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第27話 遼州の真実についてアメリアが知っていること

「あんだけ撃つと肩が痛くなるわね。それとあえて助言しなかったけど、誠ちゃん今度の訓練の時はストック伸ばした方がいいわよ。肩が痛くなるけど腕への負担はかなーり違うから」

 本部の『運航部』の部長席に『特殊な部隊』の運航艦『ふさ』艦長が腰を下ろしていた。

 アメリア・クラウゼ少佐は肩をさすりながら腕の筋肉痛で頬を引きつらせている誠を糸目で眺めた。

 誠から見てもなかなかの美女である。

 身長は180センチを超えるほどデカイ。

 そして、特徴的に目が細かった。

「アメリアさん。それ最初に言ってください!僕も撃ってる間中腕がやたら疲れてきてなんだか変だなあとは僕も思ってたんです。おかげで腕が棒のように硬くなってしまったじゃないですか!」

 誠は筋肉の張りきった腕をさすりながら本心からそう思った。

 本部の『運航部』の大きな部屋は、彼女に言わせれば自分の『城』らしい。

 部屋の女子部員は隣の運航部のシミュレーションルームで訓練でもしているのか、誰一人いなかった。

「まあ、誠ちゃんはかなめちゃんが監督をしているうちの草野球のエースとして秋から頑張ってもらわなきゃならないんだから……そこだけは期待しているわよ」

「草野球チーム……そんなのあるんですか?」

 アメリアの意外な言葉に誠はそう返した。

「あるわよ……なんてったってここは野球の名門『菱川重工豊川工場』の敷地内にあるんだもの。ここの硬式野球部のOBを中心として近くの中小企業なんかを巻き込んだリーグが昔からあるのよ。なんてったって都市対抗野球に出場するような選手が腕が鈍らないように頑張ってるんだもの……誠ちゃんにはその強力打線を抑えてもらわなくっちゃ」

「そんな期待の仕方って無いんじゃないですか?もうちょっと任務に関することでも期待してくれてもいいじゃないですか」

 誠の反論にアメリアはあざ笑うような微笑みを浮かべる。

「期待ねえ……人生期待なんて持って生きない方が良いわよ。この東都共和国の世界を見てごらんなさいよ。世界が望んだように進むなんて幻想なんじゃない?全部の技術を地球に合わせて進化させようなんて偉い人達は考えて無いわよ。地球じゃ当たり前の空飛ぶ車もこの遼州ではお目にかかれないし」

 アメリアの言葉で誠は我に返った。

「確かに……将来は地球みたいに温暖化で大変なことがあるというのにガソリンエンジン車が走ってるなんて……地球の人達が知ったら卒倒するでしょうけど……そんなの石油が沢山とれるし、人口も地球よりはるかに少ないんだから当然じゃないですか?それに地球は当時人口が爆発的に増えてましたから。遼州はこの400年間人口が減ることはあっても増えたことは無いですし」

 誠は理系脳だった。

 彼の常識からしてみれば地球では実用化されている空飛ぶ車などSFの世界の話に聞こえていた。

 そもそも、彼自身が普通に四輪自動車の運転すらまともにできないのである。

 空を飛ぶ空飛ぶ車の制御など選ばれたエリートしかできないのは全く持って当たり前の話なのである。

 技術を二十世紀末から進めようとしない東和では、空飛ぶ車は軍や警察のエリートの特権で、空飛ぶ車など市販される予定もなかった。

「地球人の真似して理想を追いかけるのも結構だけど、遼州流の足ることを知る生き方の方が気が楽よ。遼州人は地球人みたいに科学の進歩に自分達の生活を合わせると言う発想は存在しない。自分達の生活に不便がなければ今で十分というのが遼州人だもの」

