影武者高校生(05)
甲府の空に、轟音が響いた。観光地として整備された舞鶴城公園の真上、まるで天を突くような形で地面が膨らみ、石垣の一部が大地を突き破って浮かび上がる。揺れる地盤の上で悲鳴を上げて逃げる観光客たち。その中でただ一人、咲花は公園の石段から空を見上げた。
そこには、ゆっくりと姿を現す影――全身を黒鉄の装甲に覆われた巨大な機械兵、影号のシルエットがあった。暁号と同じヒトガタの構造。しかしその動きには冷たさと不自然な“模倣の狂気”があった。武田の魂を再現しようとしたがゆえに生まれた、過剰なまでの忠実性。模造であるがゆえの、呪いに近い正確さ。
「来たわね……」
咲花の声には、もはや恐れではなく、使命のような冷たい覚悟があった。
その頃、甲府地下遺構の最深部では、暁号が静かに立ち上がっていた。目を閉じているように見えた機械の顔から、ゆっくりと蒼い光が広がり、胸部から伸びた管が切り離される。
凌大がコンソールから目を離さず、緊張にこわばった指で最終操作を完了させた。
「機体安定。自立歩行までカウントダウン残り十秒……八、七、六……」
その声に合わせるように、真優と開が制御コードを再確認し、各部の状態を読み上げる。
「制御核に問題なし、感情制御モジュール正常作動」
「左腕部エネルギー供給ライン異常なし、出力誤差2.3%以内。これなら戦える」
「匡、まだ戻らないの?」
美紅の声には、珍しく不安が滲んでいた。いつもなら空気に流されるだけの彼女が、今だけは、周囲の沈黙を引き裂こうと声を上げる。
その瞬間、エレベーターの非常口が開き、煤けたシャツのまま、匡が飛び込んできた。
「……ギリギリだな」
「もう! あんた何やってたのよ、死んだかと思ったじゃん!」
美紅が詰め寄るが、匡は軽く息を吐いて彼女の肩に触れた。
「助かった。ここを守ってくれて、ありがとう」
その一言に、美紅が口を閉じた。言葉は必要なかった。視線だけで、今の匡が誰のために戻ってきたのかが伝わった。
咲花が通信に声を乗せる。「影号が浮上、五分以内に市街地に到達するわ。そっち、準備は?」
「万端だ」
匡が答えると、暁号の胸部から鋭い音が鳴った。全身が微かに震え、関節の一つひとつがゆっくりと連動していく。蒼く輝く眼が、空間の一点をじっと見据えた。誰に命令されたわけでもなく、自らの意志で、まるで主人の感情を読み取ったように――。
《暁号、出撃可能。対象:影号。任務:都市の保全と、継承者の意思実行》
「よし、行こう」
匡は操縦席へと乗り込み、全身に走るケーブルが彼の腕と背中に接続される。まるで彼自身が機械の一部になっていくような錯覚。だがその融合は、決して冷たくはなかった。
「一緒に戦うぞ、“暁”」
咆哮とともに、暁号の背部が解放され、巨大なエレベーターが昇降を開始した。街の中心、舞鶴城跡の横――かつての石垣を吹き飛ばすようにして、巨大な昇降口が開き、そこから暁号が天へと飛び上がる。
一瞬、時が止まったように見えた。
甲府の空に、ふたつの巨影が浮かぶ。
蒼い目の暁号、赤い瞳の影号。
「……信玄公も、空から戦を見るとは思わなかったでしょうね」
咲花の呟きは、地上からの実況だった。彼女の目は、匡の背中を追っていた。
戦国の遺志が、現代の街を舞台にして今、交差する。
人の手で創られ、人の意思で動く、鉄の影と光――その結末は、まだ誰にも見えていない。
(次:06へつづく)