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姫の戯言

話変わって……
マシューネとリオネングとの会談は何事もなく平穏無事に終わり、一同は故郷への帰路へとついていた。
「どうしたのルース、ずっと浮かない顔をして」
……だが、シェルニ王子とエセリア姫の乗る馬車の中でルースだけが一人、ずっと窓の外を眺めたまま。
「いえ……すいません姫、なんでもありません」
「マティエに会えなかったのがそんなに不満だったのかい?」
王子のその言葉に、ルースは突然取り乱した。
「だ、断じてそんなことはないよシェル……いや、王子!」
「いいんだよルース、ここでは堅苦しいことは抜きだ」
王子は成人の儀を来年に控えた身だが、まだその顔には子供っぽさがうかがえた。
「兄上……マティエとは一体?」怪訝そうな目で妹は兄に尋ねた。
「ぼ……私から説明します。マティエと私は次回会うとき、その……」
「本名はマティエ=ソーンダイク。昔からデュノ家とも深い関わりがある黒羊族の戦士さ、今はマシューネに身を置いているが、かつてはリオネング唯一の獣人騎士として名を馳せていたんだ。その時にルースと知り合って、永遠の愛を誓ったんだ……だよね、ルース?」
王子の隣に座っていたルースは、小刻みに震えながらもゆっくりうなづいた。
人間ならば、おそらく顔を真っ赤にしていたであろう。
「素敵じゃないルース! けど……そのマティエとやらはいったい何処に?」
「我々がマシューネを発つ二日前に、ザレの慰霊碑に先に行きたいと……」
「ザレ……そうか、彼女の同胞がそこに眠って……」
「うん、まずは同胞と先祖の魂に報告をしなければって」
「兄上、ザレというと、西の国の境にある……」
「そうだ。かつてオコニドがまだ西リオネングに分裂したての頃、数多くの獣人たちが殺された場所だ」
「ええ、反獣人政策を唱えたオコニド王のもと、何万人もの私たちの仲間たちが……」
そう言って、ルースはまだ砂塵の吹き付ける外を見ていた。
視線のはるか先には、かつてオコニドと呼ばれていた小国の跡が見てとれた。
今はもうマシャンヴァルの名の下に、存在全てが消えてしまった廃墟を。
「ねえルース、マティエってどんな人なのか、教えてくれるかしら?」
ルースの寂しげな瞳を見て思ったのか、エセリアは彼の小さな手を握り、その悪戯っぽい瞳で彼に尋ねた。
「こらエセリア、そういった話はまだ……」
「いいじゃない兄上、もうルースだって私たちの家族同然なのだから。私も知る権利くらいあっていいはずよね?」
「エセリア……お前、以前よりとても好奇心が強くなったな」と、兄は軽くため息をついた。
「ありがとうございます姫様……」ルースはその手を握り返し、彼女の、まだ見ぬマティエのことを話し始めた。
黒い肌に白い毛を持つ黒羊族。彼女はその中でも一際秀でた体躯をもつ女性であったことを。
人に厳しく、そして自分にも厳しく。与えられた事柄以外にはほとんど口を開くことがない、ひたすらに無口な存在。
だけど、ルースにだけは別だった……という事を。
「早く会ってみたいわ、そして国を挙げてお祝いしましょうよ。リオネングのみんなきっと喜ぶはずよ」
嬉々として話すエセリアだが、対する二人の表情には悲しさすら見受けられた。
「そうだな……いつか、人間と獣人との差別と偏見がなくなれば、そんな日が来るかもしれないかもな」

「兄上……私もいつかそんな恋をしてみたいな」
「……って、獣人とか……⁉︎」
エセリアは兄のその言葉にくすりと微笑み、二人に返した。
「そうね……この前お城に来てくれた、ラッシュって傭兵とか、とても素敵に思えたし」

「え……」
「な……⁉︎」



まだまだ道のりは長いようで。

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