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8話 王女と弟子と貴族と

 放課後。
 俺とネコネは学食でドリンクを買い、その後、中庭へ移動した。

「それで……俺の弟子になりたい、っていうのは?」
「授業の時に話をしましたが、私、どうしても魔法を使うことができなくて……でも、諦めたくはないんです」
「それと俺、どういう関係が?」
「スノーフィールド君の魔法の技術、知識は誰よりも秀でいているように思いました。それこそ、教師よりも」
「……」

 目立つな、と言われていたが、護衛対象に思い切り目立たれていたようだ。

 正体はバレていないようだから、アリか?
 アリだな、よし。

「俺に教われば、魔法を使えるようになる……と?」
「断定はできません。ただ、他の誰よりも可能性があると感じました」

 そう言われると、素直に嬉しい。
 それだけ俺のことを……俺の魔法を評価してくれている、っていうことだからな。

 とはいえ、どうしたものか。
 護衛として一緒にいられる時間は増えるものの、あまり近づきすぎると正体がバレる可能性も高くなる。

「その必要はないよ」

 ふと、第三者の声が割り込んできた。

 振り返ると、ドグと……誰だ?
 もう一人いるのだけど、見覚えがない。

 メガネをかけていて、知的な雰囲気を出している。
 ドグと同じく美青年ではあるが、やや目つきが鋭い。

 制服を着ているところを見ると、同じ学生のようだけど……

「むの……王女の指導なら、フリス先輩がやってくれるからね」
「ふっ」

 フリス先輩とやらは、ニヒルに笑って見せた。

「はじめまして、ネコネ王女。私は、フリス・ホールドハイム。ホールドハイム公爵家の次男です」
「あなたがホールドハイム家の……」

 面識はなくても知識はあるらしく、ネコネが驚いた顔をしていた。
 相手が公爵家なら、名前を聞いていたとしても不思議ではないか。

「かわいい後輩のドグ君から話を聞きましてね。なんでも、ネコネ王女が平民のつまらない小細工に騙されそうになっている……と」
「小細工?」
「インチキをしてドグ君との決闘から勝利を盗み取り、ネコネ王女に取り入ろうとしている輩がいるらしい……そう、君のことですよ。ジーク・スノーフィールド」
「俺?」

 思わぬところで俺に話が飛んできた。

 こちらの困惑を知らず、フリスは強い口調で俺を非難する。

「私はその場にいなかったけれど、大体のことは予想できますよ。スノーフィールド、君は助っ人を頼んでいたのでしょう。そして、自分が戦うフリをして、その助っ人に魔法を使わせていた。決闘を挑んでおきながら、己の力で戦わず、他人を頼りにする……なんていう卑劣な男なのか!」
「待ってください! 私はスノーフィールド君が戦うところを見ていましたが、そのようなことをしているようには……」
「ネコネ王女、かわいそうに……すっかりその男に騙されてしまったみたいですね。ですが、考えてください。たかが平民が、貴族である……伯爵家のドグ君に敵うわけがないでしょう? 世の真理です。それを覆したというのなら、助っ人がいると考えるのが一番自然なことなのですよ」
「……」

 ネコネは、反論できず口を閉じてしまう……なんてことはない。
 極論と圧倒的な平民差別に呆れ果てているらしく、かける言葉が見つからない様子だ。

 貴族には平民差別意識が広がっているらしいが……
 ネコネは、王女でありながらまともな感覚を持っているようだ。

「ネコネ王女が、このまま卑劣漢に騙されるところを見過ごすことはできません。故に、私がそこの卑劣漢を排除しましょう。そして、魔法を学びたいのなら私が教えてさしあげましょう」
「よかったね。フリス先輩に指導してもらえるなんて、とても光栄なことだよ。あなたが羨ましい」
「あの……勝手に話を決めないでください」

