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第九話 ヒレスト城での洗礼



 シンガは戦慄した。
 前回ライジニア達と来た時は、もっと暖かい雰囲気で迎え入れてくれたのに。みんなニコニコと笑い、会釈したりしてくれて、とても優しかったのに。
 それなのに何故今日は、こんなにも凍てつくような視線を浴びせられているのだろうか。
「な、なあ、お前らって、彼女達の恨みでも買っているのか?」
 ライジニア王子の用件でヒレスト城に向かう途中、ロイに呼び出されていたロジィとサーシス、そしてデニスに偶然会ったシンガは、行き先が同じである事から、彼らとともにヒレスト城へと向かった。
 しかしそこで彼を待っていたのは、前回のような優しい笑みではなくて、汚らわしいと言わんばかりの冷たい眼差しや、軽蔑の声だったのである。
 前回とは全く違った城の人達の対応に、シンガは小さな悲鳴を上げた。
「恨み? 何で? そんなの買っていないよ。変な事言うね、キミ」
「え? だ、だって、あんなに冷たい目で睨んで……」
「冷たい? あんなに熱い好意の目に対して、一体何を言っているんだ?」
「はっ、こ……っ、え、ええええ?」
 不思議そうに首を傾げるデニスとサーシスに、シンガはもしかして自分がおかしいのかと、今にも泣き出しそうな目でロジィに助けを求める。
 しかしそんな小さな怯えを見せるシンガに、ロジィは大丈夫だと首を縦に振った。
「安心して。私にもちゃんと軽蔑の視線に見えているから」
「そ、そうだよな、オレ達が正常だよな。あれ、どう見ても好意の眼差しじゃないよな?」
 そう確認しながら、シンガは前方を歩くデニス達へと視線を向ける。
 そこではデニスとサーシスが、いつも通り満足そうな笑みを浮かべながら、堂々と通路の真ん中を歩いていた。
「ごらん、みんなが僕を見ているよ。こんなにも沢山の女性達の好意を集めてしまうなんて、僕ってどうしてこうも罪な男なんだろう?」
「こうしてオレが女性にモテてしまうのも、持って生まれた美貌と、内面から溢れ出すカリスマ性オーラのおかげだな。お父さん、お母さん、オレをイケメンに産んでくれてありがとう」
「あの二人はどこをどう見て、そう見えているの?」
「あの二人が特殊なの。気にしない方がいいよ」
「そ、そうか、特殊なのか……」
 そうだよな、オレ達が正常なんだよなと、シンガは自分自身に言い聞かせてから、今度は困惑の目をロジィへと向けた。
「でも一体何したんだよ? 彼女らに何の恨みを買ったんだよ?」
 どうやらシンガには、ロジィ達が彼女らの恨みを買ってしまったがために、こうして軽蔑の眼差しを向けられているように見えているらしい。心外だ。
「違うよ、私達は何もしてないよ。初めてここに来た時からずっとこうだったの」
「え、そうなの? 何で?」
「アイツら、一般人を下民だと思って見下しているの」
「は? 下民?」
 その理由に、シンガは不思議そうに首を傾げる。他国の人間であるシンガには、その意味が分からなかったのだろうか。
 しかしそれでも構わずに、ロジィは更に言葉を続けた。
「アイツら、自分達の身分がちょっと上だからって、一般人を見下しているのよ。そしてその見下している人間が、自分達の暮らす城に入って来るのが気に入らないんでしょ。特に私達は、国王様から直々に依頼を受けに来ているんだもの。一般人の分際で国王様に面会だなんて烏滸がましいとでも思っているんじゃないの?」
 どうせ成り上がりだの何だのと悪口を言っているに違いないと、ロジィは忌々しそうに付け加える。
 すると一人で苛立つロジィに対して、シンガは更に不思議そうにコテンと首を傾げた。
「何でそう思うの?」
「え?」
「いや、あの人達がそう言っているの、直接聞いたのかと思って」
「それは……」
 しかしその理由を説明しようとして、ロジィはふと気付く。
 ロジィがそう思うのは、一般人出身というだけで、彼女の母親、ペニーへの当たりが厳しく、結果的に城の者達の手によってロイと引き離され、そして王族からも追放されてしまったからだ。その経験から、ロジィは彼女達が自分達を見下しているのだと知っている。別に彼女達の声をはっきりと聞いたわけではない。
 だからシンガにその理由を説明するためには、自分の正体を明かし、過去にペニーや自分が受けたその仕打ちを話す必要があるのだが、もちろんそれは出来ない。自分の正体は、娘の身を案じたペニーが必死に守ってくれたものだ。それを勢いに任せ、こんなところでバラす事など出来るわけがない。
「ご、ごめん、彼女達から実際に聞いたわけじゃないの。ただ、国王様からの依頼でお城の兵士達と組んだ時、その高位の騎士から庶民である事を侮辱された事はあったから。たぶん彼女達もそうなんじゃないかと思って……」
「ふーん……」
 自身の正体を口にする事を避け、尤もらしい理由でその場を凌ぐ。
