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第二十二話 無実よりも大事なモノ



「ロジィ、静かに。ヤツらに見付かる」
「……?」
 背後から押さえ付けられた事で、僅かな恐怖を覚えたロジィであったが、ウィードは彼女に危害を加えるつもりはなかったらしい。一言そう忠告すると、ウィードはそっとロジィを解放した。
「なるほどな。アイツら、リリィ姫ではなく、ロジィを誘拐するつもりだったのか」
 ウィードもまた、彼らの話を聞いてそう考えたらしい。盲点だったと彼が憎らしげに吐き捨てれば、その後ろからひょっこりとラッセルが顔を出した。
「ロジィを誘拐するつもりで、間違ってロジィに変装したリリィ姫を誘拐してしまった。でもそれがリリィ姫だと知っているオレが、慌てて城に「リリィ姫が誘拐された」って報告しちゃったから、話がゴチャゴチャしちゃったってわけか。ふんふん、確かにそう考えた方が、話がスッキリするな」
「ラッセル、あんたもいたの?」
「いるわ。何でオレだけ一人、隠し部屋で大人しくしてなきゃならねぇんだよ」
 オレだって働く時は働くわ、と付け加えてから、ラッセルは不思議そうに首を傾げた。
「でも、ヤツらの狙いがロジィだったとしてもだ。何でロジィなんかを誘拐しようとしたんだ? ロジィなんか誘拐したところで、メリットなんか一つもねぇだろ」
「ラッセルの言い方には悪意を感じるけれど。でも悔しいけどラッセルの言う通りだわ。私を誘拐するメリットが見付からない」
「いや、待てよ? まさかロジィが、実は国王の娘である事がバレたんじゃねぇのか?」
「おそらくはそうだろうな。ロジィに王家の権威はないとしても、代々受け継がれる治癒能力はロジィにも受け継がれている。だからヤツらの狙いは、その治癒能力である可能性が高い」
 ロジィを誘拐しようとしたその理由。それをラッセルがそう予想すれば、ウィードもまたその可能性が高いと同意する。
 確かにロジィが狙われる理由は、それくらいしか思い付かない。
「でもさ、これで真犯人は見付かったってわけだ。アイツらを捕まえて王様の前に突き出せば事件は解決。オレ達の疑いも晴れるってわけだ。よかったな、ロジィ」
「うん、そうだね。よし、じゃあ早速アイツらを捕まえに行こう!」
 偶然ではあったが、とにかく真犯人が見付かった。これで自分達の無実が証明出来る。ああ、良かった、良かった。
 しかしそう喜ぶ二人に、ウィードは「ちょっと待て」と、呑気な二人を制した。
「聞いていただろ? アイツらはロジィを差し出す事によって、報酬金を得ると言っていた。つまりアイツらは真犯人じゃない。真犯人にロジィを誘拐するように命じられただけの、ただの実行犯だ。アイツらを裏で操っているヤツが、どこかにいるハズなんだ。だからそいつを見付け出さなければ意味がない」
「なるほど、裏で操っている真犯人かー」
「じゃあ、アイツらを捕まえて、それを吐かせればいいんじゃない?」
「それで大人しく喋るとは思えない。例え喋ったとしても、その真犯人にシラを切られたら終わりだ。「実行犯は嘘を吐いている。自分は関係ない」なんて言われたら捕まえる事は出来ない。実行犯が嘘の証言をしている可能性だってあるからな」
「でも、リリィ姫は町外れの第三倉庫に閉じ込められているんでしょ? だったらそれを報告して姫を助けてもらえば、とりあえず私達の無実は証明してもらえるハズ。今はそれで良くない?」
 確かにウィードの言う通り、真犯人は捕まえられないかもしれない。しかし自分達の無実さえ証明する事が出来れば、自分達の疑いは晴れ、自由の身になる事が出来る。
 そうすれば、ゴンゴのみんなだって解放してもらえるし、ライジニアやシンガも地下牢から出してもらえる。デニスとサーシスを助けに行く事だって出来るし、そして何より、リリィ姫を救う事も出来るのだ。
 だったら真犯人なんて、とりあえずはどうでもいいんじゃないだろうか。
「お前、それ本気で言っているのか? 真犯人を見付けなければ事件は解決しないんだぞ」
「でも、そんなの捜していたら、余計に時間が掛かっちゃう。真犯人なんて見付けなくても私達の無実さえ証明出来れば、みんなを助ける事が出来るんでしょ。だったらそれでいいじゃない。ウィードだって早くライジニア王子を……」
「ふざけるな!」
「ッ?」
 ライジニア王子達を助けに行きたいでしょ?
