第112話 カウラの服装について
「まあ、アタシ等の方が奴との付き合いが長いからな。色々助言できることもあると思うんだ。オメエはカウラの趣味って言ったらパチンコとスロットくらいしか知らねえだろ?アタシはこの一年半でアイツの事を色々知ってる。頼りにしなよ」
「そうよね。あの娘が何を期待しているかは誠ちゃんより私達のほうが良く知っているはずよね。いつもこの三人で部隊を引っ張って来たんだから。私が企画を立てていろんなことをやって、かなめちゃんが銃を撃って、それをカウラちゃんが止めて……ってそれって引っ張って無いじゃん!って一人ツッコミしちゃったりして」
自信満々に答えるかなめとアメリアに誠は嫌な予感がしていた。完全に冗談を連発するときの二人の表情がそこにある。そしてそれに突っ込んでいるだけで描く気がうせるのは避けたかった。
「じゃあ、どういうのが良いんですか?」
誠は恐る恐るにんまりと笑う二人の女性士官に声をかけた。
「まず、ああ見えてカウラは自分がお堅いと言われるのが嫌いなんだぜ。知ってるか?」
「ええ、まあ。確かにお堅い人ほどそう言う傾向は有りますね。よく聞く話です」
はじめのかなめの一言は誠も知っているきわめて常識的な一言だった。アメリアは例外としてもそれなりになじんだ日常を送っている人造人間達に憧れを抱いているように見えることもある。特にサラのなじんだ様子には時々羨望のまなざしを向けるカウラを見ることができた。
「それに衣装もあんまり薄着のものは駄目よ。あの娘のコンプレックスは知ってるでしょ?」
アメリアの指摘。たしかに平らな胸を常にかなめにいじられているのを見ても、誠も最初から水着姿などは避けるつもりでいた。
「あと、露出が多いのも避けるべきだな。あいつはああ見えて恥ずかしがり屋でもあるからな。太ももや腹が露出しているビキニアーマーの女剣士とかは避けろよ」
そんな的確に指摘していくかなめを誠は真顔で覗き見た。二年以上の相棒として付き合ってきただけにかなめの言葉には重みを感じた。確かに先日海に行ったときも肌をあまり晒すような水着は着ていなかった。ここで誠はファンタジー系のイラストはあきらめることにした。
「それならお二人は何が……」
『メイド服』
二人の声があわさって響く。それと同時に誠は耐え難い疲労感に襲われた。
「かなめちゃんまねしないでよね!それにメイド服なら私がプレゼントしたじゃない」
「それを着せてそれを参考にして描けばいいじゃねえか。それに神前はメイドさんが好きだろ?アメリアと一緒で。アタシは貴族の産まれだから知り合いの家に行くたびにメイドを見てきた。いろんなのが居たぞ……メイドについて知りたければアタシに聞け」
「メイドコスですか……候補には上がってましたけど、カウラさんに似合うかどうかとなると……」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくるかなめに誠は苦笑いで答えた。かなめのうれしそうな表情に誠は思わず身構えた。
「考えにはあったんだろ?メイドコスのカウラに萌えーとか」
心理を読むのはさすが嵯峨の姪である。誠は思わず頭を掻いていた。
「ええ、まあ一応」
そんな誠の言葉にかなめは満足げに頷いた。だが突然真剣な、いつも漫画を読むときの厳しい表情になったアメリアがいつもどおりに誠に声をかけた。
「まあ冗談はさておいて、何が良いかしら」
「冗談だったのか?」
かなめの言葉。彼女が本気だったのは間違いないが、それにアメリアは大きなため息で返す。そんな彼女をかなめはにらみつける。いつもどおりの光景がそこにあった。
「当たり前でしょ?メイド服は私のプレゼントだけで十分。他のバリエーションも考えなきゃ」
自信満々にアメリアは答えた。かなめは不満げに彼女を見上げた。
「そこまで言うんだ、何か案はあるのか?」
もはや絵を描くのが誠だということを忘れたかのような二人の言動に突っ込む気持ちも萎えた誠は椅子に座ってじっと二人を見上げていた。
「一応案はあるんだけど……誠ちゃんも少しはこういうことを考えてもらいたい時期だから」
アメリアは神妙な顔でそう言った。
「何の時期なんだよ!」
かなめが突っ込む。だが、アメリアのうれしそうな瞳に誠は知恵を絞らざるを得なかった。
