第28話 モテない宇宙人である遼州人
「その『存在』、『ビッグブラザー』のおかげで『東和共和国』では、地球から独立してから国民の戦死者が『一人』も出ていないわ。こんなに過酷な戦乱が続く遼州星系にあって」
「え?」
『遼州政治同盟』による一応の安定が実現した今もなお、遼州星系の各地で今も武力衝突が続いていることは知っていた。
二十年前、遼州星系全体を覆った『第二次遼州大戦』の死者は5億を超えていたという。
しかし、アメリアが言うには東和共和国では一人の戦死者も出ていない。
それが明らかに異常なことであることは誠にも理解できた。
こんな異常な東和共和国について語るアメリアにはいつものお笑いTシャツを着ているぶっ飛んだ姉ちゃんの面影はなかった。
「戦死者がいないってことは戦争に参加していないってこと……でも、それっていいことなのかな……ちょっと疑問なのよね。『東和共和国』だけが平和で他は戦争ばかり。それはちょっと違うんじゃないかなって私は思うの」
アメリアは真剣な表情で話を続けた。
「キーワードは。『アナログ式量子コンピュータ』と『それに同期する通信システム』。それに『情報戦』と『電子戦』。そして、その解説書がこれだ。」
そう言ってアメリアは一冊の文庫本を誠に手渡した。
「作者は『ジョージ・オーウェル』……地球人ですよね、この人」
誠は古びた文庫本を手に取ってその著者名を読み上げた。
回し読みでもされたように、その本は手あかに汚れていた。

「題名は『1984年』。SF小説の金字塔とか呼ばれてるわ。そこに登場する超存在『ビッグブラザー』をこの『東和共和国』は『アナログ式量子コンピュータ』を使って作り上げることに成功した……まあ、これも隊長の受け売りなんだけどね」
「SF小説の『指導者』がなんでこの国に君臨してるんですか?」
誠はほとんど『ちゃんとした本』を読んだことが無いので、アメリアにそう尋ねることしかできなかった。
「誠ちゃんの『理系脳』でもわかるように言うと、『デジタル』はどんなに進化しても『0』と『1』の2進法でしかない。これは知ってるでしょ?」
笑顔のアメリアに誠は静かにうなづく。
「でも、『アナログ』な世界には無限のパターンが存在するわけ。でも、人間の脳は神経細胞『ニューロン』のプラスとマイナスの反応でしか認識できないから、地球のコンピュータと同じで『デジタル』なのよ。まあ、『デジタル』で考えるのが普通の『ヒューマノイド』ね。『無機的コンピュータ』も『有機・生体コンピュータ』も結局は『デジタル』信号で動いているのは同じだもの」
誠はその『理系脳』に導かれてアメリアの言葉にうなずいた。
それを見て満足したようにアメリアは続けた。
「でもね、遼州人はデジタルとかとは無縁の『アナログ人間』だから、『量子コンピュータ』が『アナログなシステム』で動くことに着目したの。その結果出来た『アナログ量子コンピュータ』は『デジタル』で送られる通信を瞬時に解析ができちゃうの。その結果、どんな『デジタル』ネットワークでも瞬時に制圧可能な『電子戦』システムを、ここ『東和共和国』は開発して、この国の中立と平和を守っている」
教え導くように言うアメリアの言葉が誠の知識の枠を超えた。
『量子コンピュータ』がプラスとマイナスだけではなく、原子の数だけ無限の数値を表す『アナログコンピュータ』であることは誠にも理解できた。『デジタル』の粒子が『アナログ』の世界を完全に表現できないことや、『デジタルシステム』が『アナログ世界』の遼州系のハッカーには余裕で潰せる脆いシステムだということは誠も十分理解している。
しかし、それがなぜ悪いことなのか?
確かに異常なことだが、悪いことには思えなかった。
それが誠には理解できなかった。
平和で何が悪いのか?
