バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第十五話 お茶会の任務



 とんでもない依頼を寄越してくれたものだと、ロジィは思う。
 先日の馬車の事件から、命懸けでリリィ(ロジィ)を守ってくれたウィードに礼がしたいと考えたロイであったが、彼はリリィ本人に、「私が助けられたわけじゃないんだから、私が礼をするのはおかしい。どうしてもしたいって言うんなら、助けてもらった本人がしてやったらいいじゃないの?」と気怠そうに反論されてしまったらしいのだ。
 もちろんロイも説得を試みたのだが、どうしても嫌だと一点張りなリリィについに折れ、助けてもらったロジィ本人に、直接ウィードに礼をさせる事にしたのだ。
 なので本日のロジィの任務は、ウィード達を招いた国王主催の小さなお茶会に、リリィ姫に変装して参加する事、である。
「それなら別にお茶会を開かずとも、金銀財宝を与えれば済む事なんじゃないですか?」
「それも考えたんだが、それならリリィと話をする場が欲しいと、あちらが申して来てな。こうしてお茶会を開催する事にしたというわけだ」
 国王主催のお茶会とはいっても、規模はかなり小さい。城を上げてのパーティといった大規模なモノではなくて、城の中庭の一角で開かれる、本当に小さなモノだ。参加者も城中の人間が招かれるわけではなく、国王に本当に近しい者だけが参加し、その参加者にしか知られていない、本当の本当に小さなホームパーティである(但し、当城比)。
「姫と話す場が欲しい? それ、何か企んでいるんじゃないですか? 確かにライジニア王子はお優しい方ですけれど、そもそもマシュール王国とは同盟決裂の危機にあるんですよね? それなら実はライジニア王子も何かを企んでいて、この機会に姫に近付き、何かよからぬ事でもしようとしているのではないですか?」
「うむ、それならまだいいのだが……」
「いいんですか」
「そんな事より恐ろしいのは、ウィードがリリィに惚れ、リリィを嫁に欲しいなんて言い出した場合だ。彼はまたとない好青年ではあるが、リリィが嫌だと言っているからな。いくら好青年とはいえ、リリィの意志を無視して婚約させるわけにはいかぬ。だからそっちの方向に話が進むのは物凄く困るのだ。よいか、ロジィ。婚約の方向には話題が行かぬよう、くれぐれも気を付けてくれ」
「……」
 じゃないとパパ怒られちゃう、と付け加えるロイに、ロジィは白い目を向ける。
 今回のお茶会は小規模なだけに、デニスやサーシスを始めとするゴンゴの仲間は誰も参加しない。つまりこのリリィがロジィであると知っているのは、国王であるロイだけなのだ。パーティの参加者も、給仕の者も、ジーク達騎士団も、姫の付き人であるエレナだって、その事実は知らない。
(ちょっと心細いけど……でもバレるわけにはいかない)
 そう気合いを入れ直し、会場の入り口にいたエレナと合流する。
 向かった先は、様々な花が咲き乱れ、参加者達で賑わう中庭の一角。
 そこで待っていたライジニア王子ご一行は、ロイ国王が姿を現した事に気付くなり、揃ってその場に跪いた。
「これは、これは、ロイ国王陛下。この度はお招き頂きありがとうございます」
「いや、こちらこそ何度も娘を助けてもらった事、感謝する。特にウィード殿。娘がこうして私の隣にいられるのも貴殿のおかげだ。その節は本当にありがとう」
「もったいなきお言葉、痛み入ります」
 娘を助けてもらった事に対しての礼を述べてから。ロイは挨拶をするようにと、ロジィに目配せで合図した。
「お久しぶりです、ライジニア王子。先日はお助け頂きありがとうございました」
「お久しぶりです、リリィ姫。こちらこそ我が国の者がとんだ無礼を働き、大変申し訳ございませんでした。そしてそれにも関わらず、こうしてお茶会にお招き頂けました事、感謝致します」
「いえ、お顔をお上げください、王子。世話になったのはこちらの方なのですから当然です。ささやかではありますが、本日はどうぞ楽しんで行って下さい」
 ロイに促され、ライジニアに軽く挨拶をしてから。ロジィはウィードの前に移動すると、跪く彼に優しい目を向けた。
「ウィード、先日はお助け頂き、本当に感謝しております。ありがとう」
「……姫」
「?」
 そっと、手を取られる。
 何だろうと不思議に思いながら首を傾げれば、ウィードはロジィの手の甲にそっとキスを落とした。
「っ!」
 突然の事に驚き、ロジィはギョッと目を見開く。
 そんな彼女を見上げると、ウィードはニッコリと優しく微笑んだ。
「あなたが無事で良かった」
(なっ、ななななななっ?)
 これでもかというくらいに顔を真っ赤に染め、狼狽えているロジィの心境など知っているのかいないのか。ウィードは相変わらず優しい目で彼女を見つめ続けている。
それにしてもこの男、いくらなんでもロジィとリリィへの態度に差が有り過ぎはしないだろうか。差が有り過ぎて、まるで別人のように思えて来る。
(な、何よ、リリィ姫ばっかり! 私だって同じ人間なんだから、ちょっとくらい優しくしてくれたっていいのに!)
 リリィばかりに向けられる優しさに嫉妬しながら、ロジィはウィードに取られた手を振りほどこうとした。
「姫」
「な、何でしょうか……?」
 しかしその手を強く握る事によってロジィの行動を制すると、ウィードは真剣な眼差しを彼女へと向け直す。
 リリィ姫であるが故に、無理矢理手を振りほどけない事にもどかしさを覚えながらも、ロジィはおずおずとその真剣な眼差しを見つめ返した。
「お話があります。少しだけ二人の時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「……」
 何だ、話って? まさか本当にリリィに告白し、嫁に迎えようとでも思っているのだろうか。
 そう思ったのは自分だけではなくロイも同じだったようで、彼は「絶対に受けるんじゃないぞ」と目で訴えている。
 分かっている、誰が告白なんか受けるもんか。自分の事を見てくれないウィードなんか、大好きなリリィ姫にこっ酷くフラれてしまえばいいんだ。そう、私が彼にそうされたように!
(そうだ、絶対に負けるもんか!)
 そう決意をすると、ロジィはウィードに微笑みながら、コクリと頷く事によって了承の意を表した。
「もちろんです、ウィード。では、あちらへ参りましょう」
 お茶会の席から少しだけ離れた場所にある、二人掛けのベンチ。花の咲き乱れるロマンチックなその場所を決戦の場に選ぶと、ロジィはウィードを連れて、その場を離れた。
「よろしいのですか、エレナ殿。リリィ姫に付き添わなくても?」
 そんな二人を見送ってから、ライジニアはリリィの付き人であるエレナへと声を掛ける。
 するとエレナは、問題ないと首を横に振りながら微笑んだ。
「あそこに私が付き添うのは野暮というモノではありませんか? それに、万が一の事があっても、リリィ姫はウィード殿がお守り下さるのでしょう? ですから何も心配はしておりません。あなたの事も、彼の事も、信用しておりますよ」
「……。そうですか」
 ニコリと微笑むエレナにそれだけを返すと、ライジニアはシンガとともに、促されるまま近くの席へと腰を下ろした。

しおり