「そうですね……野球のユニフォーム姿とか」
誠はとりあえずそう言ってみた。アンダースローの精密コントロールのピッチャーとして草野球リーグでのカウラの評判は高かった。俊足好打で知られているアメリアと外野の要で一番バッターを務める島田を別格とすれば注目度は左の技巧派として知られる誠の次に評価が高い。
「なるほどねえ……」
サイボーグであるため大の野球好きでありながらプレーができずに監督として参加しているかなめが大きく頷いた。
「でも、意外と個性が出ないわよね。ユニフォームと背番号に目が行くだろうし」
アメリアの指摘は的確だった。アンダースローで司法局実働部隊のユニフォームを着て背番号が18。そうなればカウラとはすぐわかるがそれゆえに面白みにかけると誠も思っていた。
「それにカウラちゃんのきれいな緑の髪が帽子で見えないじゃない。それは却下」
そんな一言に誠は少しへこんだ。
「そう言えば去年の時代行列の時の写真があっただろ?あれを使うってのはどうだ?」
かなめはそう言って手を打った。豊川八幡宮での節分のイベントに去年から加わった時代行列。源平絵巻を再現した武者行列の担当が司法局実働部隊だった。鎧兜に身を固めたカウラやかなめの姿は誠の徒歩武者向けの鎧を発注するときに見せてもらっていた。凛とした女武者姿の二人。明らかに時代を間違って当世具足を身につけているアメリアの姿に爆笑したことも思い出された。
「あの娘、馬に乗れないわよね。大鎧で歩いているところを描く訳?それとも無理して馬に乗せてみせる?カウラはあの行事自体相当嫌がってるみたいじゃないの。そんなのを描くわけ?それこそ嫌がらせじゃないの」
アメリアの言葉にまた誠の予定していたデザインが却下された。鉢巻に太刀を構えたカウラの構図が浮かんだだけに誠の落ち込みはさらにひどくなった。
「あとねえ……なんだろうな。パイロットスーツ姿は胸が……。巫女さんなんて言うのはちょっとあいつとは違う感じだろ?」
「巫女さん萌えなんだ、かなめちゃん」
アメリアがかなめの言葉を聞くと満面の笑みを浮かべた。
「ちげえよ馬鹿!」
ののしりあう二人を置いて誠は頭をひねった。だが、どちらかといえば最近はアメリアの企画を絵にすることが多いこともあってなかなか形になる姿が想像できずにいた。
かなめも首をひねって考えていた。隣で余裕の表情のアメリアを見れば、いつものかなめならすぐにむきになって手が出るところだが、いい案をひねり出そうとして思案にくれていた。
「黙ってねえで神前、オメエも考えろ」
誠にそう言うかなめだが案が思いつきそうに無いのはすぐにわかった。
「じゃあ……甲武風に十二単とか水干直垂とか……駄目ですね。わかりました」
闇雲に言ってみても、ただアメリアが首を横に振るばかりだった。かなめはアメリアの余裕の表情が気に入らないのか口元を引きつらせた。
「もらってうれしいイラストじゃないと。驚いて終わりの一発芸的なものはすべて不可。当たり前の話じゃない」
「白拍子や舞妓さんやおいらん道中も不可ということだな」
かなめの発想にアメリアは呆れたような顔をした後に頷いた。それを聞くとかなめはそのままどっかりと部屋の中央に座り込んだ。部屋の天井の木の板を見上げてかなめはうなりながら考えた。
「西洋甲冑……くの一……アラビアンナイト……全部駄目だよな」
アメリアを見上げるかなめ。アメリアは無情にも首を横に振るばかりだった。
「ヒント……出す?」
「いいです」
誠は完全にからかうような調子のアメリアにそう言うと紙と向かい合った。だがこういう時のアメリアは妥協という言葉を知らない。誠はペンを口の周りで動かしながら考え続ける。カウラの性格を踏まえたうえで彼女が喜びそうなシチュエーションのワンカットを考えてみた。基本的に日常とかけ離れたものは呆れて終わりになる。それは誠にもわかった。
「いっそのこと礼服で良いんじゃないですか?東和陸軍の」
やけになった誠の一言にアメリアが肩を叩いた。
「そうね、カウラちゃんの嗜好と反しないアイディア。これで誠ちゃんも一人前よ。堅物のカウラちゃんにぴったりだし。よく見てるじゃないのカウラちゃんのこと」
満面の笑みで誠を見つめるアメリア。しかしここで突込みがかなめから入ると思って誠は紙に向かおうとした。