宇宙は戦いに満ちている。
この『東和共和国』ぐらい平和であってもいいはずだ。
誠はなんとかアメリアの言葉に反論しようとするが、語彙力が完全に不足していた。
「平和で中立的な立場はいいことなんだけど、もしそれが『この国』を統括する『存在』の身勝手な『意思』の結果だとしたら、気持ち悪くない?」
アメリアの笑顔が悲しそうな色を帯びた。
誠は何も言えずに彼女の次の言葉を待った。
「『戦争は平和である』……この言葉を聞いて誠ちゃんは、誠ちゃんはどう思う?」
アメリアは、いつもの陽気な顔ではなく、まるで"誰かに見られている"かのように小声で言った。
「これは、地球の作家が創り出した『架空の概念』だったはず。でも、この国では、それが『現実』になっている。誰も疑問を抱かない。だって、反論できる人間は誰もいなくなったんだから」
誠は背筋に冷たいものを感じた。
事実、誠は生まれた時から何者かに監視されていると以前アメリアは言った。
その証拠も見た。
誠にも『監視者』の存在は実感することが出来た。
「ちょっと……難しかったかな?誠ちゃんは『高学歴』だけど、教養ゼロだから」
アメリアの顔が元の『特殊な部隊』の『特殊』な運用艦艦長に戻るのを眺めながら、誠は自分が『神』に選ばれた国に暮らしている事実に戸惑っていた。
「あと、これは『遼州人』が宇宙に誇っていい最大の『文化的功績』なんだけどね」
いつの間にかアメリアの顔は『女芸人』のそれに戻っていた。
「僕達に『文化的功績』なんてあるんですか?ただ地球の真似ばかりしているだけじゃないですか……この国の在り方は二十世紀末の地球の真似なんでしょ?」
誠もこの『東和共和国』が二十世紀末の日本の『よくできたコピー』にすぎないことは知っていた。
誠は文化的功績とやらがろくなものでないことは察しがついていた。
「デジタルが進歩しないことによってメディアの質が『アナログ的』に進化した……より二十世紀末の日本を進化させることに成功した……結果、きわめて愛が生まれにくい環境を実現したのよ!」
「!!」
誠はあまりのアメリアのすっとぼけた対応に呆然とするばかりだった。
「それだけじゃないわ、『遼州人』はそのモテない力により、人類に平和をもたらす方法を編み出した……精神科医が研究したところによると遼州人には恋愛感情というものが地球人と比べて圧倒的に少ないらしいわよ」
精神科医の研究結果を持ち出すのは『理系脳』の誠に対しては効果的だった。
「モテないことは自慢になりませんよ。そんな力による『平和』は僕には必要ありません。それに僕にも恋愛感情くらいあります。その精神科医はマッドサイエンティストなんじゃないですか?」
誠のそんなむなしい願いをよそにアメリアは話題を続けた。
「地球人の『モテる』と言う過信が常に戦争を引き起こしてきたの……すべての争いは人口の増加が原因と言ってもいいわ。つまり、愛は人類を滅ぼすのよ!そうよ、もしすべての宇宙の人々が『遼州人』の魂を持てば、人口が爆発的に増えて少ない資源を奪い合うような争いごとは起きずに平和に暮らせるようになる。それってすごい『功績』じゃない?隣の遼州人の国『遼帝国』はこの40年の内乱で人口が半分になったけど、遼州人はモテないから人口が元の水準に戻るまで五千万年かかるらしいわね」
そう言ってアメリアはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まず!地球人も遼州人のように『モテない』を極めれば平和になるのよ!」
はっきりと、力強くアメリアは言い切った。
誠は自分がモテないことは『胃弱』からだと思っていたが、周りの女子も男子も『モテなかった』と言う事実を知らされて唖然とした。
「モテないこと……それ自慢になります?」
そう言うのが誠には精一杯だった。
誠の『モテたい』という切羽詰まった願いがそう言わせていた。
「自慢になるわよ。まず、『愛』が非常に生まれにくい!人口統計とか誠ちゃんには無縁の社会的なデータを見ればその効果は絶大だって誰にでも分かるわ!生涯未婚率80%!しかも婚外子がほとんどいないから子供の数が1億2千万の人口がいるのに、年間の出生数が20万人を切っている!まあ、死亡する人数はもっと少ないんだけどね」
さらに誠は目が点になった。
全然自慢ができる話ではない。
『愛』がフィクションだという説は友人ともよく話し合ったが、きっとあるんだろうとあこがれていた『童貞』の誠にとってそれは認めがたい現実だった。
「もっとはっきり言うわね。『愛』の発生を『全力で阻止』する民族性だから、『愛』の結晶である『子供』があまり生まれないのよ!脳科学者の研究論文では遼州人には『愛』をつかさどる部位が異常に小さいと結論が出ているわ!この星は『愛』無き星なのよ!」
誠は地球の似たような国で起きた『少子高齢化』と言う現象を思い出した。
親の世代が多くて子供が少ないと結構社会が大変だということは小学校の授業で習った。
『東和共和国』ではそもそも親の世代も少ないので人口は地球から独立してもほぼ増えていない。
