閑話 一方その頃
人通りの多い街の中。サーシスは黒髪の少女の姿を捜していた。
あれほど逸れるなと言ったのに。人の話を聞かないところは義理の姉そっくりだな。
「ロジィ」
ようやく見付けたその少女に、サーシスはホッと胸を撫で下ろしながら駆け寄って行く。
こちらはその姿を死に物狂いで捜していたというのに。キッチンカーの近くでのんびりとクレープを食べているなんて、何ていいご身分なんだろうか。
「あら、遅かったわね、サーシス。一体どこに行っていたの?」
「どこも何も、あなたを捜していたに決まっているだろう。まったく、人の気も知らないでウロチョロ、ウロチョロと……。勝手に動き回るなと、いつも言っているじゃないか」
「いいじゃない、こうして街を出歩くのなんて久しぶりなんだから。前回は馬車で移動したから、こうして街で遊ぶなんて出来なかったしね。あ、これサーシスの分。これあげるから怒んないでよ」
きゃたきゃたと楽しそうに笑いながら、彼女はクレープを差し出して来る。
全く悪びれた様子のない彼女からそのクレープを受け取ると、サーシスは呆れたようにして溜め息を吐いた。
「気持ちは分からなくもないが……。でも、遊び過ぎは禁物だ。時間に間に合わなくなってしまうからな」
「あら、大丈夫よ。予定の時間までまだ二時間くらいあるもの。それに今日の舞台は、彼女の推し俳優が出ているの。あの人、推しの話を始めると長いから、会場に着いても話が終わるまでは馬車から出て来ないわよ。だからそれも計算に入れれば、まだまだたっぷり時間はあるわ」
「……」
まだまだゆっくり遊べるわね、と笑う彼女に、サーシスは深い溜め息を吐いた。
「それよりもサーシス。お義姉様の話をもっと聞かせてよ。最近、何か面白い事あった?」
クレープ奢ってあげたでしょ、と続ける彼女に、サーシスはもう一度溜め息を吐く。これは勝手に逸れてしまったお詫びではなかったのだろうか。
「そうだな、最近は……」
しかしキラキラと目を輝かせている彼女に、その話をしようとした時だった。
ゾッと、背筋に悪寒が走ったのは。
「っ!」
突き刺さるような視線を感じ、サーシスは勢いよく振り返る。
視界に入るのは、手を繋いで楽しそうに歩く家族連れに、談笑を楽しむ友達同士や、寄り添って歩く恋人達。他にも地図を見ながら知らぬ街を歩く旅行客や、険しい顔で仕事をしている警備兵なんかもいる。
ただでさえ人の多い街中なのだ。この中の誰が今の視線の持ち主かなんて、サーシスに判断する事は不可能であった。
「サーシス? どうしたの?」
突然のサーシスの行動に、彼女は不安そうに眉を顰める。
勘の良い彼女の事だ。きっと彼の動作の意味が分かったのだろう。そんな彼女を安心させるべく、サーシスはなるべく柔らかい笑みを彼女へと向けた。
「何でもない。でも念のために場所を移動しよう。遅くなると危険だ。劇場にも早めに出発するぞ」
「う、うん、分かった……」
そっと彼女の手を取り、サーシスは人混みの中へと消えて行く。
「……」
手を握られた彼女の瞳が緩んでいた事になんて、その時のサーシスには知る由もなかった。