第57話 初代魔王の記憶①
---
--
-
「よう、思ったより遅かったな…『古の魔神』様、というべきか『初代魔王』様というべきか…」
「……………」
目の前にはいつもの不遜な態度の魔神が佇む。
毎度毎度俺の夢の中なのか精神世界なのか分からんが一方的に現れやがって…こっちだって聞きたいことが山ほどあるんだぞ。
「…うむ、それはすまん」
「お前、前回現れた時も謝ってたぞ?別に責めてねーよ」
実際お前のことなぜか全く嫌いになれないんだよなー。お前から受けた仕打ちだけで考えれば心の底から憎んでも罰は当たらないと思うんだがな。
そもそも魔神の記憶を見てしまった今、こいつのことを憎むことなど俺には絶対に不可能だ。
「す、すまん」
「だから謝んなって。…まぁ、取りあえず……無事で良かったな。大丈夫とは思っていたが、少しだけあのまま消え去られたらどうしようかと少し不安だったんだよ」
「あぁ、あれは私の抜け殻みたいなもんだ。私という存在のオリジナルは今お前と話している私が本物だ。気に病む必要は全くない」
きっと先代魔王はこうなることを予期してゾラスに深淵の迷宮のことを伝えたのだろう。はちべえにしても『触るな』とは伝えてきたが、きっと本心では俺に触れて欲しかったはずだ。
「……………」
無言になる魔神。気持ちは分かるが何か喋れよ。
「取りあえずなんだ?お前の心臓を通して色々記憶を覗いてしまった。申し訳ない」
「あ、いや…別にそれは問題ない。こちらこそ申し訳ない、あれは忘れてくれて構わん」
もうこいつは本当に…本当にこいつは…優しすぎるんだよ。
全てを背負いこもうとしてやがる、何百年何千年、一人で辛い思いをするつもりだ…。
「いいから俺を巻き込め!お前の愛した女もお前と同じように悠久の時を彷徨い続けているんだぞ!?」
「んな!?そんな訳ないだろ!!」
そうだ、それでいい。お互い『元日本人』同士、腹割って話をしようぜ。
「いーや、本当だ。俺はお前の愛した女、初代勇者と確かに会って話しをした」
「な!?だとしたら、何のために俺達は………」
俺には魔神の気持ちは分からん。気持ちがわかるなど間違っても言えない程の犠牲を魔神は払っている。
だからこそ無視して俺だけのうのうとなんて生きていられる訳がないだろ…
-----
----
---
--
-
俺は田中大輔、元日本人だ。
未だに現実かどうか確信が持てないんだが、俺はどうやら地球ではないどこかに、前世の記憶を持ったまま生まれ変わったらしい。
もしこれが夢でないとしたら俺は本当についていない。
ハッキリと残っている日本人としての最後の記憶は、婚約者のウエディングドレスを選ぶ為、婚約者を助手席に乗せて車を運転していた最中、信号待ちで停車した数秒後後ろからとんでもない衝撃に襲われた、と思う。
気付いたらこのブラッドレイブンという国で、普通の魔族の両親の元に生を受けていた。あまりにも普通に生まれ変わったので悲しむ事すら出来なかったが、残してしまった婚約者のことだけが気掛かりだ。どうか無事でいて欲しい。
このブラッドレイブンという魔族の国はどうやら人間と戦争中らしい。
俺が生まれてからずっと、というより俺が生まれる前からずっと戦争中のようだが、俺は平和ボケした元日本人だ。そんな急に戦時中の国に生まれても全く持って実感が湧かない。
実感は湧かないが戦争は嫌なので、何とか俺が大人になるまでに戦争を終わらせたい。
幸いこの国の人たちは皆いい人ばかりだ。
日本と同じで中には困った魔族もいるが、相対的に見ていい人が多い。
いい人が多いのだが、この国は何故か皆個人主義で、戦争だけでなく日常でも他者と協力することが殆どない。
そこで俺は生まれ育った村の中で連携の重要性を説き続けた。最初は困惑していた大人達だが、俺の言った通りの方法で狩りをやってみると、それまでと比べ5倍以上の収獲となった。
そんな難しい連携ではなく、単純に『捜索』『罠の設置』『追い込み』の3班に分かれただけだ。
罠の設置をする班もそれが終わり次第追い込み班と合流、3方を塞ぎながら罠に誘導するだけ、という非常に単純なものだったが、それまで闇雲に追いかけまわしていた魔族からすれば画期的な方法だった。
俺の考案した方法は瞬く間に周辺の村々へ広まっていき、それと同時に俺自身辺境村の神童として少しずつ名が知れ渡っていった。
また、俺がブラッドレイブンで14歳の年に、自分の父親の背丈を超えてから、生前の俺の趣味であった筋トレを開始した。
それまでも意識して身体を動かしてはいたが、真偽は不明だが前世で野球部の顧問に言われていた成長が止まる、という話を信じて筋力トレーニングは自重していたが、それを解禁した。
時同じくして、好きではないがプロテインの開発も始めた。幸い大豆だけは豊富に手に入るので材料には困らなかった。
身体を鍛えながら大人達の狩りを手伝い俺は少しずつ成長していった。
殆どの魔族が元々身体を鍛えることが好きなようで、狩りの手法と同時に筋トレも広がっていき、俺が20歳を迎える頃には大袈裟でなくほぼ全ての魔族が筋トレを始めていた。
そしてその頃には、トレーニングにおいて一日の長がある俺は他の魔族と比べトレーニングの効果が大きく力が非常に強かった。
また、狩りのお陰で名前も売れていた為、辺境村の田中として名前が非常に売れており、次の人間との大きな争いの時は、魔族の誉である先陣を任せたいとの話がそこかしこで囁かれていた。
その頃には俺もこの国に慣れ、戦争に対する拒否感もほぼ無くなってきていたので、その噂をそのまま受け入れていた。
〇
初めての戦争は、緊張しなかったといえば嘘になるが、それよりも人間を沢山殺した高揚感の方が大きかった。
流石に初めて自分自身の手で相手の命を絶った日は寝れなかったが、転生の影響なのかは分からないが特に気にするでもなく次の日も普通に暴れまくった。
また、狩りと筋トレの影響で魔族の中で割りと有名だった俺の周りには、何故か屈強な魔族達が集まり俺の指示を仰いだ。
元々人間と魔族では身体能力に大きな開きが在った為、俺の稚拙な指示でも大きな戦果を上げることができた。
それから戦争が続くにつれて、俺の名は魔族にも人間にも急速に広がっていき、魔族の王、魔王と呼ばれるのにそう時間は掛からなかった。