バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二十話 本性


 ウィードめ、まさかゴンゴの仲間を疑うなんて! そりゃ確かに仲間が一番怪しいといえば怪しいかもしれないけれど……いやいや、そんな事はない。真犯人は他にいるハズだ。必ず見付けてウィードの前に突き出し、それで仲間を疑った事、土下座で謝らせてやる!
 その決意を胸に、ロジィは物陰に隠れながら町を移動する。
 町にはまだ城の兵士達がウロウロしており、自分達を捜し回っている。
 彼らに見付かれば、保護という名目の下、城に閉じ込められてしまうだろう。それは困る。犯人を捕まえるまで、城のヤツらにも捕まるものか。
「うん……?」
 ふとその時、ロジィの潜んでいる路地裏の向こうから、男達の話し声が聞こえて来た。
 それが何となく気になり、話し声が聞こえる方へと向かえば、そこにいたのはマシュール王国の軍服を身に纏った、二人の男の姿があった。
「くそっ、何だってんだよ、アイツら! オレが何したってんだよ!」
「大丈夫か?」
「ああ、お前がこの細道に引き込んでくれて助かったぜ。ありがとうな」
 人通りの殆どない細道。そこにいた二人の男の会話を、ロジィは物陰に隠れながら盗み聞く。
 この二人、マシュール王国の軍服を着ているが、まさかリリィ姫誘拐の犯人ではないだろうか。
「あの女の子を閉じ込めた事を報告しに行こうとしたら、突然兵士達に追い掛けられたんだよ。くそっ、何でオレが城の兵士どもに追い回されなくちゃいけないんだ! つーかこの辺り、何で城の兵士達がこんなにウジャウジャいるんだよっ!」
「それがな、リリィ姫が誘拐されたかもしれないって噂が立っているんだよ」
「はあ? リリィ姫が誘拐っ?」
 その情報に目を見開かんばかりにして驚く軍服の男に、ロジィは首を傾げる。彼らがリリィ姫誘拐の犯人だと思っていたのだが……違うのだろうか?
「まだ正式に発表があったわけじゃないから、本当かどうかは分からないんだが、一部でそういう噂が立っている。しかもその犯人はマシュール王国の人間だそうだ」
「はあ? 何で他国の人間がオレ達の国で暴れてんだよ……って、それか! だからアイツら、この軍服を着ていたオレを追い回しやがったのか! んだよ、それ! オレは依頼人が着ろって言うから着ていただけなのに!」
 そう吐き捨てると、男は軍服の上着を脱ぎ捨て、乱暴にそれを地面に叩き付けてやった。
「でもな、変なんだよ」
「変? 何がだよ?」
 ふと、訝しげに首を傾げた男に、軍服を叩き付けた男はどうしたんだと眉を顰める。
 するとその男は、その『変な話』を語り始めた。
「オレ達が誘拐した女の子だよ。あの子、依頼通り縛り上げて、町外れの第三倉庫に閉じ込めたハズだろ? それなのにあの子、マシュール王国のヤツに人質に取られてどこかに連れて行かれたらしいんだ」
「は?」
「城のヤツらは、リリィ姫の行方とともに、その子と逃げたマシュール王国のヤツの行方を追っているらしいんだ」
「いや、ちょっと待て? 何で彼女がマシュール王国の人質になっているんだよ? あの子は今、第三倉庫に閉じ込めているハズだろ? 別のヤツに人質にされるわけないじゃねぇか」
「だから変なんだって。オレ達は一緒にいた二人の男を撃ってまで、依頼されていた女の子を誘拐したんだ。白昼堂々、沢山の人がいる前で、だ。それは間違いない。間違いないハズなのに……」
「おい、もしかして双子説じゃねぇのか? もしかしてあの黒髪の女、双子の姉ちゃんか妹でもいるんじゃねぇのか……って、おい、まさかそのもう一人の方を誘拐しちまったんじゃねぇだろうな? そう言われてみりゃあの女、病院の近くで襲った時よりもめちゃくちゃ弱かった気がする!」
「そうなんだよ! だからオレもまさか違うヤツを誘拐しちまったんじゃないかって心配になったんだよ!」
「おいおい、どうすんだよ! 別のヤツを誘拐したところで、報酬金なんか支払ってもらえねぇぜ。それどころか、オレ達無関係の女の子を誘拐しちまった、ただの誘拐犯だ。どうしよう!」
 ヤバイ、ヤバイと慌てふためく男達の会話に、ロジィは首を傾げる。
 男達の会話から分かったのは、彼らは『依頼人』とやらに頼まれて、一緒にいた二人の男を撃ち抜き、黒髪の女の子を誘拐し、町外れにある第三倉庫に閉じ込めたという事。そしてリリィ姫誘拐の件に関しては、何も知らないという事。
(彼らの話から、彼らが撃ち抜いたのはデニスとサーシスで間違いない。そして依頼人から誘拐しろと命じられたのは、二人と一緒にいたリリィ姫……のハズなんだけど、二人はリリィ姫誘拐については何も知らないみたい。でも黒髪の女って事から、アイツらが私に変装したリリィ姫を誘拐した事も間違いないし……。どういう事? リリィ姫とは知らずに、私を誘拐……)
 と、そこまで考えて、ロジィはハッと気が付く。
 デニスとサーシスを撃ち抜いてまで、一緒にいた黒髪の女の子を誘拐した。でもその女の子がリリィ姫であるとは知らなかった。つまり、
(彼らが依頼人に誘拐しろと命じられたのは、リリィ姫じゃなくって、私……?)
 しかしその事実に気付いた瞬間であった。突然、背後から口を塞がれ、その上で体に腕を回される事によって拘束され、身動きを封じられてしまったのは。
「ぐっ、ううっ!」
 突然の事に驚き抵抗するが、その腕の力は強く、ロジィが暴れたところでビクともしない。男達の会話と考えに集中していたせいで、背後に迫る影に気付けなかったようだ。
(誰? アイツらの仲間?)
 唯一動かせる目線だけで、背後の人物を確認する。
「っ?」
 後ろにいた男。それは冷たい目をした、ウィードであった。



