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第二十一話 襲撃の真犯人



 どれくらい気を失っていただろうか。次に気が付いた時、ロジィは冷たい床に転がされていた。
 ぼんやりとする中、ゆっくりと視線を動かせば、目に入るのはどこかで見た事があるような部屋。
 ここは……ああ、そうか。ライジニア達が使っていた隠れ家か。
「気が付いたか?」
「っ!」
 掛けられた声に、ようやく意識が覚醒する。
 見れば、その部屋には自分の他に、マシュール王国の軍服を纏った、数人の男達の姿があった。
「誰……うっ!」
 体を起こそうとして、その異変に気付く。どうやら腕を後ろ手に縛られているらしい。その腕に絡み付く縛めに、ロジィは小さく舌を打った。
「大人しくしていてくれよ、お嬢ちゃん。あんたは大事な売り物だ。出来るだけ傷は付けたくねぇからな」
 ペチペチと果物ナイフでロジィの頬を叩きながら、男はそう脅しを掛ける。
 しかしそれでも怯む事はなく、ロジィはギロリと男を睨み付けた。
「売り物って、何?」
「裏ルートで人間を買い取ってくれるところがあるんだよ。買われた人間が、その後どうなっているのかは知らねぇけどな」
「何でそこに、私が売り飛ばされなくちゃいけないのよ。他の人にしてよ」
「無理だな。依頼人がお前を指名しているんだから。他の人だと報酬金を支払ってもらえないんだよ」
(私を指名? って事は、やっぱりコイツらが誘拐しようとしていたのは、リリィ姫じゃなくって私だったんだ)
 男の言葉から、敵の狙いがリリィではなくて自分であった事を確信する。つまり彼らはリリィがロジィに変装している事を知らず、ロジィを誘拐するつもりで間違えてリリィを誘拐してしまったのだ。
 それでは、そのロジィを誘拐しろと命じた依頼人とは誰なのか。その犯人を特定するべく、ロジィは更に言葉を続けた。
「じゃあ、その依頼人ってのは誰なのよ?」
「お嬢様方だよ」
「お嬢様方?」
 何だそれは? というか誰だ、それは? そのお嬢様方というのが誰だかは知らないが、ここまでされる程に誰かに恨みを買った覚えは……多分ない。
「おい、止めろ。依頼人の素性を明かすバカがどこにいる?」
「いいだろ、別に。どうせどこか遠くに売り飛ばすんだ。バラしたところで影響なんてないだろ」
 別の男が止めに入るが、ナイフの男は気に留める事なく、そのナイフでペチペチとロジィの頬を叩きながら話を続けた。
「お嬢様方が言うには、下民のクセにイイ気になっているからムカツクんだとよ」
「?」
 下民?
「ああ、確かにお嬢様方のその言い分には頭に来たぜ? 運良く上流階級に生まれ、その上、国民の税金で飯食わせてもらっているヤツが何様のつもりだよってな」
「……」
「でもさ、そんな文句を仲介人に言ったところでどうにもならないだろ? オレ達は持って来られたお仕事を、集まったみんなで協力して熟すだけなんだから」
「仲介人?」
「そうだよ。お嬢様方がオレらみたいなヤツらと、直接お話しなんかするわけないだろ? こういう裏のお仕事は、間に別の人間を挟むんだよ」
「……」
 下民、お嬢様、上流階級……。
 これらの言葉から連想される人物は……。
「貴族の女?」
「あ?」
「あんた達に私をどこかに売り飛ばすように命じたのって、城にいる上流階級の女?」
「そうだよ。お前、彼女達にかなり恨みを買っているみたいだぜ。下民のクセに、図々しくも国王様と面会しまくっていたんだって?」
「それは国王様に呼び出しを受けたからよ。私から会いたくて会いに行っていたわけじゃない」
「ああ、知っているよ。でも直接の原因は、お前がマシュール王国の連中と仲良くしていた事にあるみたいだぜ」
「仲良く?」
 その原因に、ロジィはどういう事だと眉間に皺を寄せる。
 すると別の男が、その理由を簡単に説明してくれた。
「城に訪れたマシュール王国の王子様、そしてそのお付きの方々を、城にいた上流階級のお嬢様方は大変気に入っていらっしゃったらしい。他国の人間ではあるものの、彼らは地位もあるし金もある。その上容姿も申し分ない程にカッコイイ。頻繁に城に出入りしていたわけじゃないみたいだけど、彼女らは彼らの事を好意的に見ていた。少しでいいから彼らとお近付きになりたいと考える子もいれば、彼らとどうこうなりたいと淡い恋心を抱く子もいた。それなのに……」
「そのお嬢様方の乙女心を踏みにじったのが、お前らしいぜ」
「……」
 踏みにじってない。むしろいつ踏みにじったのか、逆に教えて欲しいくらいだ。
 しかし全く身に覚えのない話だが、それについては男達が、懇切丁寧に口々に説明してくれた。
「これ見よがしに、シンガってヤツと親しそうに話をしていたんだって?」
「しかも恋心を抱いているお嬢様方に見せつけるようにして、そのシンガってヤツと抱き合ったらしいじゃん。そりゃ、怒るわ」
「それから城の真ん前で、ウィードってヤツに頭を下げさせていたらしいじゃないか」
「しかもそれを冷たくあしらったらしいな。ウィード様に謝罪させた上に横暴な態度を取るとは何様だ。下民如きが勘違いしてんじゃないよって、お嬢様方キレてたぜ」
「そりゃ、下民じゃなくてもキレるわな」
「酷いな、お前」
「……」
 違う! いや、違わなくはないかもしれないけれど……でもそこまで酷い言われ方をされる程、酷い事はしていないハズだ。
「で、一般人を下民如きと見下し、その下民が国王様に会うべく、ちょくちょく城に足を踏み入れている事から、お前の事を疎ましく思っていたお嬢様方が、マシュール王国のお偉いさん方に対するお前の態度が引き金で、遂にキレたってわけだ。本当は殺しちゃっていいって言われたんだけど、さすがにそれは勿体ないからどこかに売ろうって事で、話は落ち着いたんだ」
「……」
 彼女達の認識が間違っていたり、自分勝手な理由に苛立ったりしたところは何ヶ所かあったけれど。
 とにかく彼女達は、下民であるロジィが、自分達の目の前でシンガやウィードと仲良く(?)しているのが気に入らなかったらしい。そしてその嫉妬心からロジィに恨みを抱いた彼女達は、ロジィを始末するようにと彼らに依頼した。そしてそのせいで、ロジィが狙われたり、間違ってリリィが誘拐されたりしていたのだ。
 まったく、かなり迷惑な話である。
「それじゃあ、マシュール王国の軍服を着ていたのは?」
「お前がシンガってヤツと抱き合っているのを見せつけられた女の子の中に、そのシンガへの好意が殺意に代わっちゃった子がいたんだよ。だからその罪をマシュール王国に被せてやろうって言って、オレ達にマシュール王国の軍服を着るように命じたんだ」
「でもそのせいで、リリィ姫誘拐の疑いを掛けられたのは誤算だったよな」
「そういえばそのリリィ姫はどうした? ちゃんとバレないように解放出来たのか?」
「さあ。解放に向かったヤツからまだ連絡が来てねぇんだけど」
「おいおい、まさか失敗して、城の兵士どもに見付かってねぇだろうな?」
 間違えて捕えてしまったリリィ姫の話に、焦りの色を浮かべる者達がチラホラと見え始める。
 そんな彼らのやり取りを眺め、男に果物ナイフでペチペチと頬を叩かれながら、ロジィは意識を失う前の事を思い出していた。

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