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第十話 謝罪ならざぬ謝罪



 やっぱりリリィの影武者依頼であったロイとの作戦会議を終えて、ロジィはデニスとサーシスとともに城を後にする(シンガはまだ国王と面会中)。
 するとその城の門を出たところで、三人は見覚えのある人物と遭遇した。
「あれ、ウィード君じゃないか」
 サラリと流れる青い髪に、群青色の切れ長の瞳。マシュール王国の紋章が入った青い軍服を身に纏った彼は、ロジィが先日一目ぼれしてしまった相手(過去形)、ウィードであった。
 ウィードもまたロジィ達の姿に気付いていたのだろう。デニスがその名を呼べば、彼もまた真っ直ぐにこちらへと歩み寄って来た。
「こんにちは、ウィード君。キミも国王陛下に面会?」
「シンガならもう行っているぞ」
「いや、そうじゃなくってその……ロジィ、ちょっといいか?」
 どうやらウィードは、国王ではなくてロジィに用事があったらしい。
 しかしウィードのその青い瞳がロジィへと向けられた瞬間、彼女の体が緊張に強張った。
「何ですか……?」
 あの一件があってから、ロジィはウィードに対して苦手意識を抱くようになった。
 一目惚れし、僅かな時間でも好意を寄せていた事が災いしたのだろう。好意を寄せる相手に冷たく追い払われ、その上で不審者に間違われて、更に剣先をも向けられた。
 もちろん、ウィードに悪意があったわけではない事も、彼だけが悪いわけではない事も理解している。
 しかし頭では分かっていても、それを心で受け止める事は中々に難しい。
 だからウィードの事は苦手だ。嫌いではないが苦手だ。
「ロジィちゃんに用事があったの?」
「ああ。先にゴンゴに行ったんだが、シフォンに城に向かったと言われてな。それで後を追い掛けて来たんだ」
「ええー、そうだったの? そんな事しなくても、ギルドで待っていてくれればそのうち帰ったのにー」
 わざわざ悪かったねぇ、と謝るデニスに首を横に振ってから。ウィードは再度、緊張に身を強張らせているロジィへと視線を移した。
「ロジィ、この前は本当に悪かった。改めて詫びをさせてくれ」
「いえ、もういいです。気にしていません」
 この前、つまりウィードがロジィを不審者扱いした件について、ウィードは申し訳なさそうに頭を下げる。
 しかしその件については、誤解が解けたあの時に既に謝ってもらっている。もちろんロジィとて鬼ではないので、謝ってくれたウィードをあの時ちゃんと許してあげた。だからこの件についてはそれでもう終わったハズなのだ。
 それなのに何故、ウィードはわざわざこんな所まで来て、改めて謝罪をしているのだろうか。
「本当に悪かったと思っているんだ。お前を傷付けてしまった事、深く反省している。すまなかった」
「だ、だからもういいって言っているじゃないですか。あなたが悪いわけじゃないって事は分かっています。だからもう謝らないで下さい」
「本当にすまなかった」
「いえ、もういいですって」
「すまなかった、ロジィ」
「いや、だからもう気にしてませんってば」
「すまない……」
「だ、だからもういいですって。この前の謝罪だけで十分です」
 頭を下げ、何度も何度も謝罪の言葉を口にするウィードに、ロジィもその度に首を横に振って、謝罪の必要がない事を伝える。
 しかしその何度目かの謝罪の後であった。今まで頭を下げていたウィードが、突然勢いよく頭を上げたのは。
「何でこんなに謝っているのに許してくれないんだ!」
「えええええええっ?」
 何だ、突然。何を怒っているんだこの人は。だからもういいって何度も言っているじゃないか。
「な、何で怒っているんですか! だからもういいって言っているじゃないですか!」
「いいや、お前、本当は許す気なんかないんだろう!」
「そんな事ないです! 許す! 許します!」
「いいや、その態度、それは絶対に許していない態度だ。こんなに反省し、謝っている人間を前にして許す気が微塵もないとは、随分器の小さい女だな!」
「んなっ?」
 何故、自分がこんな事を言われなければならないのか。そもそも悪いのはウィード(厳密に言えばデニス)じゃないか!
 悪口を言われたその瞬間、ロジィの頭の中で、ブチッと何かが切れたような音がした。
「だ、だから許すって言ってるでしょ! それ以外にどうしろって言うのよ!」
「口先だけで許すと言われる事に、意味なんかあるわけがないだろう!」
「口先だけじゃないし! ちゃんと心から言ってるし!」
「嘘だな。お前の言葉には心が込められていない」
「はあああ? 何それ、超失礼。ちゃんと込めているわよ!」
「失礼なのはお前の方だ。こんなにも反省をし、罵声を浴びさせられる覚悟で頭を下げている人間を冷たくあしらっているのだからな。心がないにも程がある」
「何だとーッ!」
 いつの間にか逆キレされているこの状況に、ロジィは怒りを露わにする。
 何故、謝られる立場である自分が、逆に悪口を言われているのか。そりゃ確かにウィードとは二度と関わりたくないとは思っているが、でもウィードの謝罪はちゃんと真摯に受け止め、そして何度も許すと言っているじゃないか。
 それなのに何故こちらが非難され、そして怒鳴り付けられなければならないのか。
 冗談じゃない。悪いのはウィードであり、断じて私ではなない!
「先に冷たくあしらった、心ない人間はどっちよ! あなたじゃない!」
「だからそれが悪かったと、何度も謝っているんじゃないか!」
「だからそれはもういいって、何度も何度も何度も何度も言ってんじゃない! 腕も悪ければ、頭も悪い男ね!」
「な……っ、き、貴様、それはどういう意味だっ!」
「そのまんまの意味よ! 私すら取り押さえられない程度の腕で、王子の護衛なんてちゃんちゃらおかしいわ! せいぜいシンガの足を引っ張らないように気を付ける事ね!」
「ぐ……っ!」
「さっさと国に帰れ! バーカ!」
 幼稚な暴言を吐き捨てると、ロジィはさっさとその場から立ち去って行く。
 そんなに心がどうこう言うのなら、こちらにだって考えがある。お前の事は一生許さない。謝ろうが何しようが、一生呪ってやる。
 一方的に暴言を吐き、苛立ちながら立ち去って行くロジィを見送ってから。ウィードもまた、苛立ちを露わにしながら舌を打った。
「くそっ、あの女、人が気にしている事をよくも……っ!」
 不審者だと勘違いしていたロジィを、スポーツ広場で取り逃がしてしまった事も、潜伏先の警備中に彼女に返り討ちにされてしまった事も、王子を護衛する身として情けなく思っていたのに。
 それなのにこっちの気も知らず、「腕が悪い」と直々に非難するとは、あの女、一体どんな神経をしているんだ。くそっ、絶対に見返してやる!
「おい、デニス。ちょっと話があるんだが」
「ええー、ヤダよ。キミ達の喧嘩に僕を巻き込まないでくれよ」
 面倒臭そうに眉を寄せるデニスを、ウィードはギロリと睨み付けてやる。何が巻き込まないで、だ。八割方はお前のせいだろうが。
「お前達、今日は何の用で城に来た?」
「そんなのキミには関係ないだろ? それに僕達には、依頼人の秘密を守るという義務が……」
「いいから吐け。ロジィとの関係が拗れた原因の大半はお前だろうが」
「……」
 大半は言い過ぎだが、それでも若干の責任は感じていたのだろう。仕方なくデニスは、渋々ながらにもウィードの用件に応える事にした。

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