 しかしロジィがそう言い切る前に、ウィードの低い声がそれを遮った。
 そんな悪い事を言ったつもりのないロジィは、怒りを含んだウィードのその声色に、思わずビクリと肩を震わせた。
「お前、分かっているのか? 真犯人を捕まえられないという事は、ヤツはまた同じ事をするという事だ。実行犯なんて金を出せばいくらでもいるんだぞ。裏にいる真犯人を捕まえない限り、事件は何も解決しないんだ」
「でも、今はそんなのを捕まえるよりも、みんなを助ける方が……」
「ヤツが狙っているのはお前なんだぞ!」
「っ!」
 もし近くに男達がいなければ、ウィードはもっと声を張り上げてロジィを怒鳴り付けていただろう。それだけウィードは怒っていたのだ。自分を大事にしない、彼女の身勝手な発言に。
 はっきりとした怒りの感情を向ければ、ロジィは驚いたような、怯えたような目をウィードへと向ける。
 しかしそれでも構わず、ウィードは更に怒りの声を上げた。
「確かにリリィ姫の情報を持ち帰れば、オレ達の無実は証明され、みんなを助ける事が出来る。でもお前はどうするんだ? また別のヤツにその身を狙われるんだぞ!」
「わ、私は自分の身くらい自分で守れるよ。今までだってそうやって来たんだから。だから次の実行犯に襲われたって、いつもみたいに……」
「いつもみたいに出来なかったら、どうするつもりなんだ?」
「え?」
 先程までの怒りの感情はどこへやら。次いでウィードは、心配そうな目をロジィへと向けた。
「お前の腕が立つ事は知っている。オレを打ち負かす事が出来るくらいだ。もしかしたらお前は、オレより強いのかもしれない。でも、だからこそ不安なんだ。それ以上のヤツに襲われたら、オレの力では太刀打ち出来ない」
「ウィード……?」
「いいか、ロジィ。世界には自分より強いヤツなんて五万といるんだ。あまり自分の力を過信し過ぎない方がいい。戦わずして勝てるのなら、そっちの道を選べ。いいな」
「う、うん、ごめん……」
 不安そうな目を向け、優しくそう諭して来るウィードに、ロジィは僅かな戸惑いを覚える。
 不安に震える彼の手がロジィの頬に触れれば、彼女の胸がトクンと高鳴った。
「でも、それだったらどうするんだよ? 現段階で、オレ達の無実を証明する事は可能でも、真犯人を捕える事は不可能。そしてお前は、その真犯人を捕まえなくては終われないと言う。だったらどうするつもりなんだ? どうやって真犯人を特定するつもりなんだ?」
「それなんだが……」
 ラッセルの疑問に頷くと、ウィードはゆっくりとロジィから手を離す。
 そうしてから、ウィードはロジィに、改めて真剣な眼差しを向けた。
「ロジィの力が必要なんだ。けど、これはかなり危険な作戦だ。だからその……」
 そう言い淀む彼の瞳に、不安の色が浮かぶ。
それでも彼は真っ直ぐにロジィを見つめたまま、しっかりと言葉を続けた。
「引き受けてくれるだろうか?」
「え、えっと、その……」
 いつもなら二つ返事で頷くところだ。危険な任務なんてこれまで何度も熟して来た。いつもの事なのだ。だから今回だって断るつもりはない。
 それなのにどうしてだろうか。こうしてウィードに真剣な眼差しを向けられるだけで、言葉が上手く出て来ないのは。こうして緊張に体が固まり、口を開閉させる事しか出来なくなってしまうのは。
(やっぱり、私はまだ……)
 顔が良いだけの嫌なヤツだって分かっているのに。それなのにウィードの一挙一動にこんなにも心が動かされてしまうのは、やっぱりまだ彼の事が好……、
