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29.妖心斬

「……桃姫殿、しかと見て覚えるでござるよ……」

 妖々魔は吼える鵺狒々に動じることなく、静かに声を発すると両手に構えた二振りの妖刀に妖力を込めた。

「──妖々剣術、奥義──」

 妖々魔は赤い目をスッ──と面頬の影の中に消して、迫りくる鵺狒々に向けて宣言するように声を発する。

「──妖心斬(ようしんざん)ッッ──!!」

 妖々魔の両手に持つ妖刀から放たれた閃光の如き妖力を込められた至高の一撃は、✕の字の軌道を描きながら交差するように斬り上げられ、襲いかかる鵺狒々の両腕を天高く吹き飛ばした。

「──バジャァァアアッッ──!?」

 一瞬にして両腕を失い、困惑の奇声を張り上げた鵺狒々。ドサッドサッ──と肩から切断された長い両腕が庭園に落ちると、赤い目を見開いて叫んだ。

「──お、オレ様の腕ガバアッッ──!? ──せっかく繋げた腕が……!? ホアアアァッッ──!!」

 鵺狒々は、切断された右腕を口にくわえ、左腕を左足の指で掴むと妖々魔を睨みつけてうなるように声を発した。

「──デメェの顔、覚えたからなッッ──!! デメェの顔──!! 覚えたカラナァッッ──!!」
「──妖々魔に候」

 激昂する鵺狒々に振り返り、名前を告げた妖々魔。

「──絶対に許さねぇッッ!! 許さねェ──! ──妖々魔ァァアアアッッ──!!」

 鵺狒々は血走った目で吼えると、夜空に向けて跳躍し、館の屋根に飛び乗ってから、更に森の中へと跳ね跳んでその姿を闇夜にくらました。

「……うむ……なかなかにしぶとい猿でござるな」

 妖々魔は鵺狒々が去っていった夜空を見上げながら呟くように声を発すると、桃姫と雉猿狗が駆け寄った。

「──師匠……!」
「桃姫殿……しかと見てござったか?」
「はい……! あれが、妖々剣術の奥義……!」

 桃姫が目を煌めかせながら感嘆の声を上げていると、腹部を手で抑えた夜狐禅が歩み寄ってきた。

「っ、夜狐禅くん……大丈夫……!?」
「……はい……ですが、手負いになった鵺狒々は厄介です……近い内に必ずまた館にやってきます──それも、もっと凶暴な形で……」

 夜狐禅の言葉を聞いた妖々魔はしばし沈黙したあと、赤い目を点灯させて声を発した。

「……夜狐禅殿、猿が向かった場所になにか心当たりはあるでござろうか……?」

 妖々魔の言葉を受けて思案した夜狐禅が一つの場所を思い出して告げる。

「"西の廃寺"……かつて頭目様が、鵺狒々を封じた洞穴がある、"西の廃寺"に逃げ込んだかもしれません。あの場所は封じる前から鵺狒々の根城でしたし……」
「ふむ……腕を繋げる前に、すぐに向かうべきでござろうな」

 妖々魔はそう言うと、庭園から立ち去ろうとした。その背中に対して夜狐禅が声を発する。

「お待ちください……! ──浮き木綿、集合……!」

 手を上げた夜狐禅が宣言するように告げると、三枚の浮き木綿が集まってきて合体し、一枚の大浮き木綿となる。

「こちらに乗って向かわれると早いです。浮き木綿なら西の廃寺の場所も知っていますから」
「うむ、かたじけない──ハッ!」

 夜狐禅の言葉を聞いた妖々魔は浮き木綿の背中に飛び乗ると、両手の手甲で宙に浮かぶ木綿の布を掴んだ。

「待って、師匠! ──私も鵺狒々退治に同行させてください!」
「雉猿狗もお供いたします──!」

 それを見た桃姫と雉猿狗が声を上げ大浮き木綿の空いている場所に飛び乗って座った。
 三人を乗せた三枚繋ぎの浮き木綿は、見た目に窮屈になったが、それでも浮いているのは妖々魔が浮いているからということもあった。

「夜狐禅くん、行ってくるね……! もう変なのがやってこないように、館の結界しっかり張ってね!」
「はい……! 手負いの鵺狒々は危険です、お気をつけてください……!」

