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第115話 かなめが上流階級だと言う事実

 ドアがノックされたころにはかなめはすでに西園寺家当主の姿に戻っていた。

「どうぞ」 

 そんな丁寧なかなめの言葉に誠達は思わずかゆみを覚えていた。ドアが開いた瞬間、誠とアメリアは現れた女性の纏っている衣装に息を呑んだ。 

「失礼します」 

「メイド!メイドさん!」 

 いつの間にかアメリアはそうつぶやいていた。入ってきたのはフリルのついたスカート、白いエプロンがまぶしい典型的なメイド服の女性だった。甲武貴族の出入りする店だからといって、そんなものがリアルにいるなどとは誠は信じられなかった。

「ベルガー大尉、クラウゼ少佐、神前曹長。今日もアッサムでよろしいですわよね」 

 かなめは自然体で微笑んだ。その妖艶にも見える表情に誠は頭を掻きながら頷いた。二人のメイドは静かに紅茶の準備を進めていた。

 その光景を眺めている誠達の耳に再びノックの音が響いた。

「どうぞ」 

 再び凛としたかなめの声が響いた。開いた扉からは長身の紳士が現れた。誠は思わずアメリアに目をやったが、彼女は紅茶の準備を進めるメイドに夢中だった。しかし現れた紳士があまりにも典型的な執事のような姿をしているのが目に入るとアメリアの表情は驚きに変わった。

「かなめちゃん!」 

 思わず抱きつきかねないような感無量の表情を浮かべているアメリアが叫んだ。それを見て爆笑しそうになるかなめだがつつしみの演技を思い出すようにして静かに目の前に置かれたティーカップに軽く触れた。

「何かしら?クラウゼ少佐」 

「ありがとう!本当にありがとう!」 

 メイドに執事。ついにアメリアは感激のあまり泣き出した。だがその理由が良くわかるかなめは待たせている神田という名前の執事風の男に笑顔を向けてアメリアを無視することに決めたようだった。

「これはお待たせいたしました」 

 タイミングを見計らって執事風の神田という老紳士は静かにかなめの正面に座る。隣に雰囲気の違う人物に座られて誠はいづらい気分になった。

「このお二人に似合うティアラなどをお求めとか」 

「そうですわ。一応名前だけとはいえ私の上司ですもの。一緒にいて恥をかかされてはたまりませんわ」 

 そんなかなめの言葉にこの場で唯一平常心を保っているカウラは明らかに不機嫌になった。一方のアメリアは紅茶を入れ終わってもそのまま待機しているメイドさんに夢中だった。

「いえいえ、ですが西園寺様程のお方とお付き合いされている方という事で探しますとかなりお時間が……」 

「分かっておりますわ。ただ明々後日がこのベルガー大尉の誕生日ですの」 

 そう言ってかなめは目の前のカップを見下ろして紅茶をどうするか悩んでいるカウラに目をやる。その一瞬だけ見せるサディスティックな笑みに誠は大きくため息をついた。

「エメラルドグリーンの髪……もしかして……」 

「私はゲルパルトの人造人間です」 

 カウラは一言そう言うとまた難しそうな顔でカップを見下ろした。

「どういたしましたの?ベルガー大尉」 

 再び残忍な笑みを一瞬だけ浮かべた後にカウラにかなめは追い討ちをかけた。カウラはそれを見て覚悟を決めると机の中央に置かれた上品な白磁の上のレモンを手にとってカップに落とし込んだ。

「そんなに緊張なさらないでください」 

 笑みを浮かべる執事におどおどと頷くとカウラは静かにカップを手にして口に運んだ。その様子をかなめは今にも噴出しそうな表情で見つめていた。

「髪を映えさす為に緑で統一するということになりますと……」 

 そう言って紳士はテーブルの上のコンソールに手を持っていった。次々と画像が移り、そしてエメラルドのはめ込まれたティアラとネックレス、ブレスレッドのセットを表示させた。

「これなどはいかがでしょうか?現在鏡都の支店に保管してあるものですが明後日には取り寄せることができると思いますが」 

 神田はそう言うと画面をかなめの見えやすいように角度を変えて見せた。

「緑の髪に緑の石。いまひとつ映えませんわね……他に候補となりそうなものはございませんの?」 

 かなめの言葉に神田という支配人は笑みを浮かべて静かにまた端末の操作に移った。その表情はこの写真を見ればかなめがどういう反応を示すかわかりきっているかのようで誠は感心させられた。

「それならこれなどはいかがでしょう?幸い当店に有るお品物です」 

 そう言って画面に現れたのは赤い宝石のちりばめられたティアラとネックレス、そして指輪のセットだった。はめ込まれた石は一つ一つは大きくないものの、その数、そしてその周りを飾る小さなダイヤも見事に輝いて見える。明らかに高嶺の花とわかる商品にただ誠は息を呑んだ。

「なるほど、ルビーですわね。確かにベルガーさんの緑の髪には赤い色がアクセントになって似合うんじゃないかしら」 

 かなめはそう言って悠然とカウラに目を向けた。そのタレ目の真意を測りかねてカウラは呆然としていた。そこで神田は微笑んで話し始めた。

「よろしければ直接ご覧いただけますよ。早速用意させます。そしてこちらのご婦人のものは……」 

 今度はアメリアを一瞥して再び老執事は検索を始めた。カウラはただ呆然と二人の会話を聞いていた。もしそのまま彼女の気の抜けた顔を今のかなめが見たらかなめの演技のめっきは剥がれ落ちて大爆笑間違いないという状況だった。

 誠はただ老執事の手元だけを見ていた。

「クラウゼ中佐のものは急がなくて結構ですわよ。また折を見て寄らせていただいた時に選ばせていただきますわ」 

 そう言うと自然な動きでレモンと砂糖をカップに入れてかなめは悠然の紅茶を飲んだ。その優雅な姿はいつも寮で番茶をずるずるすすっている御仁と同一人物だとは誠には信じられなかった。

「なるほど、では、まもなく開かれるオークションなどに出品されることが考えられているようなものでもよろしいわけですね?」 

 かなめを見上げて穏やかに笑う初老の支配人の表情は穏やかだった。

「そうですわね。とりあえずコンセプトを私が決めますからその線で品物が出てきたときに連絡していただければ結構ですわ」 

 かなめはゆっくりとカップを置く。彼女にこんな芸当ができるとは誠も予想していなかった。

「それではこれなどはいかがでしょう」 

 そう言って映し出したのはダイヤ中心の白を基調としたようなティアラと首飾り、それに腕輪のセットだった。

 誠は神田とかなめのやり取りの自然さにただ茫然と見守ることしかできなかった。

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