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第十二話 道中での襲撃

 馬車の中にエレナとウィード。そして馬に乗って馬車を護衛する、ジークを含めた城の騎士五人と、全てを知っているゴンゴの仲間五人。
 以上が今回のリリィ姫(ロジィ)の護衛に当たるメンバーだ。
 姫の護衛がこれだけだなんて少ない気もするが、周囲にバレぬように移動するには、これくらいの人数が限界なのだろう。
 因みに本物の姫は更に少人数の護衛で、極秘ルートから来ると聞いている。そちらも大丈夫だろうか。
「お芝居なんて久しぶり。楽しみですね、リリィ姫」
 隣でパンフレットを見ながらニコニコと微笑んでいるのは、金色の長い髪が特徴的な、スレンダー美女である。
 彼女の名はエレナ。リリィ姫のお世話係でもあり、女騎士の隊長をも務める、かなり腕の良い女性だ。リリィとも仲が良く、二人はまるで親友のような関係であると、ロイ国王からも聞いている。
 しかしそんな彼女にだって、ロジィの変装はバレた事がない。やはり自分の変装は完璧である。
「あらすじを読む限り、お話には期待出来ませんが、今回は私の好きな舞台俳優さんが出ているんです。凄くワクワクしますわ」
「エレナ……」
「ああ、道中の件なら大丈夫ですよ。今回は私が付いているのですから。前回のように姫を危険になど晒しはしません。ジークのアホと一緒にしないで頂きたい。ね、それよりも姫、私の推しを見て。今回のパンフレットの写真、推しの肌艶が……」
「そうではなくて! エレナ、ウィードが……」
「あ」
 先程から無言でこちらを眺めているウィードの視線にようやく気が付いたのだろう。エレナはパンフレットを片付けると、コホンと咳払いをする事によってその場を取り繕った。
「失礼。仕事中でした」
「いや、お気になさらずに、どうぞ……」
 ウィードが若干引いている気もするが、そんな些細な事など気にしないエレナは、もう一度咳払いをすると、リリィの友としての顔から、リリィの従者としての顔へと表情を変えた。
「ところでリリィ姫。騎士達の前で一般の方と親しくするのはお止め下さいと、いつも言っているではありませんか。一体いつになったらお分かり頂けるのですか?」
 エレナは他の者達とは違い、一般人とも対等に話をする事が出来る、数少ない人物だ。それ故にロジィもエレナには好意を抱いているが、しかしそれでも事ある毎にされるこの説教だけには好感が持てず、ロジィはムッと不機嫌に眉を吊り上げた。
「デニスは私の友人よ。悪く言わないでちょうだい」
「悪く言っているのではありませんし、あなたの友好関係に口を出すつもりもありません。しかし今、騎士達の士気を下げる行為は、あなたの身の安全に影響します。だからお止め下さいといつも言っているのです。まったく、そういうところはお父上にそっくりなんですから」
「どういう事ですか?」
 エレナの説教の意味が分からず、それを聞いていたウィードが訝しげに眉を顰める。
 ウィードの仕えるライジニア王子は、ロジィ達一般人とも気軽に言葉を交わし、その上協力まで求めて来る気さくな王子だ。以前にシンガも話していたが、ヒレスト国とは違い、マシュール王国の王族や、その王族に仕える者には、一般人を庶民だからと見下す者はいない。
 だからこそ、ウィードには一般人と話をしていた姫が怒られる意味が分からないのだ。一般人であるデニスと言葉を交わす事の、それの一体何が悪いのか。
「先程のジーク殿の言葉も気になっていたのです。彼はデニスに酷い言葉を投げかけていました。あれはどういう事なのですか?」
「いやはや、お恥ずかしいお話なのですが……」
 ウィードの抱いた疑問に溜め息を吐いてから。エレナはバツが悪そうに眉を寄せた。
「我が国、ヒレスト国の王族や貴族、そしてそれに仕える者の中には、一般の方を見下す者がまだ数多くいるのです。財力や権力を持つ者が偉いと考える、古臭い考えの持ち主です。国王陛下に仕えるべく、一般の方が城に入って来る事もありますが、彼らに対する城の者達の対応はあまりよくありません。中には実力で上級職に上がって来る者もいるのですが、そういった者はそれが気に入らない城の者達の手で徹底的に打ちのめされ、排除されます。自分達がその見下している一般の方に支えられている事を忘れた愚か者達が、この国にはまだ沢山いるのですよ」
