バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第58話 初代魔王の記憶②

「魔王様、今日もサクッと勝ってプロテインで乾杯しましょう!」
「魔王様のアドバイス通り戦ったら、今日は人間の中隊長を撃退できました!」
「魔王様のお陰で彼女が出来ました!」

最後の奴よ、お前は俺の敵だ。それは断じて俺のお陰ではない。

「お、おい!あの筋肉がやたらキレている奴らはなんだ!?我々の精鋭部隊が冗談みたいに吹っ飛んでるぞ!」
「に、逃げろぉぉぉ!この筋肉集団は魔王軍だぁぁあ!」
「ひぃぃいいいっ童顔の悪魔が来たぞぉぉぉお!」

俺はどんなに筋トレしてももうこの少年の様な見た目は変わらないので、その不本意な筋肉集団という括りの中に含めないでいただきたい。

それからも俺達は、『魔王』として担ぎ上げられた俺を中心に連戦連勝を続け、それまで長い間均衡が保たれていた最前線を、徐々に人間側に押し上げていくことに成功した。

このまま人間を押し切って、ようやく長い間続く戦争を終わらせられる!と全ての魔族が期待に胸を躍らせ始めたていたが、そう上手くことは進まなかった。





「ま、魔王様!人間側からの襲撃によりナイトフォール北東部第3部隊が撤退を始めました!!」

何だって?ここ数か月の間、人間側に押し返されるなんて一度もなかったのに何があったんだろう。

「そ、それが逃げ帰った兵士達の話によりますと『白い悪魔』が現れた…と。白い鎧に身を包んだ一人の人間の兵士が突如現れ、こちらの部隊長が撃破され指揮系統を失ったところを叩かれ抵抗する暇も与えられなかったそうです」

指揮官から狙うのは定石とはいえ、人間がこっちの部隊長クラス相手に1対1で勝てるとは思えないぞ?何かの間違いではないだろうか。それか余程調子が悪かったか油断していたかのどちらかだろう。
ここ最近当たり前の様に勝ち続けていたからいい機会かもしれないな。


しかし、俺の予想は大きく外れることとなる。

各部隊に注意喚起したにもかかわらず、それからも魔族側の撤退が続くことになりジワジワと人間側に押し込まれるようになってきた。

撤退の報告の中に必ず現れるのが『白い悪魔』。
流石にこれだけ名前が上がってくると、こちらも無視できない。一度自分の目で確認する必要があるな…





『白い悪魔』の報告はナイトフォールの北東部から順々に西側に移動していた為、比較的簡単に予想がついた。

「おい、そっちに行ったぞ!全員で掛かれ!!」
「待て!正面から突っ込むな!!白い悪魔の思うツボだぞ!」
「ブラッドレイブン万歳!!」

前線に『白い悪魔』が現れると俺にもすぐ分かった。混乱の中心を探せばそこに、遠目からでも分かる純白の鎧に身を包んだ女騎士がいた。

「『白い天使』が降臨されたぞぉぉぉ!勇者様に続けー!」
「勇者様とともに俺達の手で魔族を打ち倒すんだぁぁぁあ!!」
「サンガルディアに栄光を!」

なるほど。確かに魔族からすれば悪魔だろうが人間側からみれば天使だろう。
欧州の美しい少女の様な見た目に天使という表現が良く似合う。

しかしその天使さん、物理法則など関係なしに大柄な魔族を斬撃や魔法を駆使して吹き飛ばし続けている。
いくら屈強な魔族の兵士達といえど、このレベルになると連携でどうにかなる話ではない。ここは俺が直接相手にするしかないか。

「お初にお目にかかる、勇者殿よ!我こそは魔族の王、魔王だ!!互いに無駄に犠牲を出さなうよう、正々堂々1対1で戦わないか!?」

「………女に対して1対1とか……ダサッ」

うぉ……これは凄い攻撃力だ。
紳士的に少しカッコつけて話し掛けてみたが、確かに言われてみると男が女に戦いを申し込む自体非常にみっともないかもしれない。

……そんな常識この世界にないだろ?

そんな疑問を感じ、改めて勇者を見てみる。

「んな!!??」

容姿は天使と表現される通り欧米の10代後半の女性で、非常に美しい。が、問題はそこではない。

純白の鎧と思っていたものは、鎧には違いないのだがデザインはドレスに近い。
しかも、ただのドレスではない。ウェディングドレス、だ。

極めつけは、俺はそのドレスを知っている。
偶然かもしれないが、生前最後に見た婚約者が選んだドレスと酷似していた。

先程の毒舌と相まって、目の前の勇者が婚約者と被ってしまう。





「…てぃ、てぃあら(愛羅)…」





思わず呟いてしまった婚約者の名前に、今度は目の前の勇者が驚愕する。

「どうして貴様がその封印されし我の真名を知っているかはわからぬが、軽々しく口にして良いものではないぞ?相応の覚悟があるのだろうな魔王よ?」

どういうことだ?
この世界にはないはずの男女の区別にウェディングドレスの様な鎧、取り返しのつかないレベルの中二病発言に加え隠しているキラキラネーム……

「てぃ、てぃあら……なのか?」

「その名前を口にするなぁぁぁああああ!」

キレた勇者が思いっきり剣を振り下ろしてくる。やばい、こいつ本気だ。
まともに喰らったら命がいくつあっても足りない。

純日本人だった婚約者の見た目と180度違う金髪美少女なので、本当に婚約者なのかはまだ確信が持てないが、それを確認する為にもとにかく一旦落ち着かせてゆっくり話をしたい。

「勇者、一旦落ち着いてくれ!」

「問答無用ぉぉぉおお!」

辛うじて持っていた剣で防ぐが、小さな少女が放つ剣撃とは思えない程思い攻撃に冷や汗が流れる。

「く、ならばこれはどうだ?『天翔ける龍の閃き』!!」

もうこれ間違いないだろ…
更に力一杯振り下ろしてくる上段からの攻撃の名前に俺は相手が生前の婚約者だと確信する。

「ち、違う!『天翔龍閃』はそんな力一杯上段から振り下ろす攻撃ではない!!」

「貴様に飛天御剣流の何が分かるというか!私の本気はこんなものではないぞ!!」

いや、絶対に勇者の方が飛天御剣流を分かっていない。パンチとキックの違いすらよく理解していなかったこと覚えているからな。

婚約者と確信してしまった以上、俺はもう絶対に勇者を攻撃できない。
なんとか暴れる勇者の隙をつき背後から羽交い絞めにする。

「頼むから俺の話を聞いてくれ…」

「くっ、殺せ!」

前世で婚約者がいつか言ってみたい発言として、いわゆる『くっころ』を挙げていたことを思い出す。ふざけているのか本気なのかいまいちわからん。

「ゆ、勇者聞いてくれ!俺だ、大輔だ!!」

それまで暴れて抜け出そうとしていた勇者の動きが、俺の言葉を聞き止まる。

「…荒木?」

「違う」

「…松坂?」

「違う、田中だ」

強張っていた勇者の身体から力が抜け、振り返って俺を見つめるその眼からは、既に大粒の涙が零れ落ちていた。

しおり