似の人生。

「お前は……生きたかったんだよな。自分のままで……」

 匡の声は震えていた。それを聞く者は誰もいなかった。けれど、暁号は確かに彼の想いを受け取っていた。

「なら……終わりにしよう。俺が、お前の役を終わらせる」

 刃が振るわれる。蒼の閃光が一直線に影号の心臓を貫いた。

 無音の中で、影号がゆっくりと倒れていく。その姿は、まるで深い眠りに就くかのようだった。

「……おつかれ」

 匡が静かに目を閉じると、暁号もその動きを止めた。戦いは終わった。

 空にただ、静かな甲府の風が吹いていた。

(次:08へつづく)

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