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第六話 リーダー、大暴走


「だから言っただろう、止めておけと」
 泣きながら帰って来たロジィを迎え、シンガに斬られた頬の傷の手当を終えると、サーシスはロジィの頭を撫でながら、優しく慰めてやった。
「ありがとう、サーシス。マジイケメン」
「ははは、そうだろう、そうだろう。だが、オレには惚れるなよ? オレはみんなのモノなんだからな」
 オレは誰か一人のモノにはならないんだ、とサーシスがどうでもいい決意を付け加える。
 するとその直後、ガチャリと扉を開けて、デニスがその部屋に入って来た。
「あ、お帰り、ロジィちゃん。どう? シンガ君には会えた?」
「会えた。そしてフラれた」
「あはは、そうだろう、そうだろう。だって彼は、守ってあげたくなるような可愛らしい女の子が好みだと言っていたからね。でも、これでキミも諦めが付いただろう? 今回の事は、次の恋に進むための通過点だとでも思えばいいじゃないか」
 何故、フラれる事前提で話をしているのだろうか。まさかこうなる事が分かっていて、わざとシンガの居場所を教えたのだろうか。だとしたらかなり嫌なヤツだ。
「あれ、ロジィちゃん、ホッペどうしたの? 転んだ?」
「違うよ。フラれた時にシンガ君にやられたの」
「目障りだ、消え失せろと言って、刃を向けられたそうだ」
「な……っ、何だってぇっ?」
 今まで人の不幸をケラケラと笑っていたクセに。
 しかしその事実を知った途端、デニスの目が怒りに吊り上った。目障りだから消えろと言って斬り捨てただと? はあ? 好意を向けてくれる女の子に対してなんて態度だ!
「何様のつもりだ、あの男! 許せん! いくらロジィちゃんがウザいとはいえ、やって良い事と悪い事がある! 分かった、僕が直々に文句を言って来てやろう!」
「えー、いいよ、デニス。おかげで目が覚めたんだもの。ちょっと優しくされただけでイイ気になっていた私がどうかしていたのよ。あんな顔だけの男、もうどうでもいいよ」
「ダメ! それじゃあ僕の気が済まない!」
 本当に文句を言いに行くつもりなのだろう。そう言うや否や、デニスは物凄い勢いでその場から走り去ってしまった。
「追わなくていいのか? 今デニスの後を追えば、シンガの潜伏先に辿り着けるぞ」
「だからもう興味ないってば。彼がどこで何をしようが、私にはもう関係ない」
 むしろ関わりたくないと付け加えたロジィに、サーシスもまた「それもそうだな」と頷いた。



