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第七話 謝罪と汚名返上宣言


 清々しい朝日だ。暖かな太陽の光に照らされれば、何だか今日は良い一日になる気がする。
 しかしそれはそれとしても、やっぱり掃除当番というのは憂鬱なモノだ。面倒臭い。別に一日くらい散らかっていたっていいじゃないか。
「でもやらないとデニスが怒るしなあ……。仕方がない、さっさとやろう」
 ギルドの外に出て大きく伸びをした後、ロジィは持っていた箒で掃除を始める。
 一日くらいやらなくてもいいとは思うが、サボっていた事がバレればデニスが煩い。掃除など面倒な事この上ないが、ここはさっさとやって、さっさと終わらせてしまうのが得策だろう。
「あのー、おはようございます……」
「え? あ、おはようございます?」
 ふとその時、後ろから掛けられたその挨拶に、ロジィはゆっくりと振り返る。
 そこにいたのは、自分と同じくらいの年の少年。青の短髪に、青に近いグリーンの瞳。背丈はそんなに高くなく、デニスと同じか少し低いくらいだろう。寝不足なのだろうか。清々しい朝にも関わらず、彼の瞳は疲れ切ったようにげんなりとしていた。
「すみません、ここのギルド、ゴンゴの方ですか?」
「え? あ、はい、そうですけど……。あ、もしかして依頼人の方ですか?」
「いえ、違うんです。私は、ここで働いているロジィさんという方に用があって参りました」
「ロジィ? それは私ですけれど?」
 やけに丁寧な人ではあるが、一体誰だろうか。
 しかしそう不思議に思いながらも、ロジィがそれは自分であると名乗った瞬間であった。
 それを聞いた少年の目が、これでもかというくらいにカッと見開かれたのは。
「あがっ! あが、あなたがロジィさんんんっ?」
「はい、そうですけど?」
 言葉通り飛び上がる程に驚いて、顔面を真っ青にする少年に、ロジィは訝しげに首を傾げる。
 しかしその直後であった。額を地面に叩き付ける勢いで、突然少年がその場に土下座をしたのは。
「誠に申し訳ございませんでしたッ!」
「何事ッ?」
 突然の少年の行動に、ロジィは思わず悲鳴にも似た驚愕の叫び声を上げる。
 しかしそんな彼女の反応など気にも留めず、少年は大声で謝罪の言葉を続けた。
「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません! 言い訳にもなりませんが、オレは二重人格の疑いがあり、その時の記憶が全くないのです。しかしオレの中に眠るもう一人のオレが傲慢で自惚れであったがために、結果的にあなたを傷付ける事になってしまった。あなたには本当に申し訳ない事をしました。もちろんこの罪を償うため、オレは何でもするつもりでおります。だからどうかお許し頂けないでしょうか。本当にごめんなさいっ!」
「え、待って、ちょっと待って。一体何の話?」
「あなたがオレを許したくないという気持ちは分かります。しかしオレにはこうして謝るしか出来る事がないんです。どうか、この愚かなオレをお許しください!」
「あ、あの、とりあえず顔を上げてもらえませんか?」
「いいえ! 頭をカチ割ってでも詫びる所存でございますっ!」
「止めて! 本当にカチ割れているから止めてっ!」
 再び額を地面に叩き付ける少年にロジィは悲鳴を上げる。
 ジワリと地面が赤く滲めば、ロジィの表情が青く染まった。
「ちょっと、ちょっと。朝から一体何の騒ぎなんだい?」
 と、その時。ロジィの悲鳴を聞き付け来たデニスが、建物の中から顔を出す。ようやく現れた救世主に、ロジィは勢いよく泣き付いた。
「助けて、デニス! この人怖い!」
「どうしよう、デニス! ロジィさんが謝罪すら受け入れてくれない!」
 それと同時に少年も顔を上げ、涙に濡れた瞳をデニスへと向ける。あれ、この人、もしかしてデニスの知り合い?
「はははっ、そうだろう、そうだろう。キミは昨日の過ちを、一生心に抱いて生きて行くしかないんだよ」
「そ、そんなぁっ!」
 ボロボロと泣き崩れる少年の姿に、何でだろう、何だか自分が悪いような気がして来た。
「それよりもこんなギルドの真ん前で、頭かち割って鼻水垂らされていたんじゃ営業妨害もいいところだよ。手当してやるからとりあえず中に入ってくれる?」
「ありがとう、デニス。あと、ついでに依頼も持って来た」
「ありがとう、金づる。白湯くらい出してあげるよ」
 そんな二人のやり取りを見て、「これってもしかして、自分じゃなくってデニスが悪いんじゃないだろうか」と思ったロジィであったが、それは敢えて黙っておく事にした。



