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第26話 20世紀の名銃達と絶望的な誠の銃の腕

 誠はそれからもかなめの指導の下、射撃練習を続けた。

 マガジンを入れるのにやたらと時間がかかったり、何も知らずに銃口をかなめ達に向けたりとても軍人とは思えない誠の銃の扱いにかなめ達は呆れていた。

 「大丈夫よ。拳銃なんて所詮ハッタリだから。まあ、かなめちゃんがなんで誠ちゃんに『グロックG44』を選んだかは……想像がつくけど……気になるんでしょ?誠ちゃんの事」

 そう言ってアメリアが笑った。

 かなめは無言で銃を構えるが、誠はどこか落ち着かない気分になった。
 
「……そんなわけねえだろ」
 
 そう言いつつも、弾を入れないドライファイアーを何度かした後かなめはほんの少しだけ誠を横目で見た。
 
 アメリアは誠の銃の扱いに呆れつつ、意味ありげに笑っている。誠はその言葉の意味が理解できずにただ銃を持って呆然と立ち尽くしていた。

「何か意味があるんですか?僕が『グロックG44』で西園寺さんが使ってる『スプリングフィールドXDM40』とか言うのだと」

 誠は銃に詳しくなかったのでアメリアの言葉の意味が分からず聞き返した。

 かなめは苦虫をかみつぶしたような表情をした後、誠を押しのけて射場に入った。

「このXDM40という銃はな……グロックのコピーなんだわ。グロックは二十世紀初頭の拳銃のいくつかの忘れられた構造と、ポリマーフレームというプラスチック加工メーカーならではの強みを生かして作った傑作なんだが……」

 
挿絵


 そこまで言うとかなめはすさまじい速度で銃を連射した。

 十二発爆音が響いた後、かなめの銃のスライドは弾を撃ち尽くしたことを示すようにスライドが開いたままで停止して煙を放っていた。

「グロックはあまりに優秀だったから、どこも真似しようとしたんだよ。でも特許とか価格競争で失敗するメーカーばっかだった。その中で唯一生き残ったのがこのXDM40ってわけ」

 かなめはそう言うとスライドを戻して銃を誠に手渡した。

 右手にかなめのXDM40、左手にG44を持ちながら誠は両方を見比べた。

「確かにそっくりですね」

「そうだろ?でも決定的な違いがあるんだ」

 かなめはそう言うとにやりと笑った。

「決定的な違い……この握りの部分が動くってところですか?」

 誠はかなめのXDM40のグリップセフティーを指さしてそう言った。

「そんなのは些末なことだ。XDMシリーズは戦争の中で生まれた『殺し合いの道具』なんだ」

「戦争の中で?」

 誠は歴史知識がほぼなかったので、二十世紀は半ばあたりに『第二次世界大戦』があったという程度の地球の歴史知識しかなかった。

「二十世紀末のバルカン半島。そこでは多民族国家が崩壊して民族間の殺し合いが始まったが始まった……」

 いつも自分を語る時のかなめの鈍い鉛色の瞳がそこにあった。

「確実に弾が出る銃。それが戦場では最も重要なんだ……」

 かなめはそう言うとテーブルの上の愛銃を手に取る。

 そしてすぐに空きマガジンを落とすと弾の入ったマガジンに差し替えて十二連射を決めた。

「凄い割り切り方ですね」

 誠はかなめの銃知識に感心しながらそうつぶやいた。

「なあに、こいつの前身のモデルは最初はどんな環境でも動くだけのひどい銃だったが、改良を加えられてそれなりに使える銃になった。何よりグロックより安いからな」

「値段が安いといいことなんですか?どこもかしこも予算、予算ってもううんざりですよ」

 誠の問いにかなめはあきれ果てたという表情を浮かべる。

「そう言うが世の中そんなもんなんだ。特に武器は数を揃えてなんぼなんだ。当時、メインの市場だったアメリカは景気が悪くて田舎の警察なんかは銃を新調する余裕が無かったんだ。元々安いグロックすら買えない貧乏警察はこの東欧製のこいつに白羽の矢を立てたって訳だまさにバーゲンセールの価格だったからな」

