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影武者高校生(03)

 蒼白い光に照らされた空間は、深い静寂の中でわずかに振動を続けていた。機械の唸りと、風のないはずの場所で響く空気の揺れ。それはまるで、この地下がゆっくりと“目覚め”の過程にあるかのようだった。誰一人として声を出さず、ただ匡の視線の先――もう一体の未起動ロボットへと向けられた視線が、全員の思考を一つに縫い合わせていた。

 咲花がゆっくりと口を開く。「……こっちが、“影”ってこと?匡、あんたが動かしたのが“暁号”なら、あれは……」

「“影号”かもな。形は酷似してるけど、雰囲気が違う。妙に人型にこだわってるし、あの輪郭……明らかに意図的だ」

 匡は機械に向けるまなざしの中で、すでに過去の記憶と未来の危機を重ねていた。資料にはなかったもう一体の存在。それが何を意味するのかはわからない。ただ、警告の音が暁号から発された以上、何かが動き出していることは確かだった。

 開が工具を手にして、壁面の制御盤に近づいた。「こっちの回線、まだ通電してない。でも不気味なくらいきれいに保たれてる。誰かが定期的に整備してた跡がある。……これ、数百年前の構造じゃない。誰かが、最近触ってる」

「え、それってつまり……今も“動かしてる”誰かがいるってこと……?」

 美紅が不安そうに目を泳がせながら、咲花の背後にぴったりとくっつく。

 真優が奥の柱に手を当てると、微かな熱が伝わった。「完全に“生きてる”。この構造物全体が……人工知能っていうか、意志を持ってる感じ」

 凌大が苦笑を浮かべた。「まさか、ロボットに人格があるなんて言うんじゃないだろうな」

「人格というより、“記憶”じゃない?この空間に宿ってるのは、戦国の時代を生き抜いた誰かの痕跡……私たちは今、その記録の中に入り込んでるのかもしれない」

 匡が一歩、影号の前に進み出た。光の当たる角度で、その胸部にうっすらと家紋のような刻印が浮かび上がる。“武田”のものではない。それは、かつて信玄に敵対した勢力――“上杉”のものであった。

「敵の技術を、奪って複製した……?」

「いや、それだけじゃない。これは“影武者”のための器だったんだ。つまり、本物じゃない。だが、“本物以上”を目指して造られた模造……」

 咲花が息を呑む。「じゃあ……匡、あなたは“模造の末裔”ってこと……?」

「それでもいい。模造でも、コピーでも構わない。父さんはそうやって血を繋いだ。結果として、俺がここにいる」

 そのとき、影号がわずかに振動した。誰かがどこかで、起動スイッチを押したかのように、胸部の刻印が淡く光り始める。

 暁号の側頭部が回転し、金属音と共に注意表示が点灯する。

《警告。未承認個体、起動準備中。敵性反応。行動開始まで、五分》

「マズい。誰かが外部からこの“影号”を起動しようとしてる」

 開の声に、真優がモニターを確認し、さらに表情を曇らせた。

「誰かが、地上から信号を送ってる。場所は……舞鶴公園の地下」

「舞鶴って、甲府城の……本丸遺構!?」

 咲花が叫ぶ。全員の顔に緊張が走った。歴史の中心地で、今まさに“何か”が動こうとしていた。

「俺が行く」

 匡の言葉に、美紅が思わず身を乗り出した。「一人で行く気? バカじゃないの!? 何のために仲間がいるのよ!」

「だから、仲間には“暁号”を守ってもらう。影号が起きる前に、本体の接続を切ってほしい。五分だ。それ以上はもたない」

 匡の声は静かだった。しかしその決意は、誰よりも強く空間を貫いていた。

 咲花が無言で歩み寄り、匡の胸ぐらを軽く掴む。「……無事で戻ってきなさい。あんたが何を見てても、私は“いまの匡”しか信じない」

「わかってる」

 匡は咲花の手をやんわりとどけると、背を向けて駆け出した。

 残された仲間たちが動き出す。

 歴史が揺れた。血が、記憶が、そして機械が“正体”を示し始める。

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