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30.免許皆伝

「──鵺狒々! 爪を振り! 噛みつくだけ! ──それで終いでござるか!? 芸が無いでござるな……!!」

 妖々剣術の軽快な動きで翻弄するように鵺狒々の攻撃をよけていなし続ける妖々魔が声を発すると、不意に鵺狒々は夜空を睨んで獣の咆哮を張り上げた。

「──バジャオオオオウ──!! ──妖術・爆裂轟雷(ばくれつごうらい)ッッ──!!」

 鵺狒々は虎の毛並みをした全身に電撃を生じさせると上空の雨雲から一本の稲妻を妖々魔に向けて落とした。

「……ぬっ!? ──妖術が扱えたでござるか……!?」

 意表をつかれた妖々魔は両手の妖刀を左右交差させて稲妻に向け、この稲妻は喰らわざるを得ないと覚悟を決めた。

「──神術──不破雷導(ふわらいどう)ッッ──!!」

 その時、宣言するように発せられた雉猿狗の言葉。上空のもう一つの雨雲から斜めに黄金色の稲妻が走ると、妖々魔に向かって落ちる稲妻にぶつかって合流すると、その流れを変えて、鵺狒々の長い尾を目掛けて落雷した。

「──ガバァァッ──!? オレ様の稲妻がッッ──!? 乗っ取られたッッ──!?」

 鵺狒々の黒い鱗の生えた長い尾に黄金色の稲妻が直撃して大蛇が絶命すると、鵺狒々が驚愕の事態に吼えるように叫んだ。

「──"稲妻"を扱えるのは、あなただけではございませんよ──」

 両目を黄金色に染め上げ、バチバチ──と光り輝く雷光をその身に帯電させた雉猿狗がほほ笑みながら告げた。

「──妖々剣術、奥義ッッ──!!」 

 そして、間髪入れずに鵺狒々の背後から桃姫の声が発せられる。いつの間にか、桃姫は廃寺の倒れた柱を伝って屋根の上に登っていた。
 〈桃源郷〉と〈桃月〉を両手に構えた桃姫は、全身から白銀色の"闘気"を発して刃にまとわせると、廃寺の屋根から勢いよく跳躍して、鵺狒々の頭上を取った。

「──妖心斬ッッ──!!」
「ッ……!! ──おごッ……!! ──おぐォオッッ──!!」

 桃姫が両手に構えた二振りの仏刀で八の字に頭の天辺から足の先まで斬り落とされた鵺狒々。両手を上げたままなすすべなく絶叫すると、赤い目をグルンと上に持ち上げた。

「──こいつは……治せね──」

 そして、観念したように断末魔の声を上げた鵺狒々は、巨大なその体を三枚に斬り分けられた状態でドサッ──と石畳の上に背中から倒れ込んだ。

「──でかした、桃姫殿ッッ──!!」
「……師匠ッ──!!」

 妖々魔が声を上げると、桃姫は鵺狒々の亡骸を飛び越えて妖々魔の元へ駆け寄った。

「桃姫殿、おぬしの妖心斬──確かに、妖々剣術奥義として相応しいものでござった!」
「師匠のおかげです……! 師匠のおかげで、私、強くなれました……!」

 師匠・妖々魔と弟子・桃姫が互いにその労をねぎらっているなか、かすかに動き出した鵺狒々の異変に雉猿狗だけが気づいた。

「……ッ──」
「──バジャジャ……!」

 寸断された鵺狒々の左半身が動き、拳をググッ──と握りしめると、真ん中の口が声を上げ、右半身の目がじろりと桃姫の背中を睨んだ。

「──神術──爆裂轟雷ッッ──!!」

 目を黄金色に発光させながら、天に向けて宣言した雉猿狗──人差し指を雨雲に向けて突き上げると、勢いよく振り下ろして鵺狒々の崩折れた体に差し向ける。
 その瞬間、雨雲から発せられた黄金色の稲妻の太い一本が鵺狒々の三枚おろしにされた体目掛けてドゴォォオオン──と降り注いだ。

「……オレ様の、わざ……取るんじゃ……ね──」

 稲妻の直撃を受けた鵺狒々の右半身が燃え上がりながら恨めしそうに声を漏らす。そして、鵺狒々の体は轟々と燃え盛る業火に包まれた。

「……雉猿狗っ!?」
「雉猿狗殿……!!」
「──大丈夫です。もう済みました」

 桃姫と妖々魔が雉猿狗と、その背後で燃える鵺狒々の姿を見て声を出すと、翡翠色の瞳に戻った雉猿狗は、太陽のほほ笑みで二人に言って返した。
 こうして、鵺狒々退治を見事に終えた三人が大浮き木綿に乗ってぬらりひょんの館に帰還すると、留守番をしていた夜狐禅が今にも泣きそうな顔で三人の無事の帰りを祝福するのであった。
 それから1ヶ月後、〈桃源郷〉と〈桃月〉の二刀流となった桃姫は妖々魔とさらなる妖々剣術の研鑽に励み、妖々魔ですらも到達し得ない高みにまで桃姫は到達していた。

