明の宝
青く輝く剣は今、宿敵赤角の手にあった。
「これは全てお前の仕業か!?」
「ククク……全く、揃いも揃っておめでたい奴らだ。俺様の狙いは最初からコイツさ」
赤角は、
「じゃあ……八握剣があれば姉さんを助けられると言ったのは……」
横で聞いていた幽巳が、言葉を詰まらせる。
顔から血の気が引いていた。
「さあ、知らんな。そもそも俺様の
「きさま……一体、どういうつもりだ!」
たちまち、幽巳の目に怒りの炎が
それを見た赤角は、ニヤリとしながら何やら差し出した。
それは、黒いリストバンドだった。
「……それは!?」
驚いた幽巳が、思わず自分の両手を確認する。
そこには、間違いなくバンドが巻かれていた。
「クク……こいつはコピーだよ。お前が試合中外して置いたものを、こっそり複製したのさ。俺様は自身の容姿だけで無く、手にする物を本物そっくりに模写する事ができる。まぁ、自慢の特技といったところだ」
赤角は、
そうかコイツは……
時空の脳裏に、赤角が
こんな芸当ができるんだった!
「コイツをお前の姉に見せてチョイと脅したら、自分から覚醒を止めて抜け殻になっちまった。俺様の狙い通りさ。後はその姉を使ってお前を丸め込めば、言う事を聞かせられる。予想通り、お前は姉を助ける為この剣を手に入れてくれた……騙されているとも知らずにな」
「それじゃ……最初から、私と姉さんが神器を持っているのを見越して……」
あまりのショックに、幽巳は唇に血を滲ませた。
怒りに燃える目が、赤角を睨みつける。
「クク……その通り。ここのところ神器を有する者がやたらと現れ、事あるごとに俺様の邪魔をしやがる……それなら、逆にそれを利用してやろうと考えたのさ」
自慢げに語る赤角の目が怪しく光る。
「……どうして、幽巳たちが神器を持っている事が分かった!」
横合いから時空が叫んだ。
その体からは、凄まじい闘気が放たれている。
「ほう、その目……どうやら、お前らも一芝居打ったようだな。まぁコイツさえ手に入れば、そんな事はどうでもいいがな」
そう言って赤角は、嬉しそうに八握剣を眼前にかざした。
「
「あの方……?」
確か廃工場跡で闘った時も、コイツはその言葉を口にしていた。
一体、誰の事だ!?
一瞬時空の脳裏に、微笑を浮かべる
「……さて、種明かしはここまでだ。そろそろ終わりにするか」
赤角はそう言い捨てると、静かに右手を差し上げた。
するとその背後に、二つの黒い靄が湧き出した。
靄は渦巻きながら、次第にその大きさを増していく。
ほどなく、断続的な地響き音が辺りを揺らし始めた。
ズン……ズン……
何かの足音のようだった。
やがて、靄の中から何かが姿を現した。
巨大な手だ。
続いて、腕、肩、筋骨隆々の上半身が現れ、最後に顔が出て来る。
それは、身の丈三メートルはある巨人だった。
手に棍棒を持ち、憤怒の形相で睨むその姿は、どことなく見覚えがあった。
「ククク……驚いたか。コイツらは俺様が
二体の巨人の背後で、赤角が自慢そうに叫んだ。
仁王と言えば、確か寺院の門前を守護する金剛力士像の事だ。
観光旅行で見た事はあるが、まさか生きた奴にお目にかかるとは思わなかった。
しかも、彫像より遥かに凶暴そうな顔をしている。
コイツらは……ヤバイぞ!
