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第十四話 お見舞い



 病室の前にいた兵士に通行手形を見せてから、ロジィは病室の扉をコンコンと二回叩く。
 すると中から聞こえて来る「どうぞー」というシンガの間延びした声。どうやらシンガも中にいるようだ。
(良かった、ウィードと二人っきりにならなくて)
 ホッとしたようでもあり、残念なようでもあり。
 それでも安堵の息を吐きながら扉を開けたロジィであったが、彼女はそこにいた人物を目にした瞬間、慌ててシャキンと背筋を伸ばした。
「ラ、ライジニア王子! し、失礼しました、ええっと……」
「いいよ、ロジィ。ウィードの見舞いに来てくれたんだろ? もっと気を楽にして構わないよ」
「は、はい、ありがとうございます」
 まさかライジニア王子もいるとは思わず、変に緊張するロジィに、彼は柔らかな笑みを向ける。
 そんなライジニアの好意に素直に甘える事にすると、ロジィはベッドの中で体を起こしていたウィードへと、その視線を移した。
「その、具合はどう?」
「お前に心配される程でもない。すぐに退院出来る」
「……」
 こちらを見ようともせず、相変わらず棘のある言い方に、ロジィは眉を顰める。
 リリィにはあんなに優しくて、笑顔も見せていたクセに。そりゃ自分に優しくしたところで彼にいい事なんか一つもないけれど。でも少しくらい優しくしてくれたって、罰は当たらないと思う。
「ねぇ、ロジィ。悪いんだけど、ウィードの事ちょっと褒めてやってくれないかな? コイツ、ロジィに腕が立たないって言われた事を気にしているみたいでさ。この有り様だけど、一応は身を挺して姫を守ったわけだし、ちょこっとだけ褒めてやってくれない?」
「その話ならデニスから聞いた。私、ウィードに失礼な事言っちゃったみたいね」
 そっちが冷たい態度を取るならと、逆にこっちは素直な態度を取ってみる。これで彼も少しは自分にも優しくしてくれるだろうか。
「あの時はついカッとなって、腕が立たないなんて言ってごめんなさい。酷い事を言ってしまったと反省している。それから私達のお姫様を守ってくれてありがとう。一国民として感謝します」
「他人に頼まれて礼を言われたところで、嬉しくも何ともないな」
「んなっ!」
 素直に自分の非を詫び、きちんと頭を下げてやったのに! この野郎、人が素直になったら素直になったで調子に乗りやがって。確かに素直に謝れば、少しは優しくしてくれるかな、なんて下心はあったけれども。でもいくら何でも素直に詫びている人間に対してその態度はないだろう。
「もういい。帰る」
「待って、ロジィ! 待って!」
 クルリと踵を返し、怒って出て行こうとするロジィの腕を掴むと、シンガはロジィを引き止めようと、彼女の腕を強く自分の方へと引き寄せた。
 しかし思いっ切り腕を引かれた事でバランスを崩してしまったロジィは、そのままシンガの胸の中へと倒れ込んでしまった。
「うわっ、ご、ごめん、シンガ!」
「いや、いいって、強く引っ張ったのはオレだし。それよりもウィードがごめんな。お詫びにこれからお茶でもどう? 近くにいいお店見付けたんだ」
「いや、あの、私、これからデニス達と国王様のところに行かなくちゃいけないから……」
「ええー、またあ? ロイ国王陛下、国民の使い方荒くない? ちょっと働き方改革した方がいいと思う」
「そ、それよりもいい加減に……」
 放して。
 しかし、シンガの胸の中で抱き締められたままだったロジィが、真っ赤になりながらもそう口にしようとした時だった。
 いつの間にかベッドから降りていたウィードが、シンガの頭を思いっ切りぶん殴ったのは。
「いいっ、てぇぇっ!」
 脳にまで響くその激痛に、シンガは思わず頭を押さえ、その場に蹲ってしまう。
 ようやく解放された事にホッと胸を撫で下ろしたロジィであったが、今度はすぐにウィードの鋭い視線に捉えられてしまった。
「おい、ロジィ」
「な、何よ?」
 ギロリと睨み付けて来るその視線に、今度は何を言われるのかとロジィは身構える。
 するとウィードは、その鋭い視線をロジィの右腕へと移した。
「それ、どうした?」
「それ?」
 その問いに、ロジィはウィードに倣って自分の右腕へと視線を移す。
 するとロジィの纏う服の右腕の部分が、刃物のようなモノでバッサリと切られているのが目に入った。
「えっ、何これっ? うわっ、気付かなかった!」
「気付かなかった? そんなに切れているのに気が付かないとは、お前は普段どれだけボーッとしながら生きているんだ?」
「ち、違う、そういう意味じゃない! ちゃんと切られた心当たりはある!」
「心当たり?」
 ではその心当たりとは何なのかと、ウィードは話の続きを促す。
 するとロジィは、ここに来る道中の出来事を思い出しながら、忌々しそうに続きを口にした。
「他国の高官であるウィードに何かあったら困るからって、ウィードの入院している病院の周辺警備が厳しくなっているみたいなの。だからここに来る途中、周辺の警備をしていた兵士に見付かって、不審者扱いされたのよ」
「不審者扱い? 失礼な話だな」
「あんたが言うな」
「きちんと説明はしなかったのか?」
 自分の事は棚に上げてウィードがそう尋ねれば、ロジィは不機嫌になりながらも更に話を続けた。
