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第144話 暗躍する『廃帝』

 そのまるで遠慮も無い尊大な態度を一瞥した桐野は、苦い顔をして視線を目の前の端末に戻した。北川もその余裕のありすぎる老人への嫌悪感を隠すことなく桐野の隣のソファーにふんぞり返ってみせた。

「実に素敵な結果が得られたようではないですか。力を持たないネオナチの方々が力を持つに至った。これは一つの時代の変革期に立ち会えたと言うことですかな」 

 窓辺に立つ長髪の男の声に老人は満足げに頷いた。それは桐野にも北川にも不愉快な表情だった。どこまで何を知っているのかと言うことをまるで覆い隠す穏やかな笑顔が老人に浮かんでいた。

 かつてこの国、東和の総理大臣を務めた経験もある菱川グループ総帥の菱川重四郎と言う怪物を相手にするのは正直二人には気が乗らない話だった。

「こいつはカーンの爺さんより性質が悪いな。あの爺さんは自分がしたことが悪いことだと分かっているがこっちはまるでその自覚は無い」 

 北川は小声でそうつぶやくと何度も再生が繰り返されている桐野の端末に目を向けた。

「それは褒め言葉と受け取っておきましょう。それに自覚が無いと言うのは間違いですよ。我々は正しいことをしているのです」 

「地獄耳め……」 

 北川は老人に独り言を聞き取られたのが頭に来たようで、そのままいたずら盛りの子供のようにふんぞり返った。その様を微笑みながら長髪の男は眺めていた。

「私の悪口を続けていただいても結構ですよ。経営者、政治家。どちらも陰口を叩かれるのが仕事のようなものですから。いちいち気にしていたら壊れてしまいますからね」 

 平然とそう言うと菱川は入り口に立つ部下に出て行くように目で合図した。明らかに狼狽しながら首を横に振るサラリーマン役員の姿が滑稽に見えた。

「出て行きたまえ。これからは私の判断の範疇だ。君の職権の及ぶところではない」 

 ためらう部下に言う言葉の重みに桐野が初めて顔を上げて隣に立つ老人を見上げた。その態度を見てようやく菱川の部下の役員はドアから消えていった。

「命を粗末にするのは良いことじゃないですね。命は尊いものです。まあルドルフさんにはまず同意してもらえない私個人の見解としての話ですがね。彼には命を大事にすると言う発想は無い。私は経営者として、政治家として命を大事にすると言う発想がある。まあどちらが優れているかは陛下のご判断にお任せしますが」 

 菱川は一言、桐野にそう言うとそのまま彼の正面のソファーに腰を下ろした。

「立派な街ですね。実にいい」 

 初めて長髪の男が口を開いた。それに驚いたように北川は振り返った。

「人はその命の数だけ価値がある。私はそう思いますよ。かつて、地球人達がまだその生まれた星に留まっていたころ。『命は地球より重い』と言ったそうですが、なかなか興味深い言葉だ」 

 そう言って再び菱川は桐野を見つめた。重い瞳で見つめられた桐野は一度にんまりと笑った後、窓から離れようとしない彼の飼い主の方を見つめた。

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