「子供が増えないと社会が発展しないじゃないですか。だからこの国はいつまでたっても二十世紀末状態なんですよ」
子供のころから社会を非難する常套句『世紀末状態』と言う、誠にしては珍しい文系の言葉を使ってアメリアをいさめた。
「いい?誠ちゃん。すべての戦争の根本原因は『愛』なのよ!」
アメリアは拳を握りしめて力説する。
「戦争はなぜ起きる? 欲望があるから! なぜ欲望が生まれる? 愛があるから! つまり、愛がなければ戦争は起きないの!」
誠は呆然とアメリアを見つめた。
「そんな理論、成り立つわけないじゃないですか!」
「成り立ってるのよ!」
アメリアはドヤ顔で言い放った。
「だって、私たちは"モテない"から、戦争をしないのよ! すごくない!?」
誠は目の前が真っ暗になった。
『……そんなことで、俺の恋愛フラグはへし折られるのか……』
そんな誠の心の声を読み取ったようにアメリアはそう言って右手を握りしめて誠を細い目でにらみつけた。
「そんなに一方的に、『モテない現実』を肯定するための理論武装をしないでくださいよ、アメリアさん」
少し余裕のある反応を誠はすることができた。
それは誠は自分が『モテない』のは『胃弱』のせいだと信じていたが、周りのみんながモテていなかったという事実に少し安心したからである。
「そう、私達には『モテない』宇宙人として全宇宙の『モテない奴等』を結集して『モテる奴等』の愛を片っ端から破局に追い込んで『人口爆発』を防ぎ、宇宙の恒久平和を実現する義務があるのよ!」
誠は完全に呆れていた。
確かに誠の同級生達も見合い以外で結婚した人間はいない。
だが、それにしても夢が無さすぎる。
『もしアメリアさんの言うことが事実なら……僕は一生モテないのか……』
誠はアメリアに絶望していた。
「アメリアさん……意外と婚活とかしてます?実は愛を一番欲してるのはアメリアさん自身じゃ無いですか?」
ここで冷静に戻ってツッコミを入れるのが自分の役割だと察してきた誠はそう言ってみた。
急にアメリアは天を仰ぎ、自嘲気味な笑みを浮かべて誠に流し目を向けた。
「豊川市役所とか
「やっぱり?」
誠の予想通り、でかすぎる女、アメリア・クラウゼ少佐はモテなかった。
アメリアの『モテない宣言』は続いた。確かにあの『女芸人気質』と『糸目』と言うツッコミどころが気になる男はアメリアには近づいては来ないだろう。
「でも……モテないことによる『恒久平和』は要りません……僕はまだ夢は捨てきれていないんで」
誠は少しは『モテたい』と思っているのでアメリアの理想には賛同できなかった。
「すでに誠ちゃんと『愛』が芽生えそうな『女子二名』と『野郎数名』の目星はついているわ。私達は『愛を破壊する平和の使者』として誠ちゃんの『愛』が絶対成就しないようにがんばるから!」
『女子二名』との『愛』が芽生えるかもしれない。
アメリアの言葉に誠はつばを飲み込んだ。
「僕を好きな人がいるんですか?この『特殊な部隊』に」
誠はアメリアに縋るような瞳を向けて尋ねた。誠はモテたかった。
「女二人は境遇から見て誠ちゃんに同情しそうだから……できるだけ誠ちゃんと遭遇しないように『部長権限』を駆使してシフト変更してるのよ……誠ちゃんが配属になる前にうちの子達にアンケートを取って、これだなあ……と思った子は全員誠ちゃんとは会わせないようにしているの。今日も二人とも運航艦の母港に私の代わりに行ってもらってるし」
非情なアメリアの言葉に誠は言葉を失った。
完全な『権力乱用』で誠の『愛』を粉砕するアメリアの意思にこの遼州が『特殊な星系』であることを再認識した。
「それにその二人には色々と誠ちゃんのことを吹き込んで誠ちゃんを嫌いになるように仕組む予定。たぶん今度会う時は『愛』など芽生える余地は無いでしょうね」
「あんたは何てことしてくれるんですか!」
誠は心の底から憎しみを込めた叫び声をアメリアに浴びせかけた。
「あと他に整備班の技術下士官の『野郎数名』がその候補になりそうなんだけど……」
アメリアがニコニコ笑って誠に話しかけた。
「いいです、僕にはそっちの趣味は無いんで。BLアニメ好きのアメリアさんとは違います!」
すげなく断る誠だが、こんなことで引き下がるアメリアではない。
「きっと、いい男がつなぎを着て『やらないか』とか言ってくるんじゃない?面白そう」
誠には一名、整備班員のつなぎを着たいい男に心当たりがあった。
「島田先輩ですか?」
確かに『いい男』であり、最後に見たときはつなぎを着ていた。
「はずれ!島田君は『純情硬派』が売りの『愛と性の完全分離に成功した宇宙初の存在』だから、サラ一筋なの!うらやましいけどあれはあれで結構笑えるわよ。馬鹿馬鹿しくて」
誠は暴力をかさに島田に欲望のままに蹂躙されて何かに目覚める危機から救われたという事実にほっと一息ついた。
「いいです。遼州人である自分が恥ずかしくなったんで、席に戻ります」
アメリアの馬鹿話に疲れ果てた誠はこういって『モテない教祖』、アメリアが部長を務める『運航部』の詰め所から逃げ出すことにした。