 かなめの言葉を聞きながら誠は自分のG44とかなめのXDM40を見比べた。

「性能が同じなら安い方を選ぶんですね、警察も」

 誠はそう言いながらかなめの手にあるXDM40に視線を向ける。

「そう、ユーゴスラビア内戦と言う地獄をくぐった銃だからな……人殺しの道具として最低限必要な機能だけを集めたらグロックと似たようなモデルになったって訳」

 そう言ってかなめは静かに銃をホルスターに収めた。銃が『人を殺す』道具だという事実を改めて知り、誠は少し悲しい気分になった。

「見てろ、これが正しい銃の扱い方だ」

 かなめは誠手からXDM40を奪い取ると、すぐさまマガジンを叩きこんでスライドを引くとものすごい勢いで全弾発射した。

 轟音が辺りに響いた後、誠が的を見ると的の中央のペンキが剥がれてすべての弾がそこに命中したことを示していた。

「これが見本だ。生身のオメエにここまでは期待してねえが、うちの恥にはならねえでくれ」

 かなめは銃を持ったまま固まっている誠に向けてそう言った。

「その点……これは……」

 アメリアが持ち出したのは奇妙な形の銃だった。

 スライドがやたら細くその割にグリップが太めに見えた。

「出たよ……珍銃『|H&K《ヘッケラーあんどコッホ》 P7M13』」

 明らかに嫌な顔をしながらかなめがアメリアの銃を見つめていた。

 大柄のアメリアの手の中で小さな銃が鈍い光を放っている。

「何と言ってもこのコンパクトなスライド!ガスディレードブローバック方式だからこんなにスライドがコンパクトで軽いし!」

「そんなの20世紀経済全盛期のドイツの警察特殊部隊じゃなきゃ買えない値段じゃねえか」

 アメリアの売りをかなめが一刀両断に斬り捨てた。

「いいじゃないの!中古なんだからコストの話は無し無し!それに売りは『スクイーズドコック』」

「『すくいーずどこっく』?なんです?それ」

 誠は全く見たことが無いアメリアの珍しい銃を食い入るように見つめた。

「そう!このグリップに秘密があるのよ!」

 そう言ってアメリアはグリップを放して見せた。そこには握りこむような大型のレバーがあった。

「なんです?この握りの部分がやたら大きいのは」

 誠の食いつきにアメリアは満足げな笑みを浮かべた。

「これはね、ここを握った量だけ撃針……まあ、カートリッジの後ろを叩いて発射する機能なんだけど、そこが握ると後退していつでも引き金を引けば撃てるようになるのよ!だから握らないと絶対に弾が出ない超安全機構なの!」

 アメリアはそう言うとかなめを押しのけて射場に乱入した。

「でも……あの会社らしいひねくれたシステム導入ってことで、ガス圧利用式なんて動作を採用したおかげで連射するとスライドの中のシリンダーがガスの熱で熱せられて持てなくなるよな、それ」

 陽気に話すアメリアにかなめが茶々を入れた。

「私は少佐!私は運行部長!私は艦長なの!私が銃を撃つようになったらうちの部隊はおしまい。だからワンマガジン撃てて、軽くて小さい銃がいいの!」

 銃を撃ち終えたアメリアはそう明るく叫んだ。

「だったらデリンジャーでも持てよ……自決用に」

 呆れたかなめの言葉を無視してアメリアはいつも通り明るく笑っていた。

「二十世紀後半のドイツの誇る人質解放作戦専門の特殊部隊の制式拳銃よ!まさにうちのような正義を守る『特殊な部隊』の部長職にピッタリ!」

 訳も分からず立っている誠をアメリアはその糸目で見つめた。

「……そうですか……よかったですね……」

 銃にあまり興味のない誠はただそう言って笑うことしかできなかった。

 アメリアは反応の薄い誠を無視して銃を構えた。

「アメリアさんは銃は得意なんですか?」

 誠の子供のような問いを聞いて明らかに落胆した表情を浮かべるとアメリアもまたすさまじい勢いで十三発の連射をやって見せた。

「私は『戦闘用人造人間(ラスト・バタリオン)』よ。銃の扱いぐらい『ロールアウト』時にはインプットされてるのよ」

 アメリアはそう言って銃を腰のホルスターにしまう。

 誠はその手慣れた所作を見ながら自分が本当に『特殊部隊』の隊員になったことを自覚した。

「それでは私の銃を……」

 カウラの言葉が聞こえて誠が振り返ると、カウラの左腰に下がる武骨な銃に手を伸ばした。

「あのー……カウラさん。それ……『ガバメント』ですね!この銃は知ってます!僕も小さい時この銃の水鉄砲を持ってました!」

 誠は初めて見覚えのある銃をそう呼んだ。

「『コルト・ガバメント』はこの銃の販売を最初に始めたコルト社の商品名だ。正式には19(ないんてぃーん)11(いれぶん)と呼ぶ」

 カウラはそう言ってホルスターから銃を引き抜いた。

19(ないんてぃーん)11(いれぶん)。単純な構造で優れた銃だったからこいつもコピーが一杯で回ったからな」

 かなめはそう言って呆れたような表情で銃を構えるカウラを見上げた。

「こいつの使っている45ACP弾はストッピングパワーに優れている。室内戦闘で刃物を振り回している相手や薬物でトリップしているターゲットにもその打撃力で反撃を阻止することができる」