時空の直感が、そう警告していた。
「きさま、よくも騙したな……許さない!」
「待て、早まるな幽巳!」
怒りに我を忘れた幽巳が、時空の制止を振り切り飛び掛かる。
両手のリストバンドから噴き出た黒い霧が、少女の身体を押し包んだ。
「てやっ!」
掛け声と共に、漆黒の
そのまま赤角に向かって突進すると、神速の正拳突きを繰り出した。
すかさず、一体の仁王がその前に立ち塞がる。
鈍い音と共に、
が……
命中した拳は、突き刺さったまま動かなかった。
いやそれどころか、ズルズルと引っ張られるように体内にめり込んでいく……
「な、なんだ、これは!?」
もがきながら叫ぶ幽巳の体を、仁王の腕が抱え込んだ。
万力で締め付けられ、甲冑の軋む音が鳴り響いた。
「ぐっ!」
幽巳の口から、苦悶の声が漏れる。
「ヒャヒャ、どうだぁ、馬鹿力で抱えられた気分は!コイツらの身体は、見た目と違って粘性の流体物で出来ている。触れるもの全てを取り込んで、食っちまうのさ!」
そう言って、赤角は勝ち誇ったように腕を振り回した。
「一旦取り込まれたら、絶対に逃げられん。大人しくエサになるんだな!」
恍惚とした顔の赤角を睨みながら、時空は唇を噛み締めた。
くそっ!なんてバケモンだ……
時空は、最初から解きやすく縛ってあったロープを外すと立ち上がった。
だが、攻撃しようにも手段が無い……
八握剣は赤角の手にあり、覚醒していない状態では立ち向かっても瞬殺されるのがオチだ。
苦渋の表情で立ち尽くす時空の眼前に、赤角が立ち塞がった。
「やっと、この時が来たか」
囁きながら時空を見据える。
その目には、憎しみの炎が燃え盛っていた。
赤角は笑みを浮かべると、八握剣を大上段に振りかざした。
「ヒャヒャ……皮肉なもんだな神武時空!どうだ、自分の神器で殺される気分は!」
赤角は歓喜の奇声を発して、時空の頭上に剣を振り下ろした。
直撃すれば、その尋常では無い破砕力で時空の身体は真っ二つとなる。
ガシッ!!
見ると、剣は時空の頭上で制止していた。
刃先に張り付いた両手が、直前で押さえ込んだのだ。
「
剣の真下で、時空が叫ぶ。
左右から挟み込まれた剣は、微動だにしなかった。
いわゆる、真剣白刃取りである。
「な、なに!?」
動揺する赤角の隙を突き、時空はその腹部に蹴りを放った。
不意を突かれ、よろめく手から剣が離れる。
すかさずその剣を拾い上げ、時空は後方に退避した。
八握剣の奪還成功!
「な、何故だ!?何で、八握剣を素手で止められたのだ!?」
信じられないと言った顔で声を震わす赤角。
あまりの動揺に、判断力を失っているのが分かる。
「
取り戻した八握剣を構え直しながら時空が答えた。
「道返玉……だと?」
訝しげな顔で赤角が吠える。
「ああ……道返玉の特徴は神器の能力向上だ。それは言い換えれば、神器の力を操作できるという事でもある。俺は鈴に依頼して、道返玉を逆の事に使って貰ったんだ。八握剣の力を、一時的に抑えてもらうように……」
そう言って、時空はニヤリと笑った。
「あまり長くは持たないと言われたが、何とか上手くいった……神器の力が無ければ、コイツは《ただの剣》に過ぎない。だから生身の俺の技が通用したのさ」
語り続ける時空の手の中で、八握剣が次第にその輝きを増していく。
「……お、おのれ。騙しやがったな!」
赤角の表情が、憤怒のそれに変わる。
「それはお互い様だろ。コイツがお前の手に渡った場合に備え、保険を掛けておいたのさ」
悔しそうに
「キィィィーっ、許さん!仁王よ、やれ!」
地団駄を踏む赤角の背後から、巨人の片割れが突進してきた。
巨大な棍棒が、時空の頭上に振り下ろされる。
「
間一髪のところで、時空の身体を黄金の光が
棍棒は光の壁を直撃し、鈍い音を響かせた。
その隙に、時空は大きく後方へ跳躍した。
先ほどより身体が軽く、全身に力が
神器の力が完全に戻ったようだ。
「助かったよ、尊!」
時空が声を掛けると、黄金のローブを
「あなたの携帯を通して、会話は全部聴いてたわ。急いでやって来たんだけど、少し遅かったようね」
仁王に
「一体なんなの、あの化け物は!?」
「話は後だ!とにかく幽巳を助けるぞ」
そう言って、時空は八握剣を正眼に構えた。
「時空さん!」
「センパイっ!」
続いて、覚醒した姿の柚羽、晶、凛、鈴も駆けつける。
時空を囲むようにして、皆戦闘態勢をとった。
「キキィィィっ!またお前らか。どいつもこいつも、俺様をコケにしやがって……」
赤角がヒステリックに叫ぶ。
「今日という今日は絶対に許さん。思い知らせてやる!」
そう言い放つと、赤角は両手を差し上げ何やら呟き出した。
するとそれに呼応したかのように、公園の至る所に黒い靄が出現した。
木の上、遊具の中、砂場……
見慣れたその光景に、時空らの胸中を不安が
この靄は……まさか!?
