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第十一話 影武者として劇場へ向かえ


 リリィの趣味は舞台観劇だ。気になる芝居を自らが見付けて見に行く事もあれば、有名な劇団から招待状が届く事もちょいちょいあるらしい。
 本日はその某有名劇団から招待状が届いたため、リリィはその舞台を観劇に出掛ける。
 だからロジィの本日の任務は、いつものようにリリィに変装し、悪人の目を自分に引きつける事である。
「……」
 しかしそんなロジィの前に現れたのは、何故かあのウィードであった。
「ごきげんよう、リリィ姫。マシュール王国第一王子、ライジニアに仕えておりますウィードと申します。この度は両国の友好の証としまして、姫の護衛を務める事となりました。どうぞよろしくお願い致します」
 リリィに変装したロジィの前で跪くウィード。ちょっと待て。これは一体どういう事だ?
「ありがとう、ウィード。しかしあなたはライジニア王子をお守りする身。それなのに王子のお傍におらずともよろしいのですか?」
「その王子の命によってここにいるのです。リリィ姫の事は、王子に代わってこの私がお守りする所存でございます。どうぞご安心下さい」
「それはとても頼もしい限りです。どうぞよろしくお願い致しますね、ウィード」
 ニコリとウィードに微笑んでから。ロジィは他の一般兵やゴンゴの仲間達とともに、傍に控えているデニスへと視線を移した。
「デニス、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょうか、リリィ姫?」
 デニスを呼び寄せ、他の兵士から距離を取ると、ロジィはデニスだけに聞こえるよう、小声でその理由を問い質した。
「ちょっとデニス。これはどういう事?」
「いやー、ごめん、ごめん。ウィード君に問い詰められちゃってさあ、僕達がリリィ姫護衛の任務を受けた事、話しちゃったんだよねぇ。そしたら彼も行きたいって言い出しちゃったから、国王様の許可のもと、彼にも今回の任務に参加してもらう事になったんだよ」
「どうしてそれを私に言わなかったのよ?」
「だってキミ、ウィード君と喧嘩していたじゃないか。「ウィードが来るんなら私は行かない」なんて言われちゃったら困るだろう? キミがいなければこの任務は成立しない、つまり報酬が支払われないんだ。それは困るから、キミには今日まで内緒にしていたんだよ」
「だからって何で……っ」
「でもキミに拒否権はないよ。だってウィード君が付いて来ちゃったのは、ほぼほぼキミのせいなんだから」
「な、何でよ?」
「ウィード君、スポーツ広場でキミを取り逃がした事や、不審者の捜索の時にキミにボコボコにされた事を気にしているんだよ。それなのにキミが、腕が立たないだの、足を引っ張るなだの言うから、まあ怒っちゃってさ。ロジィを見返してやるって言って付いて来ちゃったんだよね。だからウィード君の件に関してはキミが悪い。責任とってちゃんと一緒に仕事するんだよ」
「って事はアイツ、私の正体知っているの?」
「知らないよ。彼は一応他国の人だからね。そんな重要機密バラすわけにもいかないだろ。だから彼には、ロジィちゃんはこの任務には参加しないって伝えてあるよ。そしたら彼、「何だ、あれだけ人を悪く言っておきながら自分はサボりか。いいご身分だな」って鼻で笑っていたよ」
「……」
 サボりじゃないし! ちゃんと参加しているし!
