バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

影武者高校生(04)

 甲府城跡の本丸にある舞鶴公園。その中央広場の地下には、かつて信玄の本陣があったとされる遺構が眠っている。その歴史を信じて訪れる観光客は多いが、誰もが“ただの石垣の跡”として通り過ぎていく。だがその下に、本当に眠っていたのは、過去ではなく、未来へ向かう“意志の断片”だった。

 匡はその中央、芝生を踏みしめながら地下への隠された扉を見つけた。それは、古井戸を模した鉄製の蓋。地図に載っていない構造。だが父の遺した手帳の最後のページには、確かにその存在が記されていた。

「“最後に眠るのは、双の影”……か。まさか、これを指してたのかよ」

 匡は手帳を閉じ、足元の蓋に触れる。指を滑らせると、ごくわずかなくぼみに指先が引っかかる。それは家紋の形をした凹みだった。ペンダントの装飾と完全に一致している。迷わずそれを差し込み、軽く押し込んだ。

 ガコン、と鈍い音が鳴った直後、地下へと続く階段が現れた。

 息を吸い、彼は躊躇いなく駆け下りる。湿った空気が肺に刺さるように重い。だがその中に混じる機械の熱、鉄の臭い、そして……微かな、呼吸のような振動。それは確かに“何かが目覚めかけている”証だった。

 階段を降りきると、すぐ目の前に密閉されたガラス張りの制御室があった。内部には数台の古いモニター、端末、そして――ひとりの男が座っていた。

 白髪混じりの長髪。鋭い目をしたその男は、こちらに気づいても動じず、ただ静かに匡を見返した。

「やっと来たか、“末裔”よ」

「……あんたは誰だ」

「名乗るまでもない。私は“影の継承者”。武田に敵した者、そしてその“影武者”を作り続けてきた一族の最後の人間だ」

「敵の血筋か……だが、俺はあんたと戦いに来たんじゃない。あれを止めに来た。影号を、起動させるな」

「もう遅い」

 男の指が一つのスイッチに触れると、上空から轟音が走った。地面が震え、遥か下の地下構造体が応じるように悲鳴のような金属音を響かせる。

「お前たちが暁号を動かした時点で、こっちの“条件”も整ったのだよ。影と光は常にセットだ。お前が生きてる限り、我々の“機械”もまた、生きる」

 匡が一歩前に出る。「なぜそんなことをする。自分の手で目覚めさせたロボットが、街を壊すだけかもしれないのに!」

「違う。街など問題ではない。我々が求めているのは“記録”だ。“模倣された本物”が、どこまで力を持てるのか。その証明が欲しいのだ。信玄を模した者が、信玄の意思を超えられるのか――その答えが見たい」

 匡は怒りを抑えきれず、ガラスに拳をぶつけた。「そんなもののために俺たちを巻き込むな! 咲花も、凌大も、皆……!」

「それが“影”の役目だ。“本物”が現れるまでの時間を稼ぐ“器”として存在する。それは、お前も同じだろう。信玄ではない、信玄の血すら曖昧な“模造”……そのくせ何かを成そうとしている。滑稽だと思わないか?」

 匡はその言葉に目を逸らさなかった。むしろ、真っ直ぐ見返した。

「滑稽でも、模造でも、それでも俺は、俺を選んでくれた仲間たちを“裏切らない”」

 静かに言ったその一言に、男が一瞬だけ目を見開く。

「……そうか。ならば、影を超えてみせろ。お前の暁が、本物かどうか。試すには、ちょうどいい機会だ」

 その直後、影号の制御ラインが完全に接続された。甲府の地下全体が、もう一度震え、中心から淡く赤い光が噴き出す。

《影号、起動開始。三分後、甲府市上空へ浮上開始》

「……来やがれ、“模造者”」

 匡は舌打ちし、ガラスを叩き割るように殴りつけたが、さすがに軍用強化素材らしくびくともしなかった。男はにやりと笑った。

「遅い。戻って止める時間は、もうない。あとは、“どちらがより本物に近いか”だ」

 匡はすでに踵を返し、走り出していた。階段を駆け上がる足が、地鳴りに合わせて共鳴している。空が割れようとしていた。甲府の空に、影と光が並び立つ日が――来る。

 地下では、再び影が息を吹き返し、甲府城の地盤が異様な振動を見せ始めていた。

しおり