わたしと彼の決意 ①
――父が息を引き取ったのは、新年を迎えてすぐのことだった。
クリスマスイブのあの夜から容態は一度持ち直したけれど、年の瀬も押し迫った十二月二十九日あたりからまた悪化し、最期は家のベッドに横たわったままで眠るように旅立っていった。
「――加奈子さん、絢乃ちゃん。この度はご愁傷さまでした。私もショックですよ。まさか
父を婿入り前の旧姓で呼んだ主治医の後藤先生も、ショックを隠し切れない様子だった。
「私の力不足でこんなことになってしまって、お二人にはどうお詫びしていいのか……。本当に申し訳ありません」
「後藤先生、頭を上げて下さい! 夫が亡くなったのは誰のせいでもないんですから」
「そうですよ、先生。父は幸せだったと思います。だって、お友達の後藤先生や、わたしたち家族にちゃんと最期を看取ってもらえたんだもん。きっと……、これでよかったんです」
わたしも、涙声になってそう言った。もしかしたら、「これでよかったんだ」と自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
悲しくなかったわけじゃない。でも、悲しんでいたって父はもう戻ってはこないのだ。だからたとえカラ元気でも、前に進むしかないのだと。
「……そうですね。もしあなた方に恨まれたらどうしようかと心配で。でも、絢乃ちゃんの言葉で僕は救われました。ありがとう」
「……はい」
後藤先生は、わたしにしきりに感謝していた。でも、彼に感謝していたのはむしろわたしたちの方だった。恨むなんてとんでもないと思っていた。
「――パパ、今まで楽しい思い出をいっぱいありがとう。もう疲れたよね……。後のことはわたしやママに任せて、天国でゆっくり休んでね……」
わたしは永遠の眠りについた父に、泣きながらそう語りかけた。「さよなら」なんて悲しすぎるので、それだけは決して言わなかった。
****
父の葬儀は、都内の
葬儀は一応〝社葬〟という形を取っていたけれど、会社の関係者ではない――むしろわたし個人の関係者である里歩も参列してくれた。
「絢乃……、大変だったね」
ダークグレーの大人っぽいワンピースが、黒のボブカットで長身の彼女によく似合っていた。
「里歩、来てくれてありがと。パパもきっと喜んでくれてると思う」
黒のフォーマルワンピースで彼女を出迎えたわたしの目に、もう涙はなかった。もう
そんなわたしの様子に気づいていた彼女は、親友らしい気遣いを見せてくれた。
「アンタさぁ、またムリに突っぱってるでしょ」
「……えっ? そんなことないわよ」
「お父さんのことは何て言うか、ホントに残念だったと思う。アンタ
彼女の言ったことはもっともだった。わたしはまだ十代の子供で、父親を亡くしたばかり。もっと周りに甘えて、泣いてもよかったのだと思う。
でも、わたしはそれと同時に、〝財閥の後継者〟――つまりは大きな組織のトップに立つ人間でもあった。一番上がこんなに不安定だと、下の人たち(という言い方はあまり好きじゃないのだけれど)も不安になるから、せめてわたしだけはドッシリ構えていなければ、という気持ちもあったのだ。
「うん、ありがと里歩。気持ちは嬉しいんだけど、ゴメン。わたしがいつまでも泣いてるワケにはいかないの。この先わたしについて来てくれる人たちを、不安にさせたくないから」
わたしが組織のトップとしての覚悟を語ると、里歩も「そっか、そうだよね」と、分からないなりに納得してくれた。
「でも、あんまりムリしちゃダメだよ? あと、気落とさないでね」
「うん、分かった。ありがとね」
「――しっかしまぁ、仰々しいお葬式だぁね。参列者の顔ぶれだけでスゴいんじゃないの?」
彼女は式場の中をぐるりと見回して、目を丸くした。
「……ね、スゴいでしょ? だから、わたしも泣いてるヒマないのよ」
わたしは彼女に肩をすくめて見せた。
〝社葬〟というだけあって、当然ながら〈篠沢商事〉を始めとするグループ企業の社員や役員の人たちは大勢参列していた。その中には彼――桐島貢の姿もあった。
そして、母方の親族である篠沢財閥の人間も来ていた。正確にいえば、母も祖父の一人娘だったので、祖父の弟たちの子供や孫やといった分家の人たちで、この人たちの中にも全国にあるグループ企業や支部の役員を務めている人たちが何人かいるのだ。
ただ、父方の親族である井上家の親戚はアメリカに移住していたため、残念ながらひとりも参列できなかった。
わたしとしては、父のお兄さんである
彼は父の死をメールで知らせると、「本当にショックだ。帰国できなくてすまない。加奈子さんにもよろしく伝えてほしい」とすぐ返事をくれた。
要するに、母の天敵ともいえるこの
もちろん、この人たちがみんな母の敵というわけではないのだけれど……。
「……ホント、アンタんとこ大変そうだね。あたしじゃムリ」
「でしょう? 分かってくれる?」
彼女は葬儀の間、わたしの隣に座ってくれていた。わたしには、それが何より心強かった。
彼は葬儀を取り仕切る総務課の人間だったので、残念ながらわたしと二人きりで話し込む時間はなく、式前にわたしに目礼しただけだった。
でも、まだ交際しているわけでもない相手にしがみついて泣きわめくわけにもいかなかったので、わたしは彼に寄りかかりたい気持ちを何とか押し殺していた。
――父の葬儀は仏前式ではなく、もちろんキリスト教式でもなく、いわゆる一般的な献花式だった。
父の
最後に喪主である母が花を手向け、参列者に丁寧なお礼を述べ、いよいよ出棺の時が来た。
「――ゴメン、絢乃。あたしはここで退散するよ」
「えっ!? 里歩、火葬場までついて来てくれないの?」
もう帰る、と言った彼女に、わたしは困惑した。――どうせなら、最後の最後までついていてほしかったのに。
「うん……。だってあたし、この中でははっきり言って思いっきり部外者じゃん。さすがに火葬場までついていくのは申し訳ないっていうか。……もう香典も渡したし、あたしの務めはここまでってことで」
「……そっか。分かった。ありがとね」
もしかしたら彼女は、この後に起こるドロドロの骨肉の争いを見たくなかったのかもしれない。
セレブ一族にとってこれは切っても切り離せないものであり、わが一族も例外ではなかった。……ただ、幸いにも父は婿養子だったので、争いの種になったのは経営にまつわることのみで収まったのだけれど。
「――絢乃さん、加奈子さん。火葬場までは、僕が責任をもって送迎いたします」
「桐島さん……。よろしくお願いします」
わたしたち
わたしと母は後部座席に乗り込み、彼が外側からドアを閉めてくれて、社用車は父の棺を乗せた霊柩車の後ろについて火葬場へと向かっていった。
ふと後ろを振り返ると、同じような社用車や黒塗りのリムジン、ハイヤーがズラズラ