 アメリアはいつものアルカイックスマイルを浮かべながらそうつぶやいた。

 アメリアは完全に笑顔で細い目をさらに細くしながら突然咳払いをした。

 誠の現実逃避へのぎりぎりの状態で奇妙な変化が起きた。

 誠の視界の中でアメリアの表情から笑顔が消え、急に真剣な表情の人物に見えてきた。

 そして、彼女の糸目が少し開かれ、紺色の瞳が見えた。

『目の錯覚かな……』

 
挿絵


 その鉛のような大きく見える瞳を見つめて誠がそう思った次の瞬間、アメリアは語り始めた。

「まあ、ふざけるのはこれくらいにして……もう誠ちゃんもうちの隊員なんだから」

 急にアメリアの纏っていた雰囲気が変わっていた。

 そこには少し悲しげにほほ笑む美女の姿があった。

「私が知っていることを話すわね。一応、私も『部長』だから、いろいろ知ってるわけなの。内容が今の誠ちゃんには、理解できるかどうか分からないけど」

 そう言うアメリアは先程までのお茶らけているときとは別の顔で話し始めた。

「すべては『悲しい出会い』から始まったの」

 アメリアはそう言って遼州と地球の誠の知らない事実を語り始めた。

「地球人の調査隊の持っていた『銃』と、『リャオ』を自称していたここ植民第二十四番星系、第三惑星『遼州』の『遼州人』が出会ったこと。その大地の下に『良質の金鉱脈』が埋まっていたことがすべての始まり……それこそ地球人がこれまで手にした量のすべての金を合わせた量の金を僅か1か月で採掘できるぐらいの良質の金鉱山が遼帝国には普通に存在する」

 誠は小学校の社会で習ったこの星の歴史の数少ない記憶を思い出した。

 そこで地球人による『リャオ』への一方的『人間狩り』が行われたことを。

「遼州人はそのすべてを地球の文明人達の金をはじめとする資源に対する『欲望』によって奪われた。言語は失われ、文字を持たない遼州人は『未開人教化』と言う名のもとに地球圏に『管理』された」

 アメリアの表情にはいつもの笑顔は無かった。

「地球圏の人は……おそらくそんな私達から見た『真実』なんて知らないわよ。自分達は遼州人に良いことばかりしたと思ってる。『未開人』に『文明』を教えたと誇っているんじゃない?むしろそんな金をはじめとする資源を掘らずに眠らせておく遼州人の考えることを理解不能と思っているんじゃないかしら?」

 アメリアの言葉に誠は違和感を感じた。

 遼州に地球人が到達してから『遼帝国』独立までの二十年の戦争の歴史。

「そんな遼州人と地球人の出会いの裏側の出来事はどうでもいいの。それ以上に問題なのは、この『東和列島』には、そんな悲劇を黙って見つめている『存在』があったことよ」

 アメリアは表情を殺してそう言った。

 そして、真っ直ぐに誠を見つめた。

「『存在』……?そんな話、僕は聞いたことが無いですよ!」

 突如、本性を現したアメリアの言葉に誠は息を飲んだ。

「地球人がこの星を見つけてから調査隊がこの『東和列島』に到着した時に、奇妙な事実に気が付き驚愕したそうよ。そこに住んでいる人々が『日本語』を話し、『日本語』で考え、『日本的』な名前を持ち、『日本人』にしか見えなかったってね。『銃』も持ってたらしいわね、その『公式』な調査隊が到着した時には」

 誠の知っている歴史とは違うその東和の過去についてアメリアが語る事実に困惑した。

「地球のその地球人としてはまともな調査隊の結果を『地球圏』に報告したんだけど……握りつぶされたそうよ。『ありえない』ってね」

 アメリアの語るこのかつての『東和共和国』の歴史は誠のまったく知らない歴史だった。

 理解不能で固まった表情を浮かべる誠を見てアメリアは優しい笑顔を浮かべて話を続けた。

「見た目は地球の東アジア人にしか見えない『リャオ』が地球の『無法者』と裏取引をすることくらい……考えなかったのかしら?地球の政府の人達。マジで『空気読んでよね』」

