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第113話 肝心の本人にバレて

「それで誰が堅物なんだ?」 

 突然響く第三者の声。アメリアが恐る恐る声の方を振り向くとカウラが表情を殺したような様子で立っていた。

「あれ?来てたの……下のお片付けは終わったわけね……手伝えなくってごめんね……」 

「片づけくらいなら私でも手伝える。それにこの部屋には寮と違って鍵が無いんだ、それに私がここに居ても問題の無い話をしていたんだろ?」 

 そう言って畳に座っているかなめの頭に手を載せる。かなめはカウラの手を振り払うとそのまま一人廊下に飛び出していった。

 カウラはじっと誠に視線を向けてきた。

「プレゼントは絵か」 

「ええ、まあ……」 

 そう言う誠にカウラは微笑んでみせた。

「取り柄があるのは悪いことじゃない。期待しているぞ」 

 そう言うとカウラは誠から目を離して珍しいものを見るように誠の部屋を眺め回した。

「漫画が多いな。もう少し社会勉強になるようなものを読んだほうが良いな。クバルカ中佐に助言してもらうがいい。あの人は読書家だ。いろいろな本を持っている。言えば貸してくれるかもしれないぞ」 

 誠もアメリアも歩き回るカウラを制するつもりも無かった。どこかしらうれしそうなそんな雰囲気をカウラはかもし出していた。

「気にしないで作業を続けてくれ。神前は本当に絵が上手いのは知っている話だからな」 

 そう言うとカウラは棚の一隅にあった高校時代の練習用の野球のボールを手にした。

「カウラちゃんあのね……」 

 アメリアがようやく言葉を搾り出す。その声にカウラが振り向いた。引きつっているアメリアの顔に不思議そうな視線を投げかけてきた。

「あれでしょ?もらったときに見たほうが楽しみが増えたりするでしょ?」 

「そう言うものなのか?クラウゼのふざけた意見を取り入れた絵だったりしたら怒りが倍増するのは確実かもしれないが」 

 今度はカウラはその視線を誠に向けてきた。確かに先ほどの意見のいくつかを彼女に見せれば冷酷な表情で破り捨てかねないと思って愛想笑いを浮かべた。

「なるほど、内緒にしたいのか。それなら別にかまわないが……西園寺!」 

 カウラの強い口調に廊下で様子を伺っていたかなめが顔を覗かせた。

「こちらは二人に任せるが貴様の明日の都心での買い物。私もついて行かせてもらうからな」 

「なんでだよ。アタシも秘密にしておいて……」 

 そこまで言ったところで先ほどとはまるで違う厳しい表情のカウラがそこにいた。

「まあ数千円の買い物ならそれでもかまわないが貴様の金は平民の血と汗の結晶なんだ。そう簡単に右から左に動かしていい金額と悪い金額の区別のつかない貴様に任せているとろくなことにならない」 

 カウラは呆れたようにかなめを見つめた。誠も昨日、かなめが気に入らないと買うのをやめたティアラの値段が数百万だったことを思い出しニヤニヤ笑っているかなめに目を向けた。

「なんだよ、実用に足るものを買ってやろうとしただけだぜ。アタシの上官が貧相な宝飾品をつけてそれなりの舞台に立ったなんてことになったらアタシの面子が丸つぶれだ。それは有効な金の使い方と言うんだ。まあ、確かにアタシみたいな最上級の貴族にとってはと言う限定は付くがな」 

 そう言うと立ち上がり、かなめは自分より一回り大柄なカウラを見上げた。だがカウラもひるむところが無かった。

「身につけているもので人の価値が変わるという世界に貴様がいたのは知っている。だが、私にまでそんな価値観を押し付けられても迷惑なだけだ」 

 カウラの言葉がとげのように突き刺さったようでかなめは眼光鋭くカウラをにらみつけた。

「そんなに難しく考えるなよ。要するにだ。アタシの満足できる格好でそう言う舞台に出てくれりゃあいい。それだけの話だ」 

 そこで話を切り上げようとするかなめだが、カウラはそのつもりは毛頭無かった。

「貴様の身勝手に付き合うのはごめんだな。それならアメリアにも買ってやる必要があるんじゃないのか?」 

 カウラの言葉に手を打つかなめをアメリアはまばゆい光をまとっているような目で見つめた。

「ああ、そうだな。オメエもいるか?」 

 かなめは渋々そうつぶやいた。だが目の前には満面の笑みで紺色の髪を掻きあげるアメリアの姿があった。

「断る理由が無いじゃないのよ……お・ひ・め・さ・ま!」 

「気持ち悪りい!」 

 しなだれかかるアメリアをかなめは振り払った。だが、その状況でカウラはかなめに高額な宝飾品を断る理由が無くなった。

「でもあまり派手なのは……」 

 そんなカウラの肩に自信を持っているかなめが手を乗せた。

「わかってるよ。アタシの目を信じな。派手なだけで中身のない宝飾品はアタシの好みにも反する。要はオメエを映えさせる真のアイテムを審美眼のあるアタシが選ぶんだ。アタシの目を信じていれば大丈夫だ」 

 かなめには自信がみなぎっていた。そんな表情は模擬戦の最中にしか見れないものだった。隣のアメリアもうれしそうに妄想を繰り広げていた。

「じゃあ貴様だけでなく私の目にもかなうもので頼む」 

 カウラは場が明らかにかなめのペースに飲まれていると感じて不安げに誠に目をやりながら引き下がろうとした。だが、この状況でかなめが彼女を巻き込まないはずが無かった。

「あれ?ついてくるって言わなかったか?自分のセンスで選ぶんだろ?まあセンスがテメエにあればの話だがな」 

 かなめはそう言って目じりを下げた。カウラは宝飾品などと言うものは買ったことが無く、センスに自信が無いのでおどおどと戸惑うばかりだった。アメリアはまだ妄想を続けていた。

「安心しろよ。アタシが行く店は信用が置けるところばかりだからな。つまらないものはアタシが文句を言って下げさせて見せるぞ」 

 かなめは当然のように胸を張る。それをカウラはさらに心配性な表情で見つめる。すっかり四人で中心街に向かうことになってため息を漏らす誠だった。

「で……僕の絵は?」 

「楽しみにしている。西園寺の贈り物よりはな」 

 カウラはそれだけ言うと出て行った。

「結構な出費になりそうね」 

 そう言ってにやけたアメリアだが、かなめは別のそれを気にする様子は無かった。

「まあ、何とかなるだろ。……神前、あんまり根はつめるなよ」 

 そう言うとかなめは右手を上げてそのまま出て行った。それにつられて興味を失ったようにアメリアも続いた。

 誠はようやく独りになって礼服姿のカウラを想像しながら下書きに取り掛かろうとした。

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