「説明はしたよ。病院の前には兵士が見張っているからって、国王様が通行手形をくれたの。だからそれを見せて通してもらおうと思ったんだけど、一般人がそんなモノ持っているわけがない、不審者だって言って、取り押さえられそうになっちゃって。話しても通じなさそうだったし、お城の兵士に手を上げるわけにもいかなかったから、仕方なく病院まで逃げて来て……。それで病院の入口にいた兵士に通行手形見せたところで、ようやく信じて入れてもらえたの」
「取り押さえられそうになった? なら、その時に斬られたのか?」
「うん、だってあの人達、刃物持っていたんだもの。ちゃんと躱したと思ったんだけど……くそっ、これお気に入りの服だったのに」
「通行手形を持っていても、一般人だと信じてくれねぇのかよ。こう言っちゃ失礼だけどさ、ロイ国王様、もっとちゃんと部下の教育された方がいいんじゃねぇの?」
「しかし刃物を持って斬り掛かって来るとは、ちょっとやり過ぎな気もするが……」
 ロジィの服がバッサリと切られていたその理由。それを聞いたシンガとウィードが揃って表情を歪めれば、同じように話を聞いていたライジニアが心配そうに眉を顰めた。
「でも、それだと帰りも心配だね。もしもその兵士に顔を覚えられていたら、また襲われてしまうかもしれないし……。そうだ、シンガ。ロジィを安全な場所まで送ってあげてくれ。お前が付いていれば、その兵士も納得するだろう」
「はっ、承知致しました」
「お待ち下さい、王子」
 確かにライジニアの言う通りだ。いくら一般人でも傍にマシュール王国の兵士が付いていれば、兵士達はその手形が本物であると今度こそ信じてくれるだろう。
 しかしそう頷くシンガに対して、ウィードはシンガに下されたその命令に異論を唱えた。
「シンガをロジィとともに外に出したら、あなたの護衛はどうするのですか?」
「僕はシンガが戻って来るまでここにいるから、別にいいよ。ここなら安全だし、万が一何かあったとしても、お前が近くにいてくれるからね」
「私を頼って下さるのはありがたいですが、私は今、万全の状態ではありません。もしも万が一の事が起こってしまった場合、私では王子をお守りする事が出来ないかもしれないのです。ですからシンガは、あなたのお傍から離すべきではないと思います」
「でもロジィはどうするの? さすがに危ないと分かっている所に、女の子を一人で出すわけにはいかないよ」
「ロジィなら大丈夫です」
「っ」
 しかしウィードがそう口にした瞬間、ロジィの心がズキリと痛んだ。
 彼の言葉は間違ってはいない。でもその言葉を彼の口から聞くのは嫌だ。それ以上は、聞きたくなんかない。
「だ、大丈夫です、一人で帰れます。問題ありません」
「え?」
 ロジィなら大丈夫です、一人でも問題ないでしょう。オレを負かした事があるくらいなのです。数人の兵士に襲われたところで返り討ちに出来るでしょう。
 そう続くのだろう、ウィードのその言葉。それが聞きたくなくて、ロジィは自らそう申し出る。ウィードがその優しさを向けてくれるのは『リリィ』なのだ。『ロジィ』ではない。それは分かっているし、理解もしている。
 でも頭では理解しようとも、心がそれを拒否したのだ。
 自分を突き放すその言葉。それをウィードから直接聞くのは嫌だ、と……。
「いや、ちょっと待てってロジィ。お前が強いのは知っているけどさ、でもさすがにそれはマズイって」
「心配してくれてありがとう、シンガ。でも私なら大丈夫だから。あ、これ、デニスからのお見舞い。みんなで食べてねって言ってた。それではライジニア王子、ロイ国王陛下に呼ばれておりますのでこれで失礼致します」
 持って来た果物篭をシンガに押し付け、ライジニアに一礼すると、ロジィはウィードが何かを口にするより早く、逃げるようにしてその場から立ち去って行った。
「おい、ウィード」
 ロジィが立ち去り、扉がパタンと閉じられてから、シンガは非難の目をウィードへと向ける。
 するとウィードはバツが悪そうに、視線をシンガから逸らした。
「お前が冷たいから、ロジィがさっさと帰っちまったじゃねぇか」
「べ、別に冷たくなんか……」
「うーん、それについては僕もシンガと同意見かな。キミはもう少し素直になった方がいいと思うよ」
「……」
 シンガの指摘に頷きながら。今度はライジニアが困ったように眉を顰めた。
「今だってそうだよ。ロジィはきっとキミが、「ロジィなら大丈夫です、一人でも問題ないでしょう。オレを負かした事があるくらいなんだから、数人の兵士に襲われたところで返り討ちに出来るでしょう」とでも言うと思ったんじゃないかな」
「なっ? そ、そんな事オレは……」
「言うつもりはなかったって言うんだろ? でも彼女はそう思ってしまったんだよ。例えキミが、「ロジィなら大丈夫です、オレが送るので。だからシンガはここに残して下さい」って言うつもりだったとしてもね」
「……」
「日頃の行いだっての。ゴダゴダ言ってねぇで、さっさと心配だって言えば良かったじゃねぇか。見ろよ、この果物篭。これロジィからだろ? デニスからはこの前貰ったもんな。お前がそんな態度だから、自分からだなんて言い出せなかったんだぜ、きっとー」
 あーあ、可哀相にと、シンガが果物篭を見つめながら溜め息を吐けば、ライジニアは真剣な目を真正面からウィードへと向けた。
「いいかい、ウィード。ロジィはようやく見付けた例の子だ。必ずマシュール王国に連れて帰る。どんな手を使ってもだ」
「……」
「必ず謝罪とお礼に行くように。あの子は大切な子なんだからね」
「……はい」
 有無を言わせぬライジニアの鋭い瞳。
 それにウィードは、ただ静かに頷くしか出来なかった。

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