 そう言ってアメリアは遠くを見るように顔を上げた。

「そんな地球と伍していける技術を持った東和の支援を受けて遼州大陸の技術を持たない人達も得意のゲリラ戦で地球から独立することができた」

 アメリアはここで初めて笑顔を見せた。

「甲武が言ってる甲武派遣の地球の部隊が寝返ったことで独立できたんだから、遼州独立の最大の功労者は甲武国だって主張だってそんな裏事情がなければありえないわよ」

 そう言うアメリアの口元に笑みが浮かんだ。

「『東和列島』のそのあまりに突然とも思える進んだ文明の存在が現れるという奇妙な現象を引き起こしたのは、間違いなくその『存在』が原因……だと隊長は言ってたわ」

 アメリアのその言葉に『駄目人間』である嵯峨の顔が誠の脳裏に浮かんだ。

「そしてその『存在』は遼州人が地球の日本の『ある時代』を模倣することで生き延びるすべを見出した……」

「生き延びるすべ?」

 誠の問いにアメリアはにやりと笑って答えた。

「そう、地球で一番満ち足りていた時代……『日本』の二十世紀末……その時代を模倣すればこの『東和共和国』は豊かに繁栄できると……」

 アメリアの言葉に誠はただ思い出をめぐらすだけで事足りた。

 誠の思い出もすべて二十世紀末の『日本』を模倣するものすべてであると思い知ったからだった。

「でも……なんで二十世紀末の日本なんです?」

 素直な疑問を誠は口にしていた。

「それは戦争も無いし飢えもない。国民総中流で貧富の格差も少ない……格差社会の今の地球圏から見ればある意味理想郷じゃない」

 そう言いながらアメリアは誠にウィンクした。

「別にそれは悪いことじゃないわよ。戦争ばかりのそのほかの時代を模倣するよりよっぽどまし。でも……ちょっと違うような気がしないでもないけどね」

 アメリアはそう言って苦笑いを浮かべた。

「まあ、二十世紀談義はそのくらいにして……その『存在』はおそらくどこの『人間型』生物でも持ち得るありふれた『妄想』を持っていたのよ」

「『妄想』ですか?」

 誠には『妄想』などは理想の女性像ぐらいの身近な『妄想』しか思いつかなかった。

「それは人間はいつか正しい世界を実現できるという『妄想』が。そして、『地球』には『妄想』についての具体的理論があり、『東和共和国』にはその『妄想』を具体化する『意思』があった……隊長もそこから先の話になるとすぐに話をごまかすのよね」

 『駄目人間』の話をはぐらかすことにアメリアは不満を持っているらしかった。

「その『意志』がこの国の生活水準をその『意志』が正しい世界だと考えている二十世紀末日本で止めている……隊長はそう言っていたわ。そしてそれに影響されるように他の同盟加盟国の元地球人の国の生活レベルもある時代で止めている。それがこの遼州系を支配している『意志』が実現したあるべき社会の姿って訳」

 アメリアはいつものアルカイックスマイルを浮かべながらそう言った。

「それが正しいかどうかなんて私には分からないけど……隊長は無責任に『いいんじゃないの?それでこれまで困らなかったわけだし』ってそう言っただけだった。その『意志』が正しいかどうかなんて考えて無いみたい」

 静かにアメリアはそう言った。

「『存在』……『妄想』……『意思』……『東和』……そんな『意思』がこのあえて遅れているこの国にあるなんて。その遅れている理由も『意志』の存在によりすべてが決められていたなんて……」

 誠はただぼんやりとつぶやく。

 アメリアの言葉は理解できない。

 それが何を意味するのか分からない。

 そして分かりたくなかった。

 自分達は満ち足りているからあえて進歩しようとしていないんだ。

 誠にとって東和の常識はその一言に尽きた。

 正体もよく分からない『意思』とやらが誠達の生活を決定している。

 そんなディストピア小説の一幕のような事実を誠は信じたくなかった。


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