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「あのね、ちょっと座って。――珠雨は僕としたいとか簡単に言うけど、僕としてはさあ……ちゃんと段階を踏みたいんだ。わかるかな」
 促されて、さっきまで一緒に寝ていた布団の上に座る。禅一と近い。

「えっと、……段階」
「そうそう。いきなりそういうことをしちゃうのは、つまらなくない? もっと色々その前にあるような気がする」
「デートしたりとか? キスしたりとか? でも昨日それっぽいことしましたよね」
「……そう、だね……」

 指摘したら、禅一のテンションがみるみる下がった。また言いくるめようとしていたのを阻止された感じだ。

「そういや人に委ねて、禅一さんは俺と付き合いたいとか言ってない!」
「あー、うん。そうだね。それもあるね……。とりあえず勘違いのないよう断っておくと、氷彩さんがどうとか、関係ないからね」
「うん、だから?」

 なかなか本題に入らない禅一に、珠雨はちょっと苛立ってくる。もしかしてわざとなのか。わざと焦らしているのだろうか。

「僕は、……その、あ、無理。こういうの苦手。しかも朝っぱらから無理だあ」

 わざとではないようだ。
 単に言えないのだ。自分から告白とかしたことのないタイプだ。
 禅一の眼鏡に手を伸ばし、それを奪う。あっさりと裸眼にされてしまった男は、ぼんやりとした世界で戸惑っている。

「なんで取り上げたの。返しなさい」
「禅一さんは自分の顔面の破壊力を知らないんですね……ほんとこの顔好き。はい、なんでしたっけ。言えないんですか? 言えたら返します」
「言えないわけじゃないよ。どう言おうか考えてるだけ」

 絶対嘘だ。

「しらふじゃ言えない男、ですか? マジで可愛いですね……年上とは思えない。本当に恋愛物訳せるんですか?」
「訳せるよ!?」
 むきになって声が大きくなってしまった禅一は、苦肉の策で唸りながら耳元でぽそりと囁く。

「……I miss you.(君がいないと寂しい)」
「何故英語……。そして何故I miss you? I love youじゃなく」

 一番言って欲しいフレーズを挙げるが言ってくれない。ただ、I miss youでも嬉しいのは嬉しかった。

「I need you.(君が必要なんだ)」
「え、だからそこはI love youの流れでしょ」
 ちょっと楽しくなってきて、ふざけるように言ったら長文が来る。

「Even if the sun hidden from the sky, I can live in beautiful rain.」
「ん? え、なに? ちょっと発音良すぎてわかんない……太陽と雨がなに?」

「……大好きだよ、珠雨」
 急に日本語に戻られた。その言葉はこれまでも聞いたことのあるフレーズではあったが、こんなに至近距離で囁かれたのは初めてだった。鼓膜が震えるような感覚を覚え、ぞくりとする。

 ふと顔を寄せられて唇を優しく甘噛みされ、まだ湿っている髪を撫でられた。あまりにも自然な流れでキスされて、力が抜け倒れそうになる。禅一の大きな手がゆらゆらした珠雨の両肩に伸びたが、それは支える為の手ではなく、布団に倒れる衝撃を緩和する為の手だった。
 ほんの少し、相手の体重がかかる。

「今のは、……つまり、詳しく解説はしないけど、珠雨がいればっていいって意味だよ」
「――えっと、えっと、意訳ってやつですか? なんか逆にハードル上げてると思うのは俺だけ? 普通に言った方が……ずっと簡単」

 禅一の重みを自分の上に感じ、混乱しながらなんとか返す。
 このままどうにかなるのだろうか?
 ぐるぐると一人でわけがわからなくなっていたら、禅一が微笑んで体を離した。いつのまにか珠雨から眼鏡を取り戻し、掛け直している。

「じゃあもう言わない。……珠雨、そろそろ学校行く準備しないと。時間だよ」

 布団の上でこんなに接近して甘い言葉を吐きながら、珠雨の内心を配慮したのか、それ以上のことをしない禅一がなんとなくもどかしい。しかし確かに今は月曜日の朝で、のんびりしていられないのも事実だった。

「物足りなそうだね、珠雨。……続きはまたあとで、ゆっくりと」

 ミッションをなんとか終えたらしい禅一は、気が楽になったのか本来のテンポを取り戻していた。
 ただその「またあとで」は、かなり引き延ばされることとなる。

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