「……」
「外にいる騎士の半数以上も、その愚か者です。ジークがデニス殿に酷い事を言っていたでしょう? 彼もまた、一般の方の支えを忘れた愚か者ですよ。まあ、その者達を制御出来ていない私や上の者の実力も、高が知れているのですけれどね」
「ロイ国王陛下も、一般市民を見下しておられるのですか?」
「いいえ。国王陛下は一般市民を弱者だからと見下したりはしません。むしろ、あの方は一般市民寄りですよ。その証拠に彼は若い頃、ルビリア王妃の前に一般の方と結婚をし、その方との間にお子様を……」
「いい加減にして、エレナ。喋り過ぎよ」
 城の上流階級の者達が一般市民を見下している。その話を隣で聞いているだけでも気分が悪いというのに、その上自分や母親が彼らに追放されたなんて話は尚の事聞きたくない。
 だからその話を止めさせるべく、ロジィはエレナに咎めるような視線を向けた。
「その話は聞いていて気分の良いモノではないでしょう。それを他国の方にお話するのは失礼だわ」
「それもそうですね。失礼しました、ウィード殿。今の話はお忘れ下さい」
「いえ、私からお聞きした事です。こちらこそ余計な事を伺ってしまい、申し訳ありません」
 素直に頭を下げるエレナに、ウィードもまた悪かったと頭を下げる。
 そして互いに頭を上げてから、ウィードはその視線をロジィへと向けた。
「リリィ姫もまたお優しいのですね。一般市民は自分達より身分が下だと考え、見下している者達に囲まれているにも関わらず、その市民を友と呼ぶ事が出来るのですから」
 ニコリと優しく微笑まれ、一気に顔が赤く染まるのを感じる。
 こういう時、やっぱりイケメンは狡いと思う。中身はカスだと分かっていても、爽やかな笑みを向けられるだけで、全てを許してしまいそうになり、不覚にもときめいてしまうのだから。
「わ、私は普通です。周りがおかしいのです」
 その笑みから逃れるべく、ロジィはサッと視線を逸らし、高鳴る鼓動を必死に落ち着かせる。
 そうだ、これは私ではなく、リリィ姫に向けられたモノだ。リリィ姫だからこそ得られるモノであり、私では決して得られないモノ。うん、ちゃんと分かっているし、理解もしている。だからこのときめきは気のせいだ。私がドキドキしているのはウィードが放つイケメン効果のせいであり、恋愛感情とかそういったモノでは決してない。そう、断じて違う。
 しかし、そうやってロジィが自分に言い聞かせている時であった。
 突然外が騒がしくなり、それと同時に馬車が一瞬大きく揺れたのは。
「何事だ!」
「敵襲だ! エレナ、加勢を頼む!」
 突然停車した馬車に、エレナが外の様子を確認すれば、外からジークの焦った声が飛んで来る。
 どうやら姫を狙う不埒な輩が現れたらしい。その報告にロジィが思わず立ち上がれば、エレナが彼女を庇うようにして片腕を広げた。
「リリィ姫はここに! ウィード殿、ここは頼みます!」
「エレナ、数はどれくらいなの?」
「少し多いくらいですが、問題ありません。ご心配なく、私と推しの時間の邪魔はさせません。秒で片付けて参ります!」
 不純な動機を言い残してエレナが飛び出して行けば、尚更外が騒がしくなり、剣を交える音が聞こえて来る。ゴンゴの仲間達なら大丈夫だとは思うが、それでもやっぱり心配だ。
(でも、外はみんなに任せるしかない。私はここで待機。でも馬車に敵が乗り込んで来たら、姫のふりをしている必要はもうない。そしたら乗り込んで来た敵を捻じ伏せて、私は馬車の外に脱出する)
 自分の役目を確認してから、ロジィは未だに馬車の中に残っているウィードへと視線を向けた。
「ウィード、烏滸がましいお願いで申し訳ありませんが、あなたもみんなの加勢に行ってはもらえないでしょうか?」
 いつの間にかロジィを背に庇いながら、周囲の気配に気を配っているウィードに、ロジィは何とかここから離れてもらえないかと声を掛ける。
 しかしそんなロジィを振り返ると、ウィードは真剣な眼差しを彼女へと向けた。
「何をおっしゃっているのですか、リリィ姫。あなたの騎士を信頼していないわけではありませんが、万が一ここに敵が乗り込んで来たらどうするのです? 私はここであなたをお守り致します。外の敵はエレナ殿達に任せましょう」
(いや、それはちょっと困る!)