「とにかくウィード君に怒りが堪え切れず、うっかり素が出て正体がバレちゃいました、なんてミスだけはしないようにね」
 そう釘を刺すと、デニスは一礼してから待機場所へと戻って行く。
 そんなデニスを追うようにしてロジィもまたもとの位置へと戻れば、今回の騎士団の護衛隊長を務める年上の男が、苛立った様子で彼女を迎えた。
「何を下賤の者と話しておられたのですか、リリィ姫。あなたはロイ国王陛下の子孫であり、次の女王陛下となられるお方なのですぞ。場を弁えて下され」
「彼は私の友人です。友人とどこで何を話そうが私の勝手です。私の友好関係にまで口を出さないで下さい」
「友人? あのような者を友人と呼ぶとは、一体何をお考えで……」
「ジーク。あなたこそ場を弁えなさい。こんな所でくだらない説教をする暇があるのなら、今回の道中の説明をし、さっさと出発する方が懸命です。違いますか?」
「ぐ……っ」
 彼をジークと呼んでそう指摘してやれば、ジークと呼ばれた男は思わず言葉を詰まらせてしまう。
 それでも深く溜め息を吐く事によって気を取り直すと、ジークはロジィに指摘された通り、数枚の書類を見ながら道中の説明を始めた。
「これより馬車で桜劇場に向かうわけですが、人目を避けるべく、裏門より出発します。町中を通れば近いのですが、やはり人目を避けるため、なるべく人の少ない道を通ります。その道中で、人気のない森を通らねばならないのですが、もし敵に襲われるとしたらおそらくはそこでしょう。しかしそこさえ抜けてしまえば、後は問題なく劇場に着けるハズです」
「分かりました。では早速出発しましょう。みなさん、今回もまたよろしくお願いしますね」
「はっ」
 ジークの説明を聞き、今回護衛をしてくれる騎士団に軽く挨拶をすれば、全員が敬礼で返してくれる。城の人間は好きではないが、この全員で返してくれる敬礼だけはちょっと好きだ。
「では、リリィ姫はエレナとともに馬車の中に。ウィード殿、あなたにも彼女達とともに馬車に乗って頂きたい。他の者は私とともに馬で馬車の護衛を務める。おい、ギルドの成り上がりども。まさか貴様らの中で、馬にも乗れないような足手纏いはいないだろうな?」
「ははは、ご冗談を、ジーク様。そんな足手纏い、このような重要任務に連れて来るわけがないではありませんか。それよりも今回は国王陛下の命により、我々ゴンゴの人間が姫様の脇を固めます。前回のように敵に姫様を奪われるなんて失態は犯しませんので、どうぞご安心を」
「ぐ……っ!」
 厭味を厭味で返され、ジークだけではなく、その場にいた騎士達が悔しそうに唇を噛み締める。あの時、リリィに扮したロジィが連れ去られるのは作戦の内だったので、あれは騎士団のミスではないのだが……。まあ、いいか。
(ウィードも同じ馬車か……)
 真実を知らないジーク達は放っておく事にして。ロジィはその視線を、こっそりとウィードへと向ける。
 ロジィのリリィの変装は、今まで誰にもバレた事がない。城の人間にも、敵側の人間にもだ。それ故にウィードにだってバレる事はないと思うが……。
 でも油断は出来ない。バレたら最後、「何だ、お前だったのか。ちやほやして損した」と、うんざりされるに決まっている。それは嫌だ。ムカツク。絶対にバレないようにしよう。
「姫?」
「っ!」
 しかしその視線に気付いたのだろう。ウィードの瞳がロジィへと向けられれば、ロジィは慌てて彼から視線を逸らしてしまう。
 しかしそれは既に遅かったらしく、ウィードは心配そうに、彼女に歩み寄って来た。
「どうかされましたか?」
「い、いいえ、何でもありません。少しボーッとしていたようです。ごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
「え?」
 柔らかいその声に、ロジィは視線をウィードへと戻す。
 優しく微笑む彼の群青色の瞳。それが再び、ロジィの赤い(黒い)瞳とぶつかった。
「何があろうとも、あなたの事は私が守ります。だからどうぞ、ご安心下さい」
「……」
 伸ばされた彼の右手が優しくロジィの頬を撫でれば、ロジィの顔の温度が一気に上昇する。
 どうやらウィードは、リリィ(ロジィ)が怖がっていると勘違いしたらしい。そりゃウィードからしてみれば、リリィ(ロジィ)は一度敵に攫われ、怖い思いをした身なのだから。だからその時の恐怖が甦り、怯えていると勘違いしてしまったのだろう。そのために彼は優しい笑みを向けて、こうして彼女の不安を少しでも拭おうとしてくれたのだ。
「ありがとう、ウィード。頼りにしています」
 性格が悪いヤツだという事も、この優しさは自分に向けられたモノではないという事も分かっている。
 それでもこんなにドキドキしてしまうのは、彼の顔が整っているせいだからだ。だからこうして微笑まれただけで、胸のドキドキが止まらなくなってしまうのだ。
 そうだ、だからこれは決して恋愛感情なんかじゃない。
 胸が締め付けられるようなこの想い。これは彼に対する好意なんかじゃなくって、ただのイケメン効果だ。

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