146章 断食の仕事を話す
ミサキは焼きそばを食べながら、今日のできごとを伝える。
「2件も断食依頼がやってきたの。私を殺そうとしているのかと思ったよ」
一人はしつこかったので、刑務所にぶち込んでやった。命を奪おうとする人に対しては、厳正な対応を取るのは自然だ。
シノブはつばを飲み込む。
「テレビ業界はそういうところです。視聴率を取れるためなら、他人を犠牲にします。言い方は悪いけど、たくさんの犠牲の上に成り立っている場所です」
わずかな期間であるとはいえ、テレビ業界に在籍していた。シノブのいっていることには、説得力を感じられた。
「ミサキちゃんの断食は、人々の感動を生みます。感動を演出することによって。視聴率を取ろ
うとしているのでしょう」
ミサキの断食によって、感動の涙は生まれるのか。大いに疑問を持つこととなった。
マイも続いた。
「テレビ業界にとって、人間はコマみたいなものだよ。搾り取るだけ搾り取って、使えなくなっ
たらポイ捨てする」
クドウアヤメは大切にされているけど、10年後は石ころのように扱われる。利用価値を失った原石は、すべての輝きを失う。
シノブは小さく息を吸った。
「アイドル水着は強制されていなかったものの、暗黙の了解を強く感じていた。クドウアヤメさん、サクラココロさんクラスは別ですけど、有象無象アイドルは露出度を高くしないと、優先的
に出演させてもらうのは難しかった」
数少ないチャンスをもらうために、露出度の高い水着を着用する。有象無象のアイドルは、何かを犠牲にする必要がある。
「テレビに出演したあとに、鬱やメンタル不調になるアイドルは少なくなかった。心に深い傷を負って、アイドルをやめる女性もいた」
写真集を売りたくても、女性としての大切な部分を守りたい。多くのアイドルは、葛藤に悩まされている。
マイは顎に手を当てる。
「冷静になったらわかるんですけど、人を引き付ける魅力は身につかないよ。99パーセント以上は、天性によって決まる」
シノブは思い当たるところがあるのか、小さく頷いていた。彼女も才能不足によって、アイドルの舞台から姿を消した。
「近所では敵なしであっても、広い世界ではそうとは限らない。アイドルを目指している人の中で、序列をつけられる。これまでどおりにいかなくて、絶望するアイドルは多かった」
狭い範囲ではすごくても、広い世界では凡人に成り下がる。人間社会においては、上には上が存在している。
「仕事をオファーされるのは、とってもすごいことですよ。私たちはどんなに頑張っても、依頼されることはありません。細々と生活を続けていくしかありません」
「空腹の仕事だけは絶対に無理だよ」
「1000万ペソをもらえるなら、3カ月くらいは断食する。お金のためだったら、どんなことであっても我慢できる」
「シノブちゃん・・・・・・」
体を大切にすべきといっていたのは、彼女の本心ではなかったのか。人間は矛盾で成り立っているとはいえ、驚きを隠すことはできなかった。
ユタカは鋭い指摘を飛ばしてきた。
「ミサキちゃんは、こちらの世界の住民ではないよね」
「ユタカちゃん、わかっていたの?」
「14時間はとんでもない量を食べるのに、10時間は水すら飲めない。人間の体から大きく逸脱している」
シノブは何かを思い出したかのように、手をポンと叩いた。
「大食い大会の賞金を得るまで、生活は成り立つように感じなかった。どうして生活していたのかは、大きな疑問だった」
アルバイトは短時間勤務で、稼ぎは非常に少ない。1カ月仕事をしても、2~3日分のお金にしかならない。
「私は何もしなくても、100万ペソを支給される。こちらにやってくるときに、お金の契約を交わした」
ユタカは金額の多さに、大いに驚いていた。
「100万ペソは、すさまじい金額だね」
「お金をもらったとしても、旅行に一人で行くのは難しい。ご飯を食べる、家で過ごしているだけの生活を送り続けている」
片道で1時間未満の社員旅行ですら、いろいろな人のサポートを必要とする。それ以上の距離となると、命がけの冒険となる。
「ミサキちゃんは旅行をしたいの?」
シノブの質問に、率直な思いを打ち明ける。
「うん。とっても行きたい」
「私でよかったら、一緒に旅行しよう」
シノブは万全のサポートをする。彼女といっしょなら、旅行の難易度は大きく下がる。ミサキは前向きに旅行を検討しようと思った。
「シノブちゃん、焼きそば店はどうするの。こちらの事情だけで、休みにするわけにはいかないよ」
「1日後は無理ですけど、3カ月後くらいならいけるよ。計画的なお休みを取って、旅行にいきましょう」
「うん。旅行に行きたい」
3カ月後に旅行に行けると知って、心はおおいにはしゃいでいた。