「ロジィなら大丈夫だろ。危険な任務なんて慣れっこだし。なあ、ロジィ。問題ないだろ?」
「……うん、やる、問題ない」
 ウィードへの恋心を再確認しようとしたその時、ラッセルが余計な一言を発してそれを中断させる。ラッセルめ、何てデリカシーのない男なんだ。
「それで、その作戦って何なんだ?」
 ロジィの恨みを買った事など知る由もなく、ラッセルはその作戦内容を尋ねる。
 するとウィードは、真剣な面持ちのままその内容を口にした。
「悪いが、ロジィには一度ここで眠ってもらう。そしてオレがアイツらの仲間のふりをして、ロジィをあの二人の男に捕えさせる」
「仲間のふり? 大丈夫なのかよ、それ?」
「おそらくアイツらは、金で寄せ集められただけの一時的な協力者同士だ。もともと知り合いでも、仲間でも何でもないヤツらがほとんどだろう。見掛けない顔が現れてもそこまで気にはしないだろうし、万が一不審に思われたとしても、ヤツらの目的であるロジィを差し出せば、ヤツらの意識はオレじゃなくってロジィへと向けられる。問題ない」
「じゃあロジィを上手く捕えさせたとして、その後は?」
「ロジィをオレ達が使っていた隠れ家に閉じ込めるように誘導し、それと同時に、ヤツらが嘘の証言をする必要のない状況を作り出す。だからロジィ、お前は目が覚めたら、ヤツらがお前を狙った理由、そして裏でヤツらを操っている真犯人の名をヤツらに自白させてくれ。現状で全てを解決するにはそれが一番早い」
「分かった」
「でもウィード、それをロジィが上手く聞き出せたところでどうするんだ? 聞き出した真犯人の名を国王様に報告したって、それこそ信じてくれるかどうかも分からねぇし、その真犯人にシラを切り通される可能性だって高いんだぞ」
「それについてはオレに考えがある。ロジィを眠らせるのはそのためなんだ。実行犯にも真犯人にも逃げられない状況を作る。ロジィが眠っている間にその全てを整える」
「どうやって?」
「それを説明している暇はない。けど必ず全て上手くやる。だからロジィ」
 スッと、ウィードの真剣な眼差しが再びロジィを射抜く。
 ドクンと、ロジィの心臓が再度高鳴った。
「オレを信じて待っていてくれ。必ず迎えに行く」
「……。うん」
 真っ直ぐにロジィに向けられている真摯な言葉と、真剣な眼差し。彼が何を考えているかは分からないし、その作戦自体が嘘である可能性も大いにある。
 でも何故だろうか。ウィードの言葉がストンと胸に落ち、信じても大丈夫だと思えてしまったのは。
「分かった、こっちは私に任せて。必ず全部、上手く聞き出してみせるよ」
「ありがとう、ロジィ、オレを信じてくれて。でも大丈夫だ、必ず迎えに行く。だから少しだけ待っていてくれ」
「うん、ありが……」
「ロジィなら大丈夫だって。あんな男の五人……いや、五十人くらい素手で倒せるんだからさ! な、ロジィ?」
「倒せるかーっ!」
「うわっ、何だ? 何で怒ってるんだ?」
 ラッセル! 貴様、今いい雰囲気だっただろうが! 
 さっきから余計な事ばっかり言って、いいムードをぶち壊して来るラッセルに、遂にロジィが怒りを爆発させ、ラッセルに掴み掛る。
 突然の事にラッセルが目を白黒させたところで、ウィードはロジィの首筋に手刀を打ち込み、男達に見付かる前に彼女を眠らせた。

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