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 結局控室として使っている一階の畳敷きの部屋に布団を用意する、ということで話は落ち着いた。珠雨の部屋に二組敷いて寝るのはスペース的に少し厳しく、また珠雨が嫌がったからだ。今は客のいない店の片隅で二人だけで話していた。
 営業しているわけではないが、小さく音楽を流している。ジャズピアノと雨の音は相性が良い。

「あーあ、つまんないの。久し振りに珠雨とお布団並べて寝られると思ったのになあ」

 夕食のあと珠雨だけ二階の自室に上がってしまって、本当に残念そうにぼやいている氷彩は、禅一が出してくれた紅茶に一度口をつけたが、ふと注文をつける。

「お酒なぁい?」
「氷彩さん、酔うと手がつけられないので」
「ちょっとくらい、いいじゃない」

 甘えるような仕草に、禅一は軽いため息をついて冷蔵庫からアルコール度数の低い缶チューハイを二つ持ってくる。

「どうぞ」
「浅見優しーい。……ね、より戻しちゃおっか? あたし今フリーなんだよね。いい加減子供作るのはもう諦めたし、どうかなあ。珠雨が親元巣立っちゃって寂しいんだぁ」
「まだ諦める年齢ではないでしょう」
「んーん、もういい。これ以上は……」
「よりを戻すなんて、心にもないことを。似たような言葉、前にも聞きましたし」

 自分も缶に口を付けながら、禅一はつれない態度を取った。

「じゃあいいよーだ。今誰かいるの?」
「言いたくないです」
「……んじゃ、珠雨は? ひとつ屋根の下で若い子と暮らして、理性は保つ? あの子あざみちゃんのこと大好きだったし、浅見がその気になればー」
「は?」

 思わぬことを指摘されて、禅一は怪訝そうに何度かまばたきした。

「珠雨にそんな気は起こしませんよ? 第一まだ子供です。……何より、おっしゃる通り男性ホルモン少ないので、ご心配なく」
「やだぁ……それ気にしてたの? ごめんねデリカシーなくて」

 悪気はないのだろうが、本当にデリカシーに欠ける。禅一は少し顔をしかめた。

「離婚原因ですし」
「しょうがないじゃない、浅見相手じゃ子供作れないってお医者さんに言われたら、……だけど子供欲しかったし……浅見を嫌いになったわけじゃ……なくて」

 ぼろっと涙が溢れた。
 だから飲ませたくなかったのだ。酔うのが早いのか、酔ったふりをしているのか。絡むし泣くしで大変だ。仕方のない人だと思いながらも、禅一は聞いてやることにする。

「だって珠雨に兄弟がいたら、寂しくないだろうなって……それにあたしももう一人くらい子供欲しかったから……」
「わかってますよ」
「だけど浅見じゃない男を選んでも、どうしても比較しちゃう。浅見はすごく優しいし、なんでも丁寧で、……もう嫌なの……自分も嫌なの……」

 テーブルに向かってどんどん氷彩の頭が落ちて行く。

「僕は口説かれてるんでしょうか?」
「ただの愚痴だよお。でもやっぱり……女の子に可愛い服着せてみたり、一緒に買い物したり女子トークとかさ、してみたかったなあ。珠雨にそれは望めないでしょ? 結局その後一人も産めなかったけどねえ……天罰かな?」

 取り留めもないことを繰り返す氷彩に、これは本当に酔っているのだろうと判断する。

「珠雨だって買い物くらい、付き合ってくれますよ」
「じゃあ今度浅見も一緒に、三人でショッピング行こ。新しい下着とか見たいんだぁ」
「そういうのはいたたまれないんで、お断りします」
「えぇー、今時学生のカップルでもさ、一緒に下着選んだりするんだよぉ。浅見ったら相変わらず可愛いんだから……」

 今度はくすくす笑いながら、氷彩は残っていたチューハイを一気に飲み干した。顔が上気している。酒に弱いのに酒好きなので、困る。その上勝手に二本目を冷蔵庫から出してきて飲もうとしている。禅一の腕時計は既に零時を回っていた。

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