影武者高校生(06)
甲府の空は蒼く晴れ渡っていた。その中で、二機の巨影が向かい合って浮かんでいるという現実が、どこか歪んだ幻想のように映る。上空の風は異様に穏やかで、まるでこの一瞬を逃すまいと世界が息を潜めているかのようだった。
蒼い光をまとった暁号がゆっくりと右腕を持ち上げ、金属音を響かせながら戦闘態勢を整える。その動きは滑らかで、むしろ人間の筋肉のような柔らかさを備えていた。対する影号は両腕を伸ばし、まるで祈るような姿勢からゆっくりと拳を握る。その全身を覆う漆黒の装甲には、まるで怨霊のような瘴気がまとわりついていた。
匡は操縦席の中で、全神経を集中させていた。目の前のモニターには、影号の膝関節、首の動き、指先のわずかな反応までもがデータとして流れてくる。だが、その一つひとつが、ただの情報ではなく“感情”のように感じられた。
「……あれは“戦うことしか知らない”機械だ」
匡は呟いた。暁号は反応しなかったが、その代わりに機体内から心拍と同調したような振動が伝わってくる。まるで、彼の意志に呼応するように。
「なら、こっちは“守る”ために動く」
その言葉と共に、匡は右のスロットルを一気に倒した。暁号が風を切って前進する。次の瞬間、影号もまた斜めに跳躍し、二体の巨体が空中で交差した。衝撃波が甲府の街を駆け抜け、車の警報が一斉に鳴り出す。
開が地下制御室でモニターをにらみながら、唾を飲んだ。「すごい……一撃で、風圧だけで地上のガラスが吹き飛びかけた……!」
「どっちも手加減なし……でも、影号は“破壊”が目的で、匡たちは“止める”だけ。そこの違いが、出るわ」
真優が言葉を重ねる。冷静で自然体の彼女の目にも、わずかな焦燥が見え隠れしていた。
咲花が無線機越しに声を投げる。「匡、今のうちに動力制御を再調整して。影号のエネルギーパターンが“変動”し始めてる。もしかして、第二段階があるかもしれない」
「了解」
匡は即座に補助装置のレバーを回し、暁号の出力配分を変更した。関節部が一瞬青白く輝き、衝撃吸収の波紋が機体全体に走る。
その刹那、影号の肩部装甲が展開し、内部から四本の“刃”が伸びた。まるで鞭のようにしなるそれらは、地上の街路にまで届くほどの長さを持っていた。
「広域攻撃か……!」
匡は反射的に暁号の左腕を掲げて防御態勢を取る。バチバチと音を立てて交差する刃が、暁号の防御パネルを切り裂く。しかし、内部フレームは無傷だった。
「防御成功。だが、刃の一本が軌道上に残留……自律制御か?」
凌大が解析を進めながら言った。
「切り離した“刃”そのものが独立して動いてる……まるで生き物みたいに。たぶん、自己増殖プログラムか何かで……匡、長期戦はまずい。エネルギー喰われる」
「わかってる。けど、短期決戦に持ち込むには……何か、突破口が要る」
匡が苦い顔をしたその時、美紅がぽつりとつぶやいた。「ねぇ、匡くん。“真似”じゃ、勝てないんじゃない?」
その一言に、全員が彼女を見た。
「影号はさ、誰かを“真似る”ために作られた機体でしょ?でも、匡くんは違うよね。“模倣される側”じゃない。あんた自身が、何かを作る“最初の人”になるべきじゃないの?」
匡は言葉を失った。
模造、影武者、複製、血の繋がり、遺志の継承。ずっとその中で、彼は“自分自身”を見失いそうになっていた。だが、美紅の言葉が、なぜかそのすべてを“許した”。
「……そうか。俺は、“俺のまま”で戦えばいいんだ」
スロットルを全開にした。暁号の両腕が、電磁展開された刃を発生させる。それは、信玄の太刀の模倣ではなかった。匡の作った、彼自身の形。
「こっちはこっちの流儀で行くぞ。名付けて――“疾風双撃式”。出し惜しみは、もう終わりだ」
次の瞬間、空が裂けた。
暁号が放つ一閃が、影号の胸部に食い込んだ。
(次:07へつづく)