 ネコネは不愉快さを隠そうとせず、二人に厳しい目を向けた。

「あなた達の話はなに一つ賛同できません。それに、ホールドハイム先輩に教えていただきたいのではなくて、私は、スノーフィールド君から学びたいんです」
「やれやれ……そこまでこの男に騙されているとは。ならば私が、あなたを再教育してあげましょう」
「いたっ」

 フリスはネコネの手を掴んで、そのまま抱き寄せようとして……

「待て」

 それ以上は、ネコネの護衛として見過ごせない。
 間に割って入り、ネコネを引き離す。

「彼女に乱暴をするな」
「……スノーフィールド君……」

 ネコネを背中にかばう。
 どんな顔をしているかわからないが、声を聞く限り嫌がられてはいないようだ。

「ちっ、また君か……また僕の邪魔をするというのか」
「ドグ君から聞いていたが、それを上回る愚か者のようですね。これは教育が必要なようだ」

 フリスがこちらを睨みつけてきた。
 次いで、身につけていた手袋をこちらに投げつけてくる。

「君に決闘を挑みましょう」

 一つ一つの仕草が芝居がかっている。
 ただ、本人はそれがかっこいいと思っているらしく、そのまま続ける。

「ネコネ王女の目を覚ますため、ドグ君の名誉を守るため。そしてなによりも……私自身、君のような卑劣漢は許せません」

 勝手に盛り上がっているようだけど、決闘は互いの同意があって成立する。
 俺に決闘を受けるメリットはないのだけど……

 とはいえ、今後もこの調子で絡まれるのは面倒だ。
 それに、ネコネと引き離されても困る。

「わかった、受けよう」
「ほう、逃げませんでしたか。それくらいの気概はあるようですね」
「すぐやるのか?」
「いいえ。ふさわしい舞台を整えるので、少し待っていただきます。ただ、勝者の権利は、今ここで決めておきましょうか。私が勝利した場合……まあ、勝利以外の未来はないのですが……君は、アカデミーを去ってもらいます。君がネコネ王女の近くにいたら、悪影響しかない」
「なっ、そのようなことを勝手に……スノーフィールド君?」

 勝手なことを言うなと、ネコネがフリスを睨みつけるが、俺はそれを手で制止した。

「なら、俺が勝った時は、レガリアさんの隣に俺がいることを認めてもらおうか」
「え?」
「彼女にふさわしいのは俺だ、とな」
「ふぇ……!?」

 なぜかネコネが赤くなる。

「大きく出ましたね」
「事実だからな。そして、それを証明するだけだ」
「いいでしょう……では、これで決闘は成立ですね。後々で約束を違えられても困るので、書面を用意しても?」
「もちろん。俺の要求もしっかりと書いてくれ」
「わかりました。では、また後ほど」
「ざまあみろ、君の未来はもう終わりだよ」

 フリスは不敵に笑い、そして、ドグは嫌な笑みを浮かべて立ち去る。

「スノーフィールド君!」

 二人が消えたところで、ネコネが大きな声をあげる。

「どうして、あんなことを……!!!」
「なんで怒っているんだ?」
「だって、もしも負けたらスノーフィールド君は……」
「大丈夫だ」
「ふぁ」

 不安そうにするネコネの頭を撫でた。
 ついつい反射的にやってしまったものの、嫌がられてはいないみたいだ。

「俺は勝つ。そして、レガリアさんの隣にいる」
「え? え? そ、それは……ど、どういう……」
「レガリアさんは、俺のことを信じられないか? 俺の魔法を信じられないか?」
「……あ……」

 ネコネは小さくつぶやいて……
 それから、まっすぐにこちらを見つめる。

「信じます。私は、誰よりもスノーフィールド君のことを信じています」
「なら、見ていてくれ」

 そう言って、俺はネコネに笑いかけた。

「た、ただ、その……気軽に女の子に触ったらいけないと思います」
「ん? ダメなのか?」
「そ、そうですよ」
「ふむ、そうなのか。ありがとう、一つ、勉強になった」
「……スノーフィールド君はおかしな人ですね」

 ネコネは小さく笑う。
 その笑みは太陽のように優しく明るいものだった。

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