「──桃姫殿、某を戦場で討ち取った若い女武者の話……覚えているでござるか……?」

 鍛錬の終わりに妖々魔は庭園にて桃姫に語りだした。

「はい。伊達の女武者……ですよね」
「いかにも。して、某は思うでござる。もしやすれば、あの若き伊達の女武者とそなたとが相まみえる日が来るやもしれんと……いや、日夜強くなっていくそなたの姿を見ていると不思議とそのような予感がするのでござるよ……」

 妖々魔はそう言うと、面頬の隙間から覗く赤い眼を穏やかに輝かせた。

「桃姫殿、その折にはぜひ、妖々剣術をそやつに味あわせてやってほしいでござる」
「はい……! 妖々剣術の強さ、必ず証明してみせます!」

 桃姫が笑みを浮かべて力強く言って返すと妖々魔が群青色の兜を下げて深く頷いた。
 すると、廊下で鍛錬の様子を見ていた夜狐禅が夜空を見上げて声を上げる。

「あっ……頭目様!」

 中庭に向かって降りてくる四枚繋ぎの浮き木綿がスーッと高度を下げて降りてくると、ぬらりひょんが浮き木綿から飛び降りて杖を上げた。

「ご苦労──浮き木綿、解散」

 四枚繋ぎの浮き木綿はぬらりひょんの号令を受けてバラバラにほどけるとそれぞれ四枚の浮き木綿になってふわふわと中庭を飛んでいった。

「頭目様、おかえりなさいませ!」
「うむ。それで、わしが留守の間、何も問題なかったじゃろ?」

 夜狐禅がぬらりひょんの帰還を歓待すると、ぬらりひょんは飄々とした顔でそう言って返す。
 その言葉を聞いた夜狐禅と桃姫が目を合わせ、互いに苦笑いの表情を浮かべた。
 その様子を見ていた妖々魔がぬらりひょんに声をかけた。

「頭目殿、某、本日で館を立とうと思うでござる」
「……えっ」

 妖々魔の言葉を聞いて驚きの声をあげたのは桃姫であった。

「その実、某は頭目殿の帰りを待っていたでござるよ……なにせ、桃姫殿に教えることはもう何もござらんかったからな」
「……師匠」
「桃姫殿、そなたが気づいているかいないのかは別として、そなたはとうに某の強さを超えてござるよ」

 妖々魔は桃姫にそう告げると自身の武者鎧に付けられた赤い飾り紐を抜き取り、桃姫に手渡した。

「……我が弟子、桃姫殿。そなたの免許皆伝を認める──妖々剣術の使い手としてこれからも精進するでござる」
「……はい、師匠」

 桃姫は妖々魔から受け取った赤い飾り紐を自身の長くなった桃色の髪を束ねて縛ることに使った。

「それから、頭目殿。約束通り、妖刀を一振り、置いていくでござる」

 妖々魔はぬらりひょんを見ると、大中小の妖刀のうち、大刀である妖刀〈夜桜〉を鞘ごと腰から抜き取ってぬらりひょんの前に差し出した。

「よいのか、〈夜桜〉はおぬしの三振りの妖刀のなかで一番の大業物じゃぞ」

 〈夜桜〉を受け取ったぬらりひょんはずしりと来る重さと妖刀ゆえの禍々しさを感じ取りながら言葉を発した。

「某、妖々剣術を桃姫殿に伝授し終えて、肩の荷がスッと降りた気分でござる。某が妖怪ではなく亡霊であったならば今この瞬間に成仏して、跡形もなく消え去っていたところでござろうな、はっはっは」

 妖々魔はそう言って笑うとぬらりひょんに背を向けた。

「そんな軽やかな気分となった某にとっては、その大業物である〈夜桜〉を持ち続けるのはちと荷が重いでござる。ゆえにこの館に置いていくことにしたでござるよ……ああ、身が軽い軽い」
「……妖々魔様」

 そう言って中庭を去っていこうとする妖々魔の背中に駆け寄った夜狐禅が声をかけた。

「これから何処に向かうおつもりですか?」
「……そうでござるな……では、蝦夷地へでも参ろうか。猫丸殿が向かった北の大地……頭目殿が頭が上がらぬと言うほどの偉大なる妖怪女王、カパトトノマト殿にも一目お会いしたい所存でござる」

 妖々魔と夜狐禅はそう言って中庭を離れていくと、桃姫が遠ざかる妖々魔に向かって大きな声を発した。

「──師匠ッ! またいつか必ずお会いしましょう……! お世話になりました──!」

 弟子の感謝する声に妖々魔は手を振って返すとぬらりひょんの館から退館したのであった。

しおり