 はっきりとそう言い切ったウィードに、ロジィは内心で焦りの色を浮かべる。
 敵がここに乗り込んで来たら、もうリリィのふりをしている必要はない。後は容赦なく敵を一網打尽にすればいいだけなのだ。
 しかしウィードがここにいるとなると、また話は変わって来る。
 ロジィがリリィの影武者をやっている事は、世間には公表されていない極秘事項なのだ。それを他国の人間であるウィードに、あっさりと知られしまうわけにはいかない。誰も見ていない所で敵をぶちのめし、こっそり馬車から脱出すれば何とか誤魔化しは効くかもしれないが、ウィードの目の前でそれをやってしまえば、最早言い逃れは出来ない。ウィードの意見が正論である事は何となく分かるが、ここは正体がバレるのを避けるためにも、彼には何としてでも出て行ってもらうしかない。
「ありがとう、ウィード。でも私は、みんなの事が心配なのです。私のために戦ってくれる騎士や友人を傷付けたくはありません。だからどうか、あちらに加勢しては頂けないでしょうか?」
「あなたのお心遣いは、彼らにとっても嬉しい事でしょう。しかしあなたは戦う術を持たぬ上に、次期女王陛下でもあります。みんなのためにも、あなたを第一にお守りするべきです」
「確かに戦う術はありませんが、逃げる事は出来ます。ですから一人でも問題ありません。大丈夫です」
「そう言って、この前捕まっていたのは誰ですか?」
「う……っ!」
 つ、捕まってなんかいないし! あれはわざとだし、わざと!
「ウィード! あなたの今の主は私です! つべこべ言わずに私の命令に従いなさい!」
「嫌です」
 嫌だと! 主人の命令に背くとは、ライジニア王子は一体どういう教育をしているんだ!
 しかし、ロジィが心の中でライジニアに文句を叫んだ時であった。
 馬の嘶きとともに馬車が大きく揺れ、御者の悲鳴が聞こえて来たのは。
「きゃあっ!」
 ガタンと揺れた大きな衝撃でバランスを崩し、そのままウィードの胸へと倒れ込む。
 しかしそんな揺れでもウィードは倒れる事なく、倒れ込んで来たロジィをしっかりと抱き止めてしまった。
(あわわわわわわわっ!)
 背中に腕を回され、片手でしっかりと抱き止められてしまえば、ロジィは彼に体を預けたまま動く事が出来ない。
 嫌でも感じられる彼の熱い胸板に、ロジィはこれでもかというくらいに顔を真っ赤に染めた。
「ごっ、ごごごごごめんなさい、ウィードッ! 今離れ……」
「いいからこのまま大人しくしていて下さい!」
(うわわわわわわわっ!)