やがて靄の一つ一つから、次々と黒装束が飛び出してきた。
その数は数十体にのぼり、瞬く間に時空らを取り囲んだ。
まさに、総力戦の様相だ。
「す、すごい数!」
柚羽も、さすがに驚きの声を上げる。
「どうします!?先輩」
敵を睨み返しながら、晶が問いかける。
時空はちらりと見回してから、跳躍すべく体を沈めた。
「お前たちは黒装束を頼む。幽巳は俺が助ける。相当な数だが、何とか
時空の言葉に、全員が無言で頷く。
「いくぞ!」
時空は一飛びで、幽巳を掴む仁王の頭上まで跳躍した。
そのまま、八握剣を振り下ろす。
だが、その間にもう一体の仁王が割って入った。
振り下ろされた剣は、その仁王の肩口を直撃した。
「くっ、しまった!」
さしもの八握剣と言えど、流体物でできた身体を分断するには及ばなかった。
肩に食い込んだ剣は微動だにせず、時空の手首もろとも吸収し始める。
「ぐあっ!」
幽巳の叫び声がした。
見ると、下半身の大部分が仁王の体内に取り込まれている。
逃れようと
「幽巳!」
助けに行こうとするが、時空の腕も剣ごと仁王と融合し、身動きできなかった。
「くそっ!」
周りを見回すと、他の皆も苦戦していた。
尊は襲い来るものを光の波で弾き返し、柚羽は肉食獣を繰り出し応戦している。
晶と凛は背中合わせになり、冷気とカマイタチの波状攻撃を仕掛けていた。
どれも
幽巳を助けるどころか、力の使い過ぎでどの顔にも疲労の色が見える。
後方に控えた鈴が、個々の神器の回復を計ろうとするが、追いついていない。
時空らを囲む敵の輪は、確実に
何とかしなければ……
幽巳が……
猛烈な焦りが胸を締め付けるが、どうにも身動きが取れない。
「きゃあぁぁ……!」
断末魔の悲鳴が轟いた。
急いで目を向けると、幽巳の頭が仁王の体内に沈んでいくのが見えた。
首……口……目……と消え、残るは左手のみとなる。
痙攣する指先が、その苦痛の激しさを物語っていた。
「幽巳ぃぃっ!!」
時空は、力の限り叫んだ。
大切な仲間の命を奪わんとする者への怒りが……
それを目の当たりにしながら、なす
時空の全身を、暴風のごとく吹き荒れた。
バババァァァーン!!!
突如、落雷のような轟音が鳴り響いた。
地面が揺れ、空気が波打つように震える。
それは異形たちの動きをも止めてしまう程、凄まじいものだった。
「な、何事だ!」
途端に、赤角の血相が変わった。
敵も味方も、その場の全員の視線が、音のした方向に集まる。
時空も、激痛に霞む目を向けた。
そこには……