第174話 整いゆく準備
「ああ、そうだ。カウラ。顔貸せ」
一瞬の沈黙をついてようやくいつもの調子に戻ったかなめが、部屋の入り口で半身を出したままカウラを呼び寄せた。
「何のつもりだ?」
近づいてきて肩に手を伸ばしたかなめにカウラは迷惑そうな顔を向けた。
しかしかなめはそんな迷惑そうなカウラの視線など無視して立ち上がりかけたカウラの手を引いた。
「ああ、薫さん。しばらくこいつを借りますから」
そう言うとかなめはそのまま三人が泊まっている客間へとカウラを連れて行った。きっとガンショーか何かで見つけた最新式の銃器の発注をどうするかと言ったところを、小火器担当の整備士官あたりと連絡を取って話し合う。そんなことを誠は想像していた。
「西園寺さん……また銃関係の話でもするんですかね。あの二人の共通の話題って仕事と銃くらいじゃないですか」
誠は落ち着いて再びコタツに座りなおすと、食べかけのみかんに取り掛かった。再びだらけたモードに落ち着いたアメリアもみかんに取り掛かっていた。
「それ以外にもあるものなのよ。お互いの肉体で愛を確かめ合うとか……ああ、これもかえでちゃんの十八番だったわね」
「なに言ってるんですか……それに最近は日野少佐はそんなにおかしいことは行動では見せなくなりましたよ。確かに頭の中までは確認したわけではないので、非番の日に何をしてるかまでは知りませんが」
アメリアらしい百合な発想に呆れ果てながら、誠はみかんを口に放り込んだ。薫もテレビのラグビーの試合に飽きたようでそのまま台所へと帰っていった。
「本当に鈍いのね誠ちゃんは。あの二人が今日することと言ったら一つしか無いのが分からないのかしら?」
アメリアは誠にだけ聞こえるようにひそかにつぶやいた。誠にはしばらくその意味がわからず首をひねりながらアメリアを見つめていた。
「わからないの?」
「何がですか?」
誠の解答が相当不満だったようで、アメリアは大きくため息をつくとみかんの袋を口に運んだ。
「アメリアさん、誠。机を運ぶの手伝ってほしいんだけど」
「行くわよ、誠ちゃん」
薫の言葉にアメリアは気分を切り替えたと言うように立ち上がった。誠も先ほどのアメリアの発言に納得がいかないまま後ろ髪を引かれるようにコタツの中から足を引き抜いた。
コタツを廊下に運び、台所のテーブルと椅子を居間に運ぶ。そこで景気よく呼び鈴が鳴る。
「誠!お願い!」
母に言われて誠が玄関に走った。
「ピザロマーナです!シーフードとチキンのL、お持ちしました!」
大学生くらいの配達員がそう言ってピザの入った薄い箱を誠に差し出した。
「はい……カードで……」
ピザの配達は予想していたので誠はズボンのポケットに入れていたカードを差し出した。
「ありがとうございます!」
立ち去る配達員を見ながら誠はピザの入った箱を手に茶の間に戻った。冬の夕方の日差しは黄色く、部屋の中に充満した。
「母さん!ピザはどうするの!」
「刺身用の大皿があるでしょ!戸棚の一番上!それにお願い!」
母の言葉を聞いて誠がピザを載せるタイの姿づくりが一匹乗る刺身用の大きな皿をお勝手の戸棚から取り出すと箱から出したピザを移した。
またそこで呼び鈴が鳴った。
「誠ちゃんはそのままで!」
今度はアメリアが玄関に走った。
『バースデーケーキ……宅配で頼んでたんだ、アメリアさん』
誠はそう思いながらピザを載せた皿を茶の間のテーブルの上に置いた。
「プレートはカウラちゃんに食べてもらいましょう」
わざわざアメリアがそう言った。実は辛党で通っているかなめが、チョコレートだけは別腹だということは誠も知っていた。それを薫に伝えたかったのだろうと思うと誠は苦笑いを浮かべた。台所からはタンドリーチキンの焼ける香りが漂った。だが、そんな下準備が済んだというのに客間のかなめとカウラは出てくる様子が無かった。
「アメリアさん……」
テーブルにケーキを設置した。さらに昨日いつの間にかかなめが運び込んだ数本の地球産のワインのボトルを誠は並べた。それを眺めているアメリアに誠が声をかけた。
「ああ、あの二人ね。それはそれは深い愛に目覚めちゃって……」
「冗談は良いんですよ。もうすぐ始められるじゃないですか。呼んできたほうが良いんじゃないですか?」
誠の言葉にアメリアは一瞬目が点になった。そしてまじまじと誠を見つめてきた。
「誠ちゃん。本気で言ってるの?鈍いのもここまで行くと芸術品ね。だから年齢=彼女いない歴なのよ」
「あの二人がアメリアさんの望む展開になっているとは思えないんですけど」
こちらも負けてたまるかと、誠もじっとアメリアを見つめた。
「何、二人で馬鹿なことやってんだよ」
客間に向かう廊下からかなめが顔を出した。いつものように黒いタンクトップにジーンズ。先ほど出て行ったときと変わった様子は無かった。
「カウラちゃんは?」
アメリアは明らかにかなめ達が何をしていたのか知っていたようにかなめに尋ねた。
「あいつの説得には骨が折れたぜ。こいつに二回も恥ずかしい格好を見せたくないとか抜かしやがって……」
「二回?恥ずかしい?」
愚痴をこぼしてそのまま椅子に座って足を組むかなめを見ながら誠はつぶやいていた。その言葉がいまいち理解できず、呆然とかなめを見つめた。
「お肉焼けたわよ!手伝って!」
薫の声で三人は立ち上がった。そわそわしながら台所に行くと、そこにはそれぞれの皿に大盛りのタンドリーチキンが並んでいた。