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第十三話 立ち塞がる兵士



 ロジィの癒しの力が効いたのか、そもそも大した怪我ではなかったのかは知らないが。
 とにかくウィードの怪我は軽傷で済んだ。それでも念のためにと、彼は今とある病院に入院している。
 あの後、すぐにデニスが駆け付けてくれたため、事は大事に至らずに、ウィードはすぐに病院に運び込まれた。
 襲って来た悪人達もデニス達が全員捕えてくれたようだし、暴れてどこかへ行ってしまった馬も、粉々になった馬車と一緒に戻って来たらしい。そして何より、本物のリリィ姫は無事に目的地へと着き、合流したエレナとともに観劇を楽しんだという。
 色々あったが、とりあえず今回の任務は成功だ。良かった、良かった。
(あとは、ウィードに怪しまれてないといいんだけど)
 見舞い用の果物篭を手に、ロジィはウィードが入院している病院へと向かう。
 そんな彼女の頭の中にあるのは、怪我をしたウィードを前にして、取り乱してしまった時の事だった。
 あの時は『リリィ』を演じる事を忘れ、つい素に戻って取り乱してしまった。ウィードも怪我をしたり、意識を失ったりしていたから、そんな細かいところまでは覚えていないとは思うが……。
 でもあのウィードの事だ。無駄に細かいところだけを覚えていそうで、ちょっと怖い。
(何か言われても、知らぬ存ぜぬを突き通そう)
 ロジィはあの時あそこにはいなかった。だから知らない、何も見ていない。
 そう自分に言い聞かせながら、ロジィは病院へと向かう。
 本当はデニス達と一緒に見舞いに行くつもりだったのだが、生憎予定が合わず、一緒に行く事が出来なかったのだ。
 別に改めて見舞いに行くなどと約束したわけではないから、こうして律儀に行く必要はないのだが、これでも一応は助けてもらった身。それに彼の容態もちょっと……本当にちょっとだけ気になるので、こうして一人で病院へと向かっているのである。
(やっぱり迷惑かな?)
 ふうと、ロジィは小さな溜め息を吐く。
 あの時は優しい笑みを浮かべ、身を挺して守ってくれたウィード。でもそれは、相手がリリィであったからだ。相手がロジィであれば、きっとそうはいかない。
 もしも見舞いに来たのがリリィであるのなら、ウィードは嬉しそうに微笑み、温かく迎え入れてくれるのだろう。
しかし今日見舞いに来たのはリリィではなくロジィだ。きっとリリィに向けるような笑みなんて浮かべてくれないのだろう。「大丈夫?」と聞いたところで、「これが大丈夫に見えるのか?」と冷たく返されそうだ。
(私にも笑って欲しいって思うのは、やっぱり我が儘なのかな)
 あの優しさを少しくらい分けてくれてもいいじゃないか、と思う反面、彼を好きになってしまった自分が悪いとも思う。
 しかしここでうだうだ考えていても仕方がない。今回の目的はウィードのお見舞いと称して彼に会いに行く事であり、彼の笑顔を貰う事ではないのだから。彼の無事さえ確認出来ればいい。予想通りの反応が返って来るのなら、彼の機嫌が更に悪くならないうちに、果物篭を渡してさっさと帰ってこよう。
(それにしても、やっぱり警備兵多いなあ)
 そんな事を悶々と考えながら病院へと向かうロジィであったが、その道中で、彼女は何人かの兵士とすれ違っている事に気が付く。
 病院にいるのは、リリィ姫を庇って怪我を負ったマシュール王国の英雄、ウィードだ(英雄、と国の上層部では取り扱われている)。そしてそれと同時に、彼はその国の王子、ライジニアの側近でもある。国としても丁重にもてなすのは当然の事だろう。彼の入院している病院の周辺警備が厳重になる事も、仕方のない事である。
「待て」
 と、病院へと向かう道中で、二人の兵士に止められる。無理もない。何故ならこの先の病院にいるのは、他国の英雄とその王子なのだから。不審者と思わしき人物を止める兵士の行動は、当然のモノだろう。
「この先の病院には、許可のある者以外近付けない事になっている。即刻立ち去れ」
