第5話 コーヒーブレイク
「コーヒー……どうだ。お前も飲んだ方がいいんじゃないか?疲れただろ?戦闘は実際に戦ってる人間だけでやるもんじゃ無いんだよ。背後に数倍の人間が関わってる。神前、お前さんもその一人なんだ。そしてその背後にもたくさんの人がいる。そのことを忘れるんじゃないぞ」
そんな嵯峨の言葉もにらみ合うかなめとアメリアを気にしている誠には届かなかった。いつもなら止めに入るカウラもここ三回続けてかなめの暴走で閉所訓練で嵯峨を倒せていないこともあって二人を止める様子も無かった。
「いい身分だな。ぬくぬくしたところで指示だけ出しているんだ。気楽だろ?さすが中佐殿は階級だけあって偉そうにしていらっしゃる。もう感心して声も出ねえや。階級がすべての軍隊。偉い人はやっぱりやることが違うもんだね」
絶対に不利な状況の嵯峨に対して負け続きとあって、かなめの機嫌は最悪だった。
「へえ、やっぱり上官の命令を聞かないサイボーグは言うことが違うわね。突っ走るしか能のない上流貴族のお姫様はとっとと婿でも貰って家に入ったらどうなのかしら?それともお気に入りの妹さんの事が気になるのかしら?残念でした。かえでちゃんにはちゃんとした誠ちゃんと言う『許婚』が居るの。二人が結ばれたらかなめちゃんが何より楽しみにしている調教ごっこもできなくなる訳ね。ああ、可哀そう」
アメリアはと言えば、そんなかなめの反応を面白がるようにいつでもかなめを怒らせる準備をしているようにそう返した。次第に二人の間の空気が再び険悪になっていった。そこで突然アメリアの携帯端末が鳴った。
「私よ……何?逃げた?ゲーセンとプラモ屋、それに本屋と食べ物屋を頭に入れて巡回……そうね、島田君には貸しがあるから技術部の非番の連中もかき集めて頂戴。そうよ、時間との戦いなのよ。一刻も早く見つけ出して稽古と作業に連れ戻すのよ!早くしてね!お願い!」
そう言うとアメリアは通信端末を切った。その内容は誠にも予想できることだった。
遼州同盟司法局実働部隊。司法実力機関として嵯峨惟基の指揮の下、実績を重ねている部隊のレクリエーション機関の存在があった。それは『演芸会』と呼称されていた。会長はアメリアだった。
素人芸人フェスティバルや豊川市近隣のイベントやプラモデルコンテストなどを牛耳るその組織の活動は多岐に渡った。そしてこの半年、その活動が活発化を見せているのには人気アニメ風タッチの絵師の神前誠曹長の活躍があった。
今日は部隊での勤務と言う名目による落語の稽古となぜかアメリアがこだわっている18禁エロシミュレーションゲームのデバック作業が佳境を迎えているところだった。アメリアの麾下(きか)の運用艦『ふさ』のブリッジクルーの女子達は三日にわたり宿直室に監禁されて作業と稽古に明け暮れる日々を続けていた。
「アメリアさん、いい加減にこういう仕事の時間を潰しての悪ふざけはやめませんか?あのゲームって日野少佐がマゾだから面白いってことをアメリアさんが言い出して作り始めたゲームですよね。普通の同人ソフトでもあそこまで描写がコアだと発売禁止食らいますよ。僕も絵を描いててかなり引きましたから。それにいくらかえでさんがマゾだからってあそこまで変態的な行為を喜んでするとは思えないんですが」
アメリアの企画、シナリオで書かれたSM調教物のシミュレーションゲームの内容はかなりどぎつくて純情な童貞の誠がそのジャンルが好きだとしても引く内容だった。かなめ得意の緊縛、殴打などは当たり前でさすがにそのあまりに過激な暴力表現は原画を描く誠の神経をすり減らして気を滅入らせる内容だった。
