第128話 朝の稽古のさわやかさ
「さすが甲武の鬼御前と呼ばれる西園寺康子様の娘さんね。やる気はあるみたいじゃないの。それでは竹刀を……」
薫の言葉が終わる前にかなめは竹刀の並んでいる壁に走っていった。冷えた道場の床、全員素足。感覚器官はある程度生身の人間のそれに準拠しているというサイボーグのかなめの足も冷たく凍えていることだろう。
誠は黙って竹刀を差し出してくるかなめと目を合わせた。
「なにか文句があるのか?」
いつものように不満そうなタレ目が誠を捉えた。誠は静かに竹刀を握り締めた。アメリアもカウラも慣れていて静かに竹刀を握って薫の言葉を待っていた。
「それじゃあ素振りでもしましょうか……」
そう言って誠達は一列に横に並んだ。
「それじゃあ始めましょう……えい!」
薫はそう言って素振りを始めた。
「えい!」
慣れた調子で誠も素振りをした。
思えば母とこうして素振りをするのは小学生以来なかったことだった。久しぶりの感触に誠は笑みを浮かべながら素振りを続けた。
「誠ちゃん……気合入ってるわね」
素振りをする誠に向けてアメリアはそう言って笑いかけた。
「ええ……久しぶりなんで。小学校以来です。昔を思い出していました」
誠は幼い頃の日常を思い出して自然と笑みがあふれて来るのを我慢できなかった。
「でも中学高校と野球部でバットの素振りはしてたじゃないの」
薫はそう言って誠に笑いかけた。
「竹刀とバットじゃ振る向きが違うから……バットも野球部を辞めてから振ってないですし」
少し言い訳がましく誠がつぶやくのを見て黙々と素振りをしていたカウラがその手を止めた。
「そうか……神前も久しぶりなのか……」
「そうですよ。でも母さんは毎日やってるんだろ?」
誠はカウラに向けていた視線を母に向けた。
「そうね、昔からのことだから……もう何年になるのかしら」
そう言うと薫は誠達の前でいつもの笑顔を見せた。
「じゃあ、朝食の準備をしましょう」
薫はそう言うと竹刀を置いて道場を後にした。誠達もまた竹刀を壁に立てかけると薫に続いて母屋の台所に向かった。