 カウラはそう言って一発だけターゲットに発砲した。

「ストッピングパワーなんて40S&(すみすあんど)(うぇっそん)弾で十分だって言うの……まあ確かに薬でラリってる相手ならアメリアの9パラじゃあ貫通するだけで反撃されるのは事実だけどさ」

「かなめちゃん……私は一撃で額をぶち抜くから大丈夫よ」

 そう言ってアメリアは珍銃P7M13を抜く。

 かなめは呆れたようにその様子をうかがっていた。

 かなめとアメリアの雑談を聞きながら誠はカウラが安全装置をかけてそのままホルスターに収める様子を見守っていた。

「なんで連射しないんですか?カウラさん。みんなたくさん撃ってるじゃないですか。見せてくださいよ、カウラさんの銃の腕」

 先ほどまでの銃自慢の二人に比べてのあっさりとしたカウラの反応に戸惑いながら、誠はカウラにそう尋ねた。

「西園寺じゃあるまいし弾を無駄にしたくない。うちの予算は少ないんだ」

 カウラはそう言って借りてきた猫のようなおとなしさの誠に笑いかけた。

 その表情はいつもよりも冷たく、まるで機械のような印象を誠に与えた。

「カウラちゃんは私達『ラスト・バタリオン』の中でも後期生産型だから……銃を持つとテンションが変わるのよ……それにしてもカウラちゃんたら妙に冷静に落ち着いちゃって。まあ戦場では落ち着きが何より大切だから」

 アメリアのフォローに誠は静かにうなずきながら誠はカウラを冷ややかな目で見つめていた。

「じゃあ、射撃訓練だな。一応、うちでは拳銃は百発。ショルダーウェポンは千発が月のノルマだ。東和陸軍とかじゃもっと撃ち込んでるがうちは予算が無いからな」

 かなめはそう言うと段ボールから自動小銃を取り出した。

「拳銃、百発……ショルダーウェポン、千発……。ショルダーウェポンって……長い銃のことですか?」

 誠の間抜けな問いにかなめは明らかに軽蔑のまなざしを誠に向けてきた。

「長い銃って……ライフルって言えよ。まあ、いいや。うちの長物の基本はHK33なの。まあ、パイロットは基本HK33のカービンタイプのHK53を使うんだけどな」

 そう言ってかなめは黒くて短い小銃を誠に手渡す。

「やっぱり銃器はドイツ製よね……こいつはローラーロッキングシステムなんていう|H&K《ヘッケラーあんどコッホ》お得意の特殊システムで反動が小さいのよね」

 誠のHK53よりも少し長めのHK33を受け取ったアメリアが早速マガジンを銃に叩き込むとボルトを引いて射撃を始める。

 アメリアもまた戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』である。数百メートル先のターゲットに早いセミオートマチックの射撃で次々と命中させていく。

「僕も今度こそ当てるぞ!」

 誠はそう叫ぶとそのままアメリアの半分ぐらいの距離にある的に向けて狙いをつけた。
 
 引き金を引くが弾が出ない。

「マガジンが入ってないな。ボルトも引いていない。普通それでは弾は出るわけがない」

 カウラの言葉に誠は照れながらマガジンを差し込んでボルトを引く。さすがにセレクターを安全状態からセミオート射撃に切り替えることを忘れるほど誠は間抜けでは無かった。

「さっきのは銃に慣れて無いからの偶然です!今度こそ当てますよ……」

 そう言いながら誠は引き金を引いた。

 アメリアの銃の上げる断続的な射撃音に紛れて一発の銃声が鳴るが、弾は的のはるか上方を超えて行った。

「オメエはホント……銃は向いてねえな」

 かなめはそう言うとかなめのライフルであるSTV-40で視線のはるか先のターゲットを狙う。

「便利ねえ、かなめちゃんは。光学機器無しでこの距離を狙えるんだもの」

 HK33を置いたアメリアはそう言って自分の銃の上部にある小型のスコープを指さした。

「当たりめえだろ?銃の弾道は全部頭ん中で計算済み。当たって当然って奴だ」

 そう言って十発射撃を終えたかなめはさらにマガジンを交換して射撃を続ける。

「拳銃百発……長物は千発……そんなに撃つの?それこそ一日中走ってる方がマシだよ」

 かなめの言葉に誠は少し落ち込みながら見事に的を外しつつ射撃訓練を続けることにした。


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