 更に強く抱き締められ、パニックになっているロジィなど知る由もなく。
 ウィードはロジィを抱き抱えたまま声を張り上げた。
「おい、どうし……」
 しかし全てを口にする前に、ウィードの目に窓の外の光景が飛び込んで来る。
 何が原因でそうなってしまったのかは知らないが、何かが原因で馬が驚き、パニックになってしまったのだろう。その窓の外で、御者が馬に振り落とされる姿が見えた。
(マズイ!)
 そう思った瞬間、更に馬車が大きく揺れ、勢いよく馬車が走り出した。
 さすがのウィードとて耐える事は出来ず、彼は彼女を抱き抱えたまま、後ろに倒れ込んでしまった。
「だっ、大丈夫ですか、ウィード!」
「大丈夫です。それよりも御者が振り落とされました。今、この馬車は暴走しています」
「ええっ?」
 敵に襲われたこの場所は、予定通り森の中だ。馬車が暴走しようがどうしようが、他人に害はないだろう。
 しかし他人に害はなくとも、このままでは馬車がどこかにぶつかり、大破してしまうかもしれない。そうなれば今度は自分達の身が危ない。もしかしたら大怪我では済まないかもしれない。
「姫、このまま飛び降ります」
「と、飛び降りるっ?」
 ならば馬車が大破する前に飛び降りるしか、彼女を助ける術はない。高速で走る馬から飛び降りるわけだから、それだってもちろん危険な方法だ。
 しかし馬車が大破するのを待つよりかは、幾らかマシなハズ。後は自分の受け身の技術と、自分の運を信じるしかない。
「姫は目を閉じて、このまましっかりオレに掴まっていて下さい」
「ま、待って! それなら私も自分で飛び降ります!」
 早口で指示を飛ばすウィードに、ロジィは首を横に振ってそれを拒否する。
 暴走する馬車から飛び降りるのは危険な行為だが、それでも人を抱えて飛び降りるよりは、単身で飛び降りて受け身を取った方がまだ軽傷で済むハズだ。
 ここにいるのが本当にリリィであるのなら、ウィードは彼女を抱えて飛び降りるしかないだろうが、幸いにもここにいるのはリリィではなくてロジィなのだ。ロジィなら抱えてもらわずとも、自分で飛び降りる事が出来るし、受け身も他の人よりは上手く取る事が出来る。もちろん無傷というわけにはいかないだろうが、それでも各々で飛び降りた方が、ウィードが受けるダメージはより少なくなるハズだ。
 しかしそう告げて離れようとするロジィの体を、ウィードは更にしっかりと抱き抱えてしまった。
「何を言っているんですか、あなたは大人しくしていて下さい! それよりも口を閉じて。舌を噛みますよ!」
「いいから、ウィード! 私だって自分で……」
「煩い! 黙っていろ!」
「っ!」
 ウィードばかりが危険を負う必要はないと伝ようとしたロジィであったが、そんな彼女の意見を、彼は怒鳴り声を上げる事によって遮る。
 そしてそれに驚いたロジィが思わず口を閉じた隙に、ウィードは馬車の扉を押し開け、ロジィを抱えたまま躊躇う事なく馬車から飛び降りた。
「ッ!」
 空中を浮遊する時間は殆んどなく、すぐに体を地面に叩き付けられた。高速で走る馬車から飛び降りたのだ。体に走る強い衝撃に一瞬息が詰まる。
 そのままピンポン玉のように何度か体を地面に打ち付けた後、二人は転がるようにしてようやくその場に静止した。
「う、げほ……っ!」
 体に走る痛みに軽く咳き込むが、今は自分の身を案じている場合ではない。ウィードは自分を庇うために背中から落ちたのだ。彼が受けた衝撃は、自分の比ではないだろう。
「ウィード? ウィード!」
 ウィードの腕から必死に抜け出すと、ロジィは目を閉じたままの彼の名を叫ぶ。落ちた時に受けた衝撃のせいで体に痛みが走るが、それに構う事なく、ロジィは必死に彼の体を揺さぶった。
「ねぇ、ウィード! ウィードってば!」
 それでも反応のない彼に、ロジィはサアッと血の気が引いていく感覚を覚える。