 ライジニア王子の潜伏先は、ゴンゴの近くにある空き家であった。
 住宅街からちょっと離れた小さな民家に辿り着くと、デニスはその古い扉をこれでもかというくらいに叩きまくった。
「おい、シンガ! いるんだろう、出て来い! デニスだ!」
 ドンドンバシバシと、けたたましい音が響き渡れば、中からライジニア王子のもう一人の付き人、ウィードが迷惑そうに扉を開けてくれた。
「煩いぞ、デニス。何なんだ、一体?」
「黙れ! そんな事よりもシンガはどこだ! 匿うつもりなら、キミとて容赦はしない!」
「別に匿うつもりはない。シンガなら中にいる。でも静かに……」
「中だな! 分かった!」
「……」
 ウィードが全てを言い切る前に、デニスは彼を押し退け、家の中へと押し入る。
 そして飛び込んだ勢いのまま、デニスは近くの扉をぶち開けた。
「あれっ、デニス?」
「やあ、デニスじゃないか、昼間振りだね。一体どうし……」
「シンガ、貴様あっ!」
「ぐはっ!」
 扉を開けた先にいたのは、不思議そうに首を傾げるシンガと、ニッコリと笑いながら挨拶をしてくれるライジニア王子。
 しかしそんな王子の挨拶など気にも止めず、デニスはシンガを見付けるなり、彼の頬を思いっ切り殴り飛ばした。
「おい、何をしているんだ! 王子の御前だぞ!」
「知るか、そんな事! それよりもシンガ! 貴様、よくもうちの子を泣かしてくれたな!」
「えっ、えっ? 何の事?」
 王子の前で何をやっているんだと、慌てて止めに入るウィードを払い退けると、デニスは倒れ込んでいるシンガに馬乗りになり、その胸倉を掴み上げる。
 しかし当の本人にその罪悪感はないらしい。わけが分からないと惚けるシンガに、デニスは更に眉を吊り上げた。
「惚けるな! 今日国民スポーツ広場で、好意を持ってキミに会いに行った僕の部下を、キミは手酷くフッてくれたそうじゃないか!」
「えっ、フッた? オレが?」
 まだシラを切るつもりか、この男。それともそんな些細な出来事など、いちいち覚えていないとでも言うつもりなのだろうか。益々許せない。
「キミが彼女の好意を受け入れられないのは、仕方がないさ。僕だって、無理に付き合ってくれと頼むつもりもない。でも断るにしたってやり方ってモノがあるだろう? ウザい、消えろと暴言を吐くだけじゃ飽き足らず、剣で斬り付けて追い払うなんて、一体どういうつもりなんだ、コラ」
「斬……っ? い、いやいやいやいや? ちょっと待ってくれ! それ、絶対オレじゃねぇって!」
「シンガ、お前……」
「シンガ、それは男としてと言うより、有機物としてどうかと思うよ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って下さい! 誤解です! オレはそんな事していません!」
 ライジニアやウィードからも非難の目を向けられ、シンガは誤解だと必死に否定する。
 そして怒りを露わにするデニスに、シンガは自分ではないと必死に主張した。
「違うよ、違うって! それは絶対にオレじゃねぇって! なあデニス、その子、本当にオレだって言っていたのかよ? 誰かと勘違いしているんじゃねぇのかよ!」
「彼女がキミの事が好きで、もう一度会いたいって言うから、僕がキミの名前と行き先を教えたんだよ。キミじゃなきゃ、一体誰だって言うんだい?」
「シンガ、キミももう子供じゃないんだ。自分の非くらい認められるようになってくれ」
「待って王子! オレ、スポーツ広場でずっと王子とテニスをしていたじゃないですか! オレのアリバイ、証明してくれたっていいじゃないですか!」
「でもキミ、一回トイレに行ったよね?」
「あんな短時間で、そんな犯行出来るわけないでしょうが!」
 必死に訴えてはみるものの、暖簾に腕押し状態で全く意味がない。女の子に対するありえない暴挙にウィードはドン引いているし、王子はシンガの犯行だと決め付けているし……。
 頼む、誰かオレの味方になってくれ!
「ねぇ、シンガ君。好意を寄せてくれる女の子を文字通り斬り捨てるって、一体どんな気分なんだい? 高嶺の花過ぎて一度も告白された事のないこの僕に、詳しく教えてくれるかな」
「シンガ、頼むから本人に土下座して来なさい。頼むから」
「そんな! 王子! 王子ぃぃぃぃっ!」
 主人に見放され、悲痛の声を上げるシンガだが、悪いのはどう考えてもシンガだ。誰も同情などしやしない。
 しかしそんな仲間の失態を見ていられなくなったのか、ウィードが溜め息混じりに話を切り替えた。
「そんな事より、デニス。オレ達からも話があるんだが」
「は? そんな事より?」
「……。ところでデニス。オレ達からもお前に伝えておきたい話があるんだ。悪いがシンガの話は一先ず置いておいてもらえるか?」
「いいよ。何だい?」
 言葉には気を付けよう。そう誓ってから、ウィードはその伝えておきたい話とやらを続けた。
「どうやらライジニア王子を狙う悪人に、王子の存在がバレたみたいなんだ」
「え、それは本当かい?」
「ああ、王子の事はシンガに任せて、オレは運動場の二階にある見学室から、王子を狙う不審な人物がいないか、運動場内の見回りをしていたんだ。そしたらその運動場に、不審な女がいるのを見付けたんだ」
「不審な女?」
「運動場に来ているにも関わらず、スポーツなどそっちのけで、会場中を行ったり来たりしている女だった。まさかどこかから王子の家出情報を入手し、警備の少ないこの隙に、王子に危害を加えようとしているんじゃないかと警戒していたんだが……。その女、やっぱり誰かを捜しているようだった」
「それで、その女は?」
「一応追い詰めはしたんだが……。すまない、後一歩のところで逃げられてしまった」
「このウィードの剣の腕は一流だ。そのウィードに剣を突き付けられていたにも関わらず、その女はウィードの隙を見計らい、彼の腹に一撃を入れてから逃げて行ったらしい。どうやらその女、かなりのやり手みたいだな」
「オレの失態で申し訳ないが、いざとなったら応援を頼む」
「もちろん、その時は報酬を出すよ」
「ありがとうございます、ライジニア王子。もちろん、報酬次第で僕達は何でも致します。それで、その女の特徴は?」
「黒の長い髪と、キツそうな黒い目が印象的な女だったが、それ以外の事は分からない。その女が何者で、何が目的なのかも、何も聞き出せなかったんだ。すまない」
「分かった。ゴンゴの仲間達にも伝えておくよ。ふむふむ、黒髪と黒目の女かあ……あれ? どこかで見た事があるようなないような?」
 ふと、そんな気がしたが。
 しかしデニスは、それ以上の事は深く考えない事にした。
「さて、それじゃあシンガ君。さっきの話の続きだけれど」
「えっ、まだやるの?」
 ウィードが話を切り替えてくれた事により、その話は終わりだと思っていたのに。
 しかしそんな甘い事を考えていたシンガを、デニスはギロリと睨み付けた。
「あ? 何都合の良い事考えてんだよ。キミには言いたい事がまだまだいっぱいあるんだ。これからこの僕が直々に天誅下してやるからな。覚悟しな」
「シンガ、お前はしっかり反省しておけ。じゃあな」
「デニス、シンガの事は好きにしくれて構わないから。じゃあね」
「ええっ、ちょっ、ちょっと待って二人とも! 話を! 話を聞いてくれ!」
 そう訴えるものの、シンガの言葉になど耳を傾けず、ライジニアはウィードを連れて部屋の外へと避難する。
 そして部屋の外から扉を閉めたところで、ライジニアはその真剣な眼差しをウィードへと向けた。
「ところでウィード。例の子の目星は付いたのかい?」
「いえ、まだです。おそらくゴンゴの中にいるとは思うのですが……」
「時間は無限にあるわけじゃない、早く見付けなさい。デニス達と仲良くしているのは、彼女を見付け、我がマシュール王国に連れ帰るためでもあるんだからね」
「はっ」
 ポンと肩を叩くライジニア王子。そんな主人に向かって、ウィードはそっと頭を下げた。

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