第116話 慣れない雰囲気にいたたまれず
「あのー、かなめちゃん?」
画像を見たとたんにアメリアはそれまでの楽しそうな表情から一変して頬を引きつらせながら隣に座るかなめの袖を引っ張った。
「どうされましたの?クラウゼ中佐」
今回かなめが浮かべた表情は見慣れたかなめの満足げなときに見せる表情だった。明らかに悪魔的、そして相手を見下すような表情。確かにこんな目でよく見られている月島屋の小夏が彼女を『外道』と呼ぶのも納得できた。
そんな二人の様子を老執事は黙って見つめていた。
「くれるのはうれしいんだけど。そんなものどこに保管するの……と言うか、かなめちゃん自身そんなものどこに置いてるの?あのかなめちゃんの灰皿だらけの殺風景な部屋で宝石なんてお目に罹ったこと無いわよ」
アメリアの言う通り、誠もベッドと簡単な着替えしか置いていない寮のかなめの部屋を知っているのでそれが不思議に思えてきた。
「クラウゼ中佐。そんなにお気になさらなくてもよろしいですよ。防犯に関しては定評のある銀行の貸金庫の手続き等、初めて購入される方の要望にもお答えしていますから」
かなめに変わって神田がアメリアの問いに答えた。
「神田さん。わたくしの銀行の東都支店。あそこを使いますからご心配には及びません」
『わたくしの銀行』という言葉。誠、カウラ、アメリアはその言葉に気が遠くなるのを感じていた。
神田と呼ばれた老執事は優しげにに頷いた。そしてこれまでと違う表情でかなめを眺めていた。
「そういえば神前様にと頼まれていた品ですが」
かなめの表情が見慣れた凶暴サイボーグのものに変わった。びくりと誠は震えるが、神田が手元の端末に手を伸ばしたときにはその表情は消えていた。
「ちゃんと手配しておきました。合法的に東都に輸入するには必要となる加工が施されていますので実用には……」
「ええ、その点は大丈夫ですわ。機関部とバレルなどの部品についてはわたくしの部隊に専門家がおりますから。そちらの手配で何とかするつもりですの」
「機関部?バレル?」
しばらく誠の思考が止まった。バレルという言葉から銃らしいことはわかった。しかし、ここは宝飾品を扱う店である。そこにそんな言葉が出てくるとは考えにくい。正面のカウラもアメリアもただ呆然と男が画面を表示するのを待った。
「これなんですが……指定の二十世紀のロシア製は見つかりませんでしたのでルーマニア製になります」
金色の何かが画面に映された。誠はまさかと思い目を凝らした。
「悪趣味……こんなプレゼントよく考え付いたわね……まあ、かなめちゃんらしいと言うかなんと言うか」
思わずつぶやいたアメリアの一言で、誠はその目の前の写真の正体を認める準備ができた。
誠が覗き込んだ画面に映っていたのは一挺のアサルトライフルである。形からしてベルルカンの紛争地帯でこの遼州系でも使われているカラシニコフライフルに良く似ていた。しかも金属部分にはすべて金メッキが施され、グリップやハンドガードは白、おそらく象牙か何かだろう。そこにはきらびやかな象嵌が施され、まばゆく輝く宝石の色彩が虹のようにも見えていた。
「AIMだな。ストックは折りたたみか。作った人間の神経を疑うような代物だな」
それだけを言うのがカウラにはやっとだった。三人は呆れたようにかなめに目をやった。
「あら?どうしましたの?だってお二人にも贈り物をしたんですもの。いつも働いてくれている部下にもそれなりの恩を施すのが道理というものではなくて?」
かなめの笑顔はいつもの悪党と呼ばれるような時の表情だった。誠はこんなかなめの表情を見るたびに一歩引いてしまった。
ドアがノックされた。
「入りたまえ」
神田の言葉に先ほどカウラの為と指定したルビーのちりばめられたティアラとネックレス、そして純白のドレスを乗せた台車が部屋へと運ばれてきた。
「いかがでしょうか」
ゆっくりと立ち上がった紳士についてかなめ、カウラの二人が立ち上がった。額のようなものの中に静かに置かれたティアラと白い絹のクッションに載せられたネックレス。しばらくカウラの動きが止まった。
「ベルガー様。いかがです?」
そう言ってかなめはにやりと笑った。いつのも見慣れた狡猾で残忍なかなめと上品で清楚なかなめ。その二人のどちらが本当のかなめなのか次第に誠もわからなくなって来た。
「ドレスも一緒とは……」
そう言ってカウラはマネキンに着せられた白いドレスを眺めた。
「試着されてはいかが?」
追い討ちをかけるようなかなめの言葉にカウラは思わずかなめをにらみつけていた。
「そうだな……」
もう後には引けない。カウラの表情にはそんな悲壮感すら感じさせるものがあった。
「それではこちらに」
メイド服の女性に連れられて部屋を出て行くカウラが誠達を残して心配そうな表情を残して去っていった。
「それではこちらのお品物はいかがいたしましょうか?」
老執事の穏やかな口調に再びソファーに腰を下ろしたかなめがその視線を誠に移した。
「僕は使いませんから、それ。射撃は苦手なんで」
ようやく搾り出した言葉。誠もそれにかなめが噛み付いてくると思っていた。
「そうなんですの?残念ですわね。神田さん。それはお父様のところに送っていただけませんか?」
「承知しました」
最初からそのつもりだったようであっさりとそう言うかなめに、誠は一気に全身の力が抜けていくのを感じた。安心したのはアメリアも同じようで震える手で自分を落ち着かせようと紅茶のカップを口元に引き寄せていた。
「でも西園寺様の部隊。『特殊な部隊』とか世間では呼ばれておりますが、大変なお仕事なんでしょうね」
老執事のそれとない言葉に紅茶のカップを置いたかなめが満足げな笑みを浮かべていた。
「確かになかなか大変な力を発揮された方もいらっしゃいますわね」
かなめの視線が誠に突き刺さった。一般紙でも誠が干渉空間を展開して瞬時に甲武軍の反乱部隊を壊滅させた写真が紙面を賑わせたこともあり、神田も納得したように頷いていた。
「そうですね。特に誠ちゃ……いや神前曹長は優秀ですから。どこかの貴族出のサイボーグと違って」
明らかにアメリアはかなめに喧嘩を売っていた。誠もかなめのお姫様的な物腰に違和感を感じてそれを崩したい衝動に駆られているのは事実だった。
居づらい雰囲気に呑まれながら誠はただカウラが帰ってくるのをひたすた待ち続けた。