 今はまだ温かい彼の体。けれどもそれが徐々に冷たくなってしまうのではないだろうか。
(どうしよう、私のせいだ……)
 気を失ったまま動かないウィードに、ロジィは後悔する。
 彼は彼女をリリィだと思っていたから、彼女を抱えて飛び降り、身を挺して彼女を守った。だから彼女がロジィだと知っていれば、彼はこんな無茶はしなかったハズなのだ。それぞれが自分の身を守る事だけを考えて、各々で飛び降りた。もちろん怪我はしたかもしれないけれど、最悪の事態だけは避けられたハズだ。
 ああ、こんな事になるんなら、敵に襲われた時点でさっさと正体を明かせばよかった。
「ごめんね、ごめんね、ウィード……っ!」
 ポロポロと涙を零しながら、彼を救いたいと強く念じる。
 国王の血が流れる者だけが使う事を許される、他人の傷をも治せる治癒能力。それを迷う事なく発動させれば、暖かな桃色の光が、ウィードの体を優しく包み込む。
 すると程なくして、ウィードの口から小さな呻き声が上がった。
「う……っ」
「ウィード?」
 どうやらこの癒しの力が効いているらしい。そう思ったロジィは、更に強い念を彼へと送る。
 するとそれが効いて来たのか、程なくして、ウィードがゆっくりと目を覚ました。
「オレ、は……?」
「ウィード!」
「え、リリィ姫……?」
 ようやく意識を取り戻したウィードに、ロジィはホッと安堵の息を吐く。
 しかしすぐには事態を把握出来なかったのだろう。しばらくはボンヤリとしていたウィードであったが、ようやくその状況を思い出すと、彼は慌てて心配そうな目をロジィへと向けた。
「姫、怪我は……うっ!」
 しかし勢いよく体を起こそうとしたその瞬間、彼の体に激痛が走った。やはりロジィの力を以ってしても、まだ体を打ち付けた時の傷は完全には癒えていないらしい。走る痛みに呻き声を上げると、ウィードは再びその場に倒れ込んでしまった。
「ウィード、まだ起きないで! 体の傷が……!」
「大丈夫です。それより姫、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫だから! それよりもウィードが……」
「そっか、良かった」
「っ!」
 ホッとしたように微笑むウィードに、ギュッと胸が締め付けられる。
 安堵の息を吐いたウィードは、その場に蹲りながらも、その柔らかな笑みでロジィの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ご無事で何よりです、姫」
「……」
 姫、という言葉に、現実を突き付けられる。
 ああ、そうだった。ウィードは自分をリリィ姫だと思っているからこそ、こうして優しい目を向けてくれるのだ。もし自分がロジィだと知っていれば、彼は優しく接してくれる事も、こうして安堵の笑みを向けてくれる事もないのだろう。
(そりゃそうだよね。だって私に優しくしたって、彼にメリットなんか一つもないもの)
 リリィ姫だからこそ得られる彼の優しさ。ロジィには得る事の出来ないそれに、彼女の瞳にジワリと涙が浮かんだ。
「泣かないで下さい、姫。オレなら大丈夫ですから」
 優しく伸ばされた手で、浮かんだ涙をそっと拭われる。
 彼がリリィへと向けるその全ての優しさが辛くて、徐々に涙が溢れて来るが、それを安堵から来る涙という事にすると、ロジィは努めて柔らかな笑みをウィードへと向けた。
「あなたのおかげで助かりました。ありがとう、ウィード。このご恩は決して忘れません」
 心に蓋をして、ロジィはリリィ姫を演じる。
 その偽りの姿で礼を述べれば、ウィードはロジィでは得られないその微笑みを、偽りの姫君である彼女へと送った。

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