「とにかく一度確認した方がいい。他の仲間にも連絡を入れよう」
「なあ、万が一さっきの女の子が、別人だったらどうする?」
「そしたら逃げるしかねぇだろ。報酬がどうとか言っている場合じゃない」
「そ、そうだな……。ああ、頼む、どうか本人であってくれ!」
「残念だが、別人だ」
「え?」
 そんな話をしている二人の会話に、ウィードが割って入る。突如現れた第三者の姿に、二人の男の視線が一気にウィードへと集められた。
「えーと……?」
「って、おい、その女っ!」
 ウィードの腕に抱えられ、グッタリとしたまま意識のないロジィに気付いた男が声を上げる。
 するとウィードは、剣呑な眼差しを二人の男へと向けた。
「さっき捕まえた女はリリィ姫だ」
「はあっ? リリィ姫ぇっ?」
「ちょ、おい、嘘だろ? え、リリィ姫って……いや、髪、黒かったじゃないか!」
 とんでもない情報に、二人の男は一気に混乱に陥る。
 そんな二人に対して、ウィードは緊張を含みながらも落ち着いた声色で話を続けた。
「リリィ姫はこの女に変装して、街で遊んでいたらしい。この女が所属するギルドの人間がそう言っていたから間違いない」
「はあ? 何だよ、それ! 何でわざわざその女に変装して遊んでんだよッ?」
「この女が任務に出掛けている間、この女に成り代わって街でこっそりと遊ぶ事が、リリィ姫の最近の楽しみだったそうだ」
「え、何でッ? 何でよりにもよってその子に変装しているんだよッ?」
「いや、それよりもどうする? これじゃあ今、巷で噂されているリリィ姫誘拐の犯人って、オレ達って事になるじゃねぇか」
「そうなるな」
「お前、何を他人事みてぇに言ってんだよ! このままだとオレ達、大罪人になるんだぞ! 畜生! オレはただ、遊ぶ金が欲しかっただけなのに!」
「心配するな。オレにいい案がある」
「いい案?」
 頭を抱え、パニック状態に陥っている二人にウィードがそう告げれば、二人の期待の眼差しがウィードへと向けられる。
 そんな二人を順に見つめ返した後、ウィードは一枚の手書きの地図を、そっと二人へと渡した。
「この近くに、あまり人の寄り付かない空き家がある。そこにこの女を監禁しろ。アイツらには、場所が変わったとでも言えばいい」
「で、でも、リリィ姫はどうすんだよ? まさか閉じ込めたままには出来ないだろ?」
「街外れにある第三倉庫だろ? そっちはオレが何とかしておく。だからコイツは任せた」
「わ、分かった。でも、気を付けろよ。絶対にしくじるんじゃねぇぞ」
「そんな失敗はしない。お前達こそ、そっちは任せた。逃げられたりしたら堪ったモンじゃないからな」
「ああ、分かっている。コイツはいい金になるんだ。逃がして堪るかよ!」
「……」
 各々の役割をそう分担すると、男達はロジィを担いでその場から立ち去って行く。
 そんな二人の背中を、ウィードは冷たい眼差しのまま静かに見送っていた。

しおり