 どうやら少年は、ライジニア王子のお付きの人だったらしい。デニスとサーシスとともに聞いていた彼からの依頼内容に、ロジィはそう理解した。
(軍服着ていないから分からなかった)
 プチ家出中の王子の付き人として、マシュール王国の軍服で堂々と町を歩けないのは分かる。でもだからといって、Tシャツにジーンズといったラフな恰好は止めて欲しい。ただの変な男の子だと思ったじゃないか。
「王子は、そこまでしなくてもいいんじゃないかって言うんだけどさ。でもウィードが気になっているみたいだから、一応警戒しておこうって話になったんだ」
「昨日の不審者の話だね。うん、何かあってからじゃ大変だし、僕も警戒しておくに越した事はないと思うよ」
「ああ。それでゴンゴから人を貸して欲しいんだ。オレ達、王子の家出って形でこっそり勝手にこの国に来ているだろ? だからあんまり大事にはしたくないんだよ。ロイ国王に協力を要請するとどうしても大事になっちゃうからさ。だからデニス達に、こっそり手を貸してもらえないかと頼みに来たんだ」
「もちろん。謹んでお受けするよ」
「ありがとう、デニス。じゃあ今夜、潜伏先で待っている。町の人達に勘付かれると困るから、少人数で頼むな」
 打ち合わせが終わったのだろう。少年は「それじゃあ」と言って席を立つと、帰る前にその視線をロジィへと向けた。
「ロジィさんも是非来て下さい。バッチリ活躍して、汚名返上してみせます!」
「はい……?」
 それだけを伝えて一礼すると、彼はその場から立ち去って行く。彼が何を言いたかったのか、いまいちよく分からなかった。
「デニス、今の話は一体何だ?」
 少年が持って来た依頼の内容。
 その詳しい説明をサーシスが求めれば、デニスは真剣な眼差しを二人へと向けた。
「どうやらライジニア王子が、何者かに狙われているらしいんだ」
「えっ?」
「おい、それは本当か?」
 ライジニア王子が狙われている? 確かに彼はマシュール王国の第一王子だ。悪人に狙われる可能性はかなり高い。もしもその話が本当であれば、かなり由々しき事態だろう。
 しかし王子は家出と称して、極秘にこの国にやって来ている。だから王子がこの国にいるという情報は、そう簡単には得られないハズなのだ。
 それなのにその悪人は、一体どうやってその情報を得たのだろうか。
「詳しい事は分からない。けど、王子の付き人であるウィード君がその不審者を見付け、対峙したらしいんだ。彼女は相当な手練れで、惜しくも逃がしてしまったみたいなんだけど……。とにかくその女が王子の潜伏先を突き止め、王子の命を狙って再び現れるかもしれない。だから念には念を入れて、王子の潜伏先の周辺の警備を、僕達に手伝って欲しいって話なんだ」
「その不審者とは、女なのか?」
「うん、黒い髪と黒い目の女だってさ。でも、異国の王子を狙うくらいだ。敵は一人じゃなくって、組織である可能性が高い。サーシス君、ロジィちゃん、キミ達にも来てもらうつもりだけど、十分に気を付けて警備に当たってくれ」
「ああ、分かった。任せてくれ」
(黒い髪と黒い目の女……?)
 その容姿の女、どこかで見た事があるような気がするが……。
 まあ、いいか。
 とりあえずロジィは、それ以上は深く考えない事にした。

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