第110話 三人のやり取りに翻弄される父
「明日の始発で出てそのまま合宿場だ。正月明けまでは稽古三昧だ……どうする?いっそのこと誠達も一緒に来るか」
すぐにアメリアとかなめに殺気にも近いオーラが漂っているのが誠からも見えた。
『全力でお断りします』
二人のの射るような視線に誠はそう言うほか無かった。いつものように薫は笑顔を振りまいている。カウラは薫と誠を見比べた。実に微妙だがこれも親子らしく印象というか存在感が似ていることにカウラは満足して手にした湯飲みから茶をすすった。
「今頃は隊は大変だろうな」
カウラの一言にアメリアが大きくため息をついた。
「そんなだから駄目なのよ。ともかく仕事は忘れなさいよ。思い出すのは定時連絡のときだけで十分でしょ?」
そう言ってアメリアは薫から渡された湯飲みに手を伸ばす。だが真面目一本のカウラが呆れたように向かいでため息をついているのには気づかないふりをしていた。
「本当にお世話になって……でも本当に誠が迷惑かけてないかしら?いつもそれだけが気になってるのよ」
そんな母の言葉に心当たりが山ほどある誠はただ黙り込んだ。
「そんなお母様、大丈夫ですよ。誠ちゃんはちゃんと仕事していますから」
「時々さらわれたり襲撃されたりするがな」
アメリアのフォローをかなめは完膚なきまでに潰してみせた。そんなかなめを見て薫はカウラに目を向けた。カウラはゆっくりと茶をすすって薫を向き直った。
「よくやってくれていると思いますよ。神前曹長の活躍無くして語れないのが我が隊の実情ですから。これまでも何度危機を救われたかわかりません」
にこやかに微笑みながらカウラはフォローした。だが薫はまだ納得していないようだった。
「でも……気が弱いでしょ」
その言葉にすぐにかなめが噴出した。アメリアも隣で大きく頷いていた。
「笑いすぎですよ。西園寺さん」
誠は少しばかり不機嫌になりながらタレ目で自分を見上げてくるかなめにそう言った。
「誠ちゃんは確かに気が弱いわよねえ。野球の練習試合の時だってランナーがでるとすぐ目があっちこっち向いて。守っていてもそれが気になってしかたないもの。それになんと言っても戦場での腰の引けた戦い方。あれどうにかならないの?」
アメリアはまたにんまりと笑って誠を見つめて来た。そんな彼女の視線をうっとおしく感じながら誠は最後に残った芋のてんぷらを口に運んだ。
「蛮勇で作戦を台無しにする誰かよりはずいぶんと楽だな、指揮する側にすればだがな」
たまらずに繰り出されたカウラの一言。かなめの笑みがすぐに冷たい好戦的な表情へ切り替わった。
「おい。それは誰のことだ?」
腹が膨れたのか、ご飯を食べ終えてビールだけを飲んでいたかなめがカウラをにらみつけた。
「自分の行動を理解していないのか?さらに致命的だな。自己分析のできていない軍人は早死にするぞ」
カウラの嘲笑にも近い表情に立ち上がろうとしたかなめの前に薫が手を伸ばした。突然視界をふさがれてかなめは驚いた。
「食事中でしょ?静かにしましょうね」
相変わらず笑顔の薫だが、かなめは明らかに薫のすばやい動きに動揺していた。そんなやり取りを傍から眺めていた誠はさすがと母を感心しながらゆっくりとお茶を飲み干した。