「えー。あの企画をかえでちゃんに持っていったらかなり気に入ってくれてたんだもの。それにあのマゾのかえでちゃんのさらにマゾのリンちゃんだって太鼓判を押してくれたのよ。天性のマゾが認めてくれた作品だもの。絶対売れると思うんだけどな。なんとかクリスマスにはダウンロード販売の先行予約を始めたいんだけど」
不服そうにアメリアはそう言うとカウラが持って来たコーヒーを受け取った。
「任務中にゲームを作るとは良い身分だな。いっそのこと本職に転職したらどうだ?ああ、そうか、貴様は元落語家で落語家が務まらないから軍に戻って来た出戻りだったな。ゲーム業界は芸能界よりもっと厳しいと聞くぞ。たぶんそこも務まらないだろうな。行きつく先はフリーターか。まあ、時間の自由が利く分クラウゼには向いてる職業かも知れないがな」
皮肉とも本気とも取れない調子でカウラはそう言った。誠はカウラの言葉でアメリアが以前、落語家の弟子だったことがあると言う事実を初めて知った。
「勤務中に端末でパチンコゲームをしている人に言われたくないわよ!知ってるのよ。最近ランちゃんに決められた土曜日以外にもパチンコに出かけてること。また破産するまで依存症が悪化しても知らないわよ。そん時はちゃんと自己破産して軍を去ることね。軍は自己破産すると懲戒免職になるようになってるから。残念だったわね、カウラちゃん。フリーターと禁治産者。どっちの方がマシと言えるのかしら?気になるところね」
アメリアはパチンコ依存症の重度の患者であるカウラにそう言って苦笑いを浮かべた。自分の秘密がバレたことにカウラは狼狽えてその場をすぐに立ち去った。
「まったく、エロゲだ、落語だ、遊んでばっかじゃねえかアメリアは。アタシ等の仕事はなんだ?軍人だろ?警察だろ?お巡りさんだろ?そんなことしてると本当に社会から白い目で見られるぞ……っていうか、半分はオメエのせいでうちは『特殊な部隊』と他所から蔑(さげす)まれてるんだ。少しは反省して大人しくしてろ」
ここが反撃の場面とばかりにコーヒーを飲みながらかなめがアメリアを責め立てた。
「実際、出動が無ければすることが無いんだから良いでしょ!訓練場だって東都警察はそう簡単に貸してくれないし、『釣り部』のいる運用艦『ふさ』のある多賀港は遠いし。だから、少しでも福利厚生費を集めようと技術向上を目的にフルスクラッチした車を売ってる島田君達を参考にした訳よ。ゲームって結構いい稼ぎになるのよ。特に今回のは内容がかなり過激でハードだから高い価格設定にしたんだけど、ネット上の食いつきはかなり上々よ。これもすべて絵師である誠ちゃんのおかげなんだけど……ねえ!誠ちゃん!」
アメリアはフルスクラッチした車の地球圏への密輸で大金を稼いだ犯罪者すれすれの人物であるヤンキー島田の行動を例に挙げてそう反撃した。そして、そのゲームの人気の手柄を誠のものにして誠をこの喧嘩の中に巻き込もうとしていた。
「僕はアメリアさんの言われたとおりに原画を描いただけです!あんな絵が描きたかったわけじゃありません!今回もアメリアさんがどうしてもって言うから……」
誠は言い訳がましくそう言ってアメリアに反論した。
「それで、神前。テメエの分け前はいくらなんだ?言ってみろ。ゲームの原画を描くってことは作品の人気を左右すると聞くぞ。アタシは健全な家庭用ゲーム機のゲームしかしねえが、そう言う作品では人気の漫画家がよく原画で参加していい金貰ってる。おい、神前。何パーセントがオメエの懐に入る仕組みなんだ?オメエがプラモの買いすぎで金欠なのは分かってるんだ。正直に言え」
かなめにはすべてがお見通しだった。誠はアメリアのすぐにでも飛びつきたくなるような好条件を飲んだ事実をなんとか誤魔化そうと愛想笑いをかなめに向けるだけだった。