第117話 カウラの着飾った姿
誠の意図など関係ないようにかなめは悠然と老執事を見つめていた。
「そうですわね。私の力など微々たる物ですから……まあほとんど私の休憩所代わりの運用艦の艦長を務めてらっしゃる方にそれを言う権利があればのお話ですけど」
「何?喧嘩売ってるの?」
まるでいつもと逆の光景。かなめが挑発してそれをアメリアが受けて立つという状況になろうとした。だがアメリアはそれ以上何も言うつもりは無いというように紅茶のカップに手を伸ばす。かなめも静かに微笑んでいた。
お互い慣れない展開に戸惑っているのだろうか。そんなことを誠は考えていた。
「それにしても西園寺様はいいお友達をお持ちのようですね。先日も九条様と田安様がお見えになって……お二人とも西園寺様の様子をご心配されていましたが……杞憂のようですね」
現在の四大公家の当主はかなめの父西園寺義基以外はすべて女性という変わった状況だった。次席大公の田安家。その当主は現在田安麗子が勤めていた。貴族主義者のよりどころである九条家には先の甲武国の内戦、『官派の乱』で敗れて本家が廃され、庶家から当主となった九条響子がいた。その二人とも年はかなめと同じ28歳で、誠が聞くところによると二人ともかなめとは女学校時代の同級生だったと言う。
「まあ二人とも長い付き合いですから。心配をするのはわたくしの方ですわ。二人とも神田さんにご迷惑おかけいたしませんでしたか?」
そう言ってかなめは頬に手を当てて微笑んだ。誠はそのいわゆるお嬢様笑いを始めてみて感動しようとしていた。
その時ノックの音が部屋に響いた。
「ベルガー様のお着替えがすみました」
先ほどのメイド服の女性の声。
「ああ、入っていただけますか?」
神田の言葉でドアが開いた。そしてそこに立つカウラの姿に誠はひきつけられた。
「あ……あの……私は……」
どうしていいのかわからないというように、カウラの目が泳いでいた。そのいつもはポニーテールになっているエメラルドグリーンのつややかな髪が解かれて、さらさらと流れるように白いドレスに映えて見えた。
額の上に飾られたルビーの輝きが印象的なティアラが輝いていた。色白な首元に飾られた同じくルビーがちりばめられた首飾りが見る人をひきつけた。
「凄いじゃない、カウラちゃん。ねえ、私にもくれるんでしょ?こういうのくれるんでしょ?」
そんなカウラの荘厳な雰囲気を完全にぶち壊してアメリアは爆走した。かなめばかりでなく穏やかな様子の神田まで迷惑そうな視線をアメリアに送る。だがまるで彼女はわかっていなかった。
「ほら!誠ちゃん。なんか褒めないと!こういう時はびしっとばしっと何か言うものよ!それで……」
「クラウゼ中佐。少し落ち着いていただけません?」
凛と響くかなめの一言。いつもは逆の立場だけあり、さすがのアメリアも自分の異常なテンションに気づいて黙り込んだ。
「神前……似合わないだろ?こんな私には。衣装に着られているような感覚だ」
カウラはようやく一言だけ言葉を搾り出した。カウラの頬は朱に染まり、恥ずかしさで逃げ出しそうな表情を浮かべていた。
「そんなこと無いですよ!素敵です。本当にお姫様みたいですよ!」
誠もアメリアほどではないが興奮していた。甲武貴族やゲルパルトの領邦領主が主催する夜会に出たとしても注目を集めるんじゃないか。そんなパーティーとはまったく無縁な誠だが、赤いじゅうたんの敷かれた階段を静々と下りてくる場面を想像してさらに引き込まれるようにカウラを見つめた。
「本当にお美しいですわよ、ベルガーさん」
タレ目の目じりをさらに下げて微笑みながらのかなめの言葉。いつもなら鋭い切り替えしが繰り出されるカウラの口元には代りにに笑顔が浮かんでいた。
「いいのかな……私……」
ただカウラは雰囲気に飲まれたように入り口で立ち尽くしていた。
「どうでしょう、西園寺様」
自信があると言い切れるような表情で神田がかなめを見る。かなめは満足そうに頷いた。
「ベルガーさん。とてもお似合いですわね。わたくしもこれならば上司と呼んでもお友達に笑われたりなどしませんわ」
明らかに毒がある言葉だが、すでにカウラは自分を見つめてくる誠やアメリアの視線に酔っているように見えた。ただ頬を染めて立ち尽くした。
「ではこちらでよろしいですね」
老紳士の静かな言葉に満足げに頷くかなめ。カウラの両脇にいたメイドが自分を導くのを見てカウラも静々と部屋を出て行った。