 しかしそれにしたって、この上から目線の物言いは如何なモノだろうか。もう少し言い方があるのではないだろうか。
「私はギルド『ゴンゴ』のロジィと申します。国王陛下からの許可を得て、ウィード様のお見舞いに参りました。これは国王陛下から頂いた、通行手形です」
「何?」
 たぶん止められるだろうからと、ロイから貰っていた通行手形を傲慢な兵士へと見せる。デニスの話によれば、彼もまた病室の前にいた兵士に手形を見せた事により、難なく中に入れてもらえる事が出来たらしい。兵士に呼び止められるのが少し早い気もするが、これで通してもらえるだろう。
「貴様、これは本物か?」
「え? あ、はい、本物ですけど……?」
 一体何を言っているんだと、ロジィは眉を顰める。本物も何も、ここにちゃんと王家の紋章と押印が入っているじゃないか。
 しかしそんなロジィを鋭く睨み付けると、兵士はその通行手形を乱暴に地面へと叩き付けた。
「ふざけるな! お前みたいな一般庶民がこんなモノを持っているわけがないだろう!」
「わっ、ちょっと、何するのよ!」
 地面に投げ捨てられた通行手形を、ロジィは慌てて拾う。
 するともう一人の兵士が、背後からロジィに掴み掛かった。
「怪しいヤツめ! ちょっとこっちに来い!」
「やっ、放して!」
「暴れるな! 大人しくしていろ!」
「だから私は不審者じゃないって言っているじゃないっ!」
「うぐっ!」
 力づくで取り押さえられそうになったロジィは、咄嗟に相手の鳩尾に肘鉄を叩き付ける。
 すると背後の兵士は呻き声を上げながら蹲ってしまった。
「貴様! 何をする!」
「あ、しまった、ついクセで……」
「増々怪しいヤツだ! とっ捕まえてやる!」
「きゃあっ!」
 抵抗の意志を見せたロジィに逆上した傲慢な兵士が、あろう事か剣を引き抜き、ロジィに斬り掛かる。
 それを慌てて避けると、ロジィは驚愕の眼差しを兵士へと向けた。
「な、何もそこまでしなくてもいいじゃないですか!」
 いくら不審に思ったからといって、丸腰の善良な市民に斬り掛かるなんて。
 いくら何でもやりすぎだ。後でロイに文句を言ってやる。
 しかしそんなロジィの抗議の声など聞く由もなく、兵士は更に斬り掛かって来た。
「黙れ、この不審者が! 大人しくしやがれ!」
「ちょっ、待って、よく見て下さい! これ、本物です!」
「そんなモノ、信じられるか!」
「う……っ!」
 ダメだ、この兵士。多分何を言ってもダメだ。
 兵士の攻撃を避けながらそう判断すると、ロジィは兵士の隙を突き、強行突破でその場から走り去る。
 後ろから「待て」と叫ぶ声が聞こえるが、それで待ってやる程ロジィも素直ではない。
 構う事なく全力疾走で病院へと駆け込むと、ロジィはその入り口にいた兵士へと助けを求めた。
「た、助けて下さいーっ!」
「ど、どうしました?」
 どうやらこの兵士は、先程の傲慢兵士と違ってまだ一般人に好意的らしい。一体どうしたんだと驚く兵士に、ロジィは別の兵士に不審者と疑われた事を話してから、ロイから貰った通行手形を見せた。
「確かにこれは本物の通行手形ですね。どうやら同僚が、よく確認もせずに偽物だと疑ってしまったようです。大変申し訳ございませんでした。この事は上司に報告し、それなりの対処を取らせて頂きたいと思います」
 深々と頭を下げる兵士に、ロジィはホッと胸を撫で下ろす。良かった、今度は信じてもらえたようだ。
「病室の前にも警備兵がいると思いますが、彼らにもこれを見せれば通れますよ」
「はい、ありがとうございます」
 親切にそう教えてくれる兵士に礼を述べてから、ロジィはふと後ろを振り返る。
 先程まで追い掛けて来たあの傲慢兵士の姿はもうそこにはない。途中で諦めたのだろうか。
(ここまで追い掛けて来てくれれば、この人ですって直々に伝えられたのにな)
 そんな事を残念に思いながら、ロジィは今度こそウィードのいる病室に向かう事にした。

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