 三人を乗せた浮き木綿は空高く浮かび上がると西の廃寺に向かって滑るように空を飛翔した。

「──うわぁー! 勢いで浮き木綿さんに乗ったけど、本当に飛んでる……! 飛んでるよ、雉猿狗……!」
「──はい……! 私の"雉の部分"が久方ぶりの飛翔だと喜んでおります……!」
「はっはっは……陽気で結構、お二方」

 夜空から眼下に広がる奥州の森の景色を見て嬉々の声を上げる桃姫と雉猿狗に先頭で大浮き木綿を手綱のように掴んだ妖々魔が声をかけた。
 そして、あっという間に西の廃寺が見えてくると、浮き木綿は高度を落とし、三人を境内に降ろした。

「──おるのでござろう、猿殿……出て参れ、鵺狒々……!」

 かつては立派な佇まいであっただろうが、現在は雨風にさらされ朽ち果てた廃寺に向かって二振りの妖刀を構えた妖々魔が声を発する。
 その両隣に桃姫と雉猿狗が立ち、それぞれ〈桃月〉と〈桃源郷〉を構えた。

「……はェえよ……くるのが……はェえよ……」

 廃寺の奥から低く這いずるような野太い声が三人の耳元に届いた。

「──夜討ち朝駆けが兵法の基本で候……どうでござるか、腕の調子は?」
「──バジャァアッ──!!」

 妖々魔がからかうように廃寺に向けて声を発すると、内部から咆哮と共に岩が放り投げられ、三人は咄嗟にかわした。
 投げられた岩は妖々魔がいた地点に激突し、石畳に亀裂が走った。

「……ああ、一度治すコツを掴んだからからな……まだ完治はしてねぇが、繋がってはいるぜ……」

 廃寺の奥の闇から猿の赤い目が光り、ヌボォ──と鵺狒々がその巨体を現した。

「……油断してたんだよ、オレ様は……ぬらりが不在の館に、まさかてめェみたいな"手練れ"がいるとは思わなかったからよォ……だから今度は、本気で行かせてもらう──」

 そう言った鵺狒々は赤い目を光らせ赤い顔を更に赤く激昂させると、茶色い体毛を黄色く染め上げ、更に黒い縞模様を全身に走らせた。
 そして鵺狒々の長い尾の毛が抜けて、黒い鱗が生じ始めると、尾の先端部がまるで蕾が咲くようにして割き開かれ、その中から大蛇が顔を現した。

「──バジャアアアアッッ──!! 上級妖怪の鵺狒々様を怒らせたらどうなるか──!! 教えてやらねェとなァッッ──!!」

 猿の頭、虎の体、蛇の尾──本領を発揮した姿となった鵺狒々が両手の爪を伸ばして雄叫びを上げると、妖々魔目掛けて飛びかかってきた。

「──ふッ!」

 妖々魔は軽やかに身をひるがえして鵺狒々の猛烈な突撃をかわすと、桃姫に向けて声を発した。

「……桃姫殿! 某が注意を引き付けるでござる! ──よいでござるか、これは桃姫殿の"実地試験"にござるよ!」
「──はいッ!」
「──よしッ!」

 桃姫と妖々魔が互いに意思疎通の声を発すると、鵺狒々は憎い相手である妖々魔に狙いをつけて執拗に追い立てた。
 鵺狒々の注意が妖々魔に向けられる中、桃姫と雉猿狗は鵺狒々の背後を取るが、尾から伸びる大蛇が大口を開けてキシャア──と二人を威嚇し、そう簡単に斬りつけられる状況ではなかった。

「──桃姫様……〈桃源郷〉もお使いくださいませ……!」

 雉猿狗は桃姫に向けてそう言うと、銀刀色の刃を持つ打刀〈桃源郷〉を桃姫に投げて寄越した。

「──雉猿狗は……!?」
「──私は、私が出来ることをやりますゆえ……!」

 〈桃源郷〉を掴んだ桃姫が尋ねると、雉猿狗は翡翠色の瞳の中央に走る黄金色の波紋を拡大させながら、桃姫にそう告げた。

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