第175話 カウラの晴れ舞台
「凄いですね」
満面の笑みでアメリアが皿を両手に持った。誠は先ほどのかなめの言葉が気になったが追及するわけにも行かずに母から預けられた皿をテーブルに運んだ。
そして肉まで運ばれてくると居間の雰囲気はすっかり素朴な感じのパーティーのそれに変わっていた。
「もういいかな?」
そう言うとかなめが再び客間に消えた。
「はいっ!スパーリングワイン係!誠ちゃんもそれくらいの役にはたってよね」
アメリアは手にしていたスパークリングワインを誠に渡した。あまりにも満足げな彼女の笑みにほだされてつい、誠はワインの栓の周りの銀紙を外す作業をはじめた。
「どう?誠ちゃん。タイミングよく抜くのよ。そのタイミングこそが命なんだから、スパーリングワインの」
「そんなすぐには無理ですよ。それにタイミングったっていつですか?」
恐る恐るスパークリングワインのコルクを緩めはじめた誠をアメリアが急かせた。
「おい、アメリア。いいか?準備できたか?」
廊下で後ろに何かを抑えているようなかなめの顔が飛び出していた。だがアメリアはかなめの言うことなど聞かずおっかなびっくり栓をひねっている誠を見つめていた。
「いいわよ……って。全く誠ちゃんは要領悪いわね」
そう言うと恐る恐る栓を抜こうとしている誠からアメリアはスパークリングワインを奪い取った。彼女はそのまま勢い良く栓をひっぱった。
ぽんと栓が突然はじけた。栓はそのまま天井に当たって力なく床に転がった。
「ったく何やってんだよ……来いよ。ここまで来たら覚悟を決めろよ。軍人だろ?」
アメリアがワインを撒き散らす寸前でどうにか落ち着いたのを見計らうと、かなめが後ろの誰かに声をかけた。
「すまない……なんだか……似合わなくて」
戸惑いながら響くカウラの声。誠がそちらに目をやると緑の髪の着飾った淑女がそこに立っていた。アメリア、薫、そして誠の視線がもじもじしながら立っているカウラに向けられていた。
「綺麗……」
アメリアがそう言うまでも無く誠も心のそこからカウラの美しさに惹かれていた。額と胸、そして腕には先日かなめが選んだルビーとエメラルドの装飾が飾られていた。着ているドレスは先日店で見たものとは違う薄い緑色の楚々とした雰囲気のドレスだった。
「凄いわね」
薫もうっとりとカウラの姿を見つめていた。いつもは活動的なポニーテールになっている後ろ髪が流れるようにドレスの開いた背中に広がっていた。
「まあ、こんくらいじゃないとアタシの上司って言うことで紹介するわけにはいかねえからな。これもみんなアタシの為だ。プレゼント?そんなこっちの割に合わないような真似アタシがすると思ってたのか?」
得意げなかなめのラフな黒いタンクトップとジーパン姿が極めて浮いて見えた。
「かなめちゃん。どきなさい」
カウラの姿に見とれるアメリアはかなめをどかしにかかった。
「んだ?アメリア。今日の主役はこいつ。アタシの格好がどうだろうが関係ねえだろ?それにこれを買ったのはアタシだ。アタシが何処に居ようがオメエには関係ねえ」
「カウラちゃんが主役だから言ってんの。かなめちゃんは視界に入らないで。目が穢れるから。それに金持ち自慢が鼻に突くからできれば外でじっとしてて、邪魔にならないように」
「なんだって?」
かなめがこぶしを作るのを見るとカウラはドレスが見せる効果か、ゆったりとした動きで握り締めたかなめの右手を抑えて見せた。
「止めろ、西園寺。貴様はいつもそうやって暴力ですべてを解決しようとする。それは悪い癖だぞ」
いつもの調子で言葉をつむぐカウラかなめは突然顎をしゃくって大仰に構えた。
「そのような無骨な言葉を使うことは感心しませんわよ。もう少し穏やかな言葉を使ってくださいな」
かなめは作ったように上品に笑ってアメリアの隣のを引いて静かに座った。
「かなめちゃん。ちょっといい?」
「どうぞ、おっしゃって頂戴」
「キモイ」
確かにあまりにも普段の暴力娘的な格好で上品な口調をするかなめには違和感があるのを誠も感じていた。
「てめえ、一回死ね!」
かなめはいつもの調子でそうつぶやくと再び穏やかな表情に戻った。