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第173話 無職になるとすべてを失う貴族

「私はラスト・バタリオンだ。例え軍を止めてもその事実は変えられない。仕事熱心とか言う問題では無いんだ。それじゃあ西園寺はどうするんだ?もし貴様が軍を辞めたら何をするつもりか……政治家か?」 

 カウラの一言に誠もうつむいていた顔を上げた。誠にはかなめが軍を止めて父の跡を継いで政治家になる姿は想像がつかなかった。アメリアは天井を向いてしばらく考えていたが、ひらめいたと言うように手を打った。

「そりゃあ……小間使いとして雇ってあげるわよ。甲武の貴族は無職になると荘園を取り上げられるから何かお仕事を探してあげなきゃいけないし……良いんじゃないの?小間使いで」 

「誰が小間使いだ?それにアタシは軍を辞めることなんて考えてねえ。アタシにとっては軍人や警察官は天職だ。他の仕事なんて考えらんねえよ」 

 かなめが叫んだ。彼女は要人略取などを専門とする非正規部隊のサイボーグらしく何か重そうなものを誠達の視線から隠しながら、音も立てずにアメリアの背後に立っていた。

「え、じゃあ甲武の貴族って無職になると荘園を取り上げられて無収入になるんですか?」

 誠はアメリアの甲武の貴族は無職になると荘園を失うことを聞かされて驚いてそう言った。

「そうよ、与えられた仕事もできないような無能な貴族は荘園を持つ資格はない。それが甲武の仕組み。まあ、貴族院と言う貴族の無能が他の仕事が務まらないから政治家をやっている場所があるけど、かなめちゃんのお父さんは貴族院廃止論者だからとても貴族院議員には成れそうにないわね。そうなると当然、かなめちゃんは無職になって収入の道が絶たれて好きなタバコも吸えなくなる……今からでも遅くはないわ、辞めない?うちの部隊」

 アメリアはかなめに向けてそう言った。かなめは完全に無視を決め込み黙り込んでいた。

「ああ、かなめちゃん。いい加減反応しなさいよ」 

 突然のことだというのにアメリアはまったく驚く様子も見せない。むしろかなめが後ろに立っていたからからかってみたのだと開き直るような顔をしていた。

「誰が無職だ!アタシは軍人だ。他の仕事なんかできるか!小間使い?なんでアタシがそんなことしなきゃなんねえんだ!アタシは戦う女だ!戦い無いところに人生はねえ!だからこの『特殊な部隊』の隊員なんだ!」 

 そこまで言ったところでかなめが不意に口ごもった。カウラも薫も黙って仁王立ちしているかなめを見つめていた。次第にかなめの顔が赤く染まった。

「でも、小間使いもいいものよ。かなめちゃんが誠ちゃんのお世話ができるんだからいいじゃないの。パンツを変えたりとか、下の世話をしたりとか……ああ、それはかえでちゃんのしたいことだったわね」 

「うるせえ!死にたいか?そんなに死にたいか?」 

 真っ赤な顔をしてかなめはアメリアの襟首をつかんで持ち上げた。首が絞まっているわけではないのでアメリアはニヤニヤしながらかなめの顔を見つめていた。

「それより何?それ」 

 驚きも恐れもしない肝の据わったアメリアに言われて、ようやくかなめは我に返る。そしてすぐ持ち上げていたアメリアから手を離した。

「なんだと思う?」 

 かなめはそのまま荷物を隠しながら笑顔を浮かべた。

「なんだって……わからないから聞いてるんじゃない」 

 アメリアはつれなくそう言うとそのまま服の襟元を直してコタツに戻ろうとした。

「少しは気にしろよ!」 

「やだ。気にしたくない」 

 かなめの叫びがむなしく響くだけだった。アメリアは見向きもせずにみかんにを伸ばした。

「アメリア。聞いてやるくらいはいいだろ?」 

「そうよ、かわいそうよ」 

 カウラと薫の言葉がさらに重くかなめにのしかかっているようで、そのままかなめは静かにアタッシュケースを持って歩いていった。

「アメリアさん。聞いてほしいみたいですから……」 

「あのねえ」 

 顔を上げて誠達を見つめるアメリアがみかんを横にどけた。正座をして一度長い紺色の髪を両脇に流した後、真剣な瞳で誠を見つめてきた。

「そうやってかまってやるからつけあがるのよ。かなめちゃんは!」 

「確かにそうですけど……」 

「なんだ?アタシはサラか?いつからそんなポジションに……」 

「黙ってらっしゃい!」 

 アメリアの気合の一言に文句を言おうとしたかなめが引き下がった。

「たまには冷たくあしらうくらいのほうがいいのよ。つまらないことは無視!真面目な話だけ……」 

「いや、それはお前の方に当てはまる話だろ?」 

 ここまでアメリアの話を聞いてカウラは呆れながら応えた。それをみてアメリアはショックを受けたように大げさにのけぞった。

「え?みんなそう思ってたの?」 

「今頃気づいたのか?」 

 カウラの言葉にアメリアは大きく頷いた。誠はそれがかなめを挑発するためのポーズだとわかって、なんとも困ったような笑顔が浮かんできた。そんな様子にかなめは明らかに不満を込めて舌打ちをした。

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