 言っている事は嘘じゃない。だって彼らと組んで仕事をしたラッセルが、そう言って苛立っている事はよくある事なのだから。だからこれでも理由としては正当なハズだ。多分。
 顎に手を当てて、何かを考えているらしいシンガがどう思ったかは知らないが、それでも自分の正体を口にするよりはマシだっただろう。「え、そのくらいで彼女達がそんな酷い事を言うとでも思ってんの? 被害妄想してんじゃねぇよ」とか思うのなら、勝手にそう思えばいい。
 しかし何かを考え込んでいるシンガに対して、ロジィがそうやって開き直った時であった。
 そのシンガが、突然ロジィの肩を抱き寄せて来たのは。
「ひゃあっ?」
 男子に肩を抱き寄せられるなど、そんな経験なんてあるわけがないロジィは、変な悲鳴を上げながら顔を真っ赤に染める。
「ちょっ、シ、シンガっ、何す……」
 しかし突然のシンガの行動に、ロジィが文句を口にしようとした時であった。それを見ていた女性達の視線が、一気に自分に突き刺さって来たのは。
「ひぃっ!」
 庶民の分際で、マシュール王国の王子の付き人と親しくしているのが気に入らないのだろう。嫉妬や憎しみの冷たい視線が、四方八方から飛んで来る。何これ、めっちゃ怖い。
「シンガ、シンガっ、ちょっ、何してんの、放してよっ!」
 顔を赤くしていいのか、青くした方がいいのか分からないこの状況で、ロジィはこの状況を作り出した張本人に抗議の声を上げる。
 するとその張本人は、その視線を女性達に向けながら納得したように頷いた。
「うわっ、怖っ! 凄い嫉妬の視線だな。なるほど、マシュール王国の高位にあるオレが、庶民であるロジィと親しくしているのが気に入らないってわけか」
「は?」
「そうだよな、こんな反応されちゃ、ロジィがそう思うのも仕方ないよな」
「シンガ?」
 一体何を言っているのだと首を傾げれば、シンガはようやく、その視線を女性達からロジィへと移してくれた。
「うん、ロジィのその意見が合っているのかと、その下民と階級が上のオレが仲良くしていたらどうなるのかの確認」
「は?」
 確認? 何だ、確認って?
「うちの国、あんまそういうのないんだよ。オレ達高位にある者が、庶民を見下すっていう風習。オレ達って王子の側近だから位は上なんだけど、一般階級の人達とも普通に接するし、友達もいるしさ。お堅いのは嫌いだから、オレやウィードに気を遣うのは止めてくれって、デニスにも頼んであるわけだし。だから彼女達が、ロジィ達庶民を見下しているっていうのがよく理解出来なかったんだけど……。ふんふん、確かにこれは見下すとまではいかなくとも、自分達の方が上だとお高く留まっている可能性はあるな」
「……」
 そうか、それを確かめるために、男子に免疫のない女子の肩を気安く抱いたのか。ウィードといい、シンガといい、ライジニア王子の側近にはロクなのがいないな。
「この前ここに来た時は、あの子達ともちょっとだけお話したんだけど。でもその時は誰と話をしていようとも、あんなに冷たい目なんて向けられなかったし、みんな優しかったんだよ。それなのに庶民であるロジィと仲良くしているだけでこうなるって事は……うん、それってやっぱり、ロジィみたいな庶民の子と、オレが仲良くしているのが気に入らないって事なんだろうな。なるほど、なるほど、ロジィの見解も一理あるかもしれねぇな」
「どうもありがとう、分かってくれて嬉しいわ。じゃあもういいよね。早く放して!」
「ええー、そんな冷たい事言うなよ。一度はオレに惚れてくれたじゃん。せっかくだからこのまま謁見室に行ってもいいだろー?」
「だからそれ人違いだったんだってば。それについてはごめん、悪いと思っている。でもこのまま謁見室に行くのは本当に止めて。国王様に見付かる前に早く放して!」
 ロジィィィッ、何だ、その男はあッ! と、父親が発狂しそうでちょっと怖い。
「え、国王様? 別によくないか? 何なら、あなたの国で彼女が出来ましたって紹介するし」
「放して! お願い! 今すぐに!」
 ニコニコと楽しそうに笑うシンガを、ロジィは力づくで引き剥がす。そんな事冗談でも止めて頂きたい。
「やだなあ、そんなに怒らないでよ。ちょっとロジィとスキンシップが取りたかっただけなんだから」
「だ、だからって引っ付く必要ないでしょ!」
「ええー、いいじゃん、これくらい普通……、あ、もしかしてロジィって男慣れしていない? 照れてる?」
「喧しいわっ!」
 コテンと首を傾げるシンガを、ロジィはギロリと睨み付けてやる。ああ、そうだよ、男慣れなんてしてないよ。してなくて悪かったな!
「ちょっとキミ達、さっきからゴチャゴチャと煩いよ」
「そうだぞ、これから国王陛下と面会するんだ。少しは緊張感を持て」
「あんたらが言うな!」
 何が緊張感だ。さっきまでどっちがモテるかで言い争っていたクセに。
 呆れた眼差しを向けて来るデニスとサーシスを、ロジィはシンガに次いで、ギロリと睨み付けてやった。

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