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第10話 パンツじゃないから恥ずかしくない勇者

ん、ん、ん、うん?」

窓から朝日が差し込み小鳥の囀りが聞こえる。
目を擦りながら風の吹いてくる方向を見ると窓際にメイドのヤヨイさんが立っていた。
柔らかそうな黒髪が風に靡きヤヨイさんの横顔を覆う。俺が目覚めたことに気づくと彼女は正面を向き俺の側へとやって来た。

「おはようございます。草薙さん。お疲れでしょうがお連れの方もお待ちですので朝食をお摂りください」

どうやら俺を起こしに来てくれたようだ。しかしこの子は相変わらず表情が固くて読めない。可愛い顔してるのになあ……

「……?どうかされましたか?」

「ああ、なんでもないです。おはようございます」

朝の光に照らされる美少女メイドさん、という幻想的な光景に見惚れてしまっていたらしい。結構長い時間、ヤヨイさんを見つめてしまっていた。
目を逸らし挨拶する。

「体調は大丈夫ですか?お加減が悪いなら仰ってくださいね」

「あ、ああ大丈夫です。大丈夫。俺、起きたらすぐ歯磨きする派なんでもう少ししたらすぐ食堂行くよ。昨日の場所でしょ?」

「はい。ではお待ちしておりますので。ごゆっくり」

ヤヨイさんはお辞儀して退室していった。
美少女メイドさんが部屋から出て行ったのを確認すると俺ははあ、と息をつく。女の子が苦手という訳ではないんだが、ヤヨイさんは会った事がないタイプの女の子だ。何というか触れてはいけないダイヤモンドのような印象を受ける。話していると妙に緊張してしまうのだ。

「最高に爽やかな目覚めだな……」

しかしあんな綺麗な女の子に起こしてもらう目覚めは悪くない。というか最高だ。
俺は窓の向こうを眺めながら伸びをした。田畑が広がり原林が農村と調和した美しい風景がそこには広がっていた。良い村だな。


顔を洗い身支度を済ませ食堂へ行くと女子たちがパンをゆっくりと齧りながら待っていた。

「おはよっス!センパイ!」

「おはようございます。草薙さん」

昨日変な別れ方をしてしまったが瑛子はいつもの笑顔で元気に挨拶をしてくれたし糸井さんも声を掛けてくれた。ま、昨日のことはそんなに気にしなくていいよな。俺なんも悪いことしてないし。
席に着きパンを1枚手に取りバターを塗りながら俺も返事する。

「おう、おはよう。2人ともよく眠れたか?」

「ベッドふかふかだったっス!気持ち良かったっス!」

「瑛子さん寝惚けて私のベッドに入ってきましたけどね」

「あ、あれはおトイレの帰りに間違えて……!真理さんも起こしてくれれば良かったじゃないっスか⁉︎朝起きたら美女の顔が横にあったんでビックリしたっスよ⁉︎」

「いやあ……起こすのも可哀想かなって。間違えるほどお疲れの様でしたし」

「うっ……う〜〜……」

「百合百合しいな、君たち……」

なんだか隣の部屋では楽しそうな事が起きていたらしい。やれやれだぜ。
そうこうしているうちにヤヨイさんがハムエッグとサラダのお皿を持ってきてくれた。朝食も美味そうだ。

「村長夫妻は王都への馬車の手配と手続きをしています。あなた方の見送りには来るそうなのでよろしくと言っておりました」

「そうですか……何から何までお世話になりましたね。心から感謝してます」

全くだ。もう訪れないかもしれない見知らぬ人間相手にここまでしてくれるなんて本当にありがたい。それは仕事なのかも知れないが心のこもったおもてなしだった。

「いえ、それは主人に言ってあげてください。喜ぶと思います。あと貴方がたの装備品を預かっておりますので屋敷を出るまでにお返ししますね」

そうだったな。あのよく分からない瑛子だけチートぽい装備のことも聞いておく必要があった。















「こちらに全て保管してあります」

朝食が終わるとヤヨイさんの案内で屋敷の一室に通される。そこには数時間ぶりに見る俺たちの装備品と武器が持ち主ごとに丁寧に並べられていた。泥なんかも丁寧に落とされているようだった。
元の世界では滅多にお目にかかれないものだ。何しろ俺たちの街にモンスターは出ないのだから。それに俺たちの世界なら銃刀法違反だなこれ。並べられた持ち物を見渡し、瑛子と俺の装備品を見比べてみる。やはりどう見ても瑛子の物のほうが質が良さそうだ。剣に鎧にティアラにあと……ふと一枚の白い布に目がいく。こんなものあったっけ?
何気なくそれを掴み上げてみる。綺麗な生地だなあシルクか?高そうだな。そう思って眺めていると後ろの方から小さな悲鳴があがった。

「キャアァァァァ‼︎」

「どうした⁉︎エイコ?いてぇっ!」

高音の悲鳴の主は瑛子で俺の手から白い布を掴み取ると思い切り突き飛ばされた。
勇者瑛子の力で突き飛ばされた俺は床に転がり倒れるしかなかった。

「な、何しやがる……⁈おれをころすきかエイコ!このアホ毛女⁉︎」

いってえ……勇者の膂力ハンパないな!中学生レベルに小さい女のくせに……
俺は床に伏せたままこの理不尽な仕打ちに抗議するが当の瑛子は目に涙を浮かべながら真っ赤な顔でなんだか怒っているようだった。

「ヘンタイ先輩!先輩はヘンタイっス!スケベ!ムッツリ!野獣!ぼっち!」

瑛子はさらに顔を赤く染め飛び跳ねながらまだプンプン‼︎している。なぜだ⁉︎

「なんでだよ⁉︎」

くっそ……俺が何をしたっていうんだ……⁉︎そこまでボロクソ言われることをしたかなあ??

「草薙さん……ちょっと」

糸井さんが眉を顰めながら倒れてる俺の耳元に口を近づけてくる。

「あれ瑛子さんの……その……レオタードなんですよ。つまり……」

「……」

そうか……あの布は瑛子の肌を直接包んでいたものでつまり俺は瑛子の下着を思い切り掴んでたんだな。しかもあんなにじっくりと直視してしまった。ヘンタイと言われても仕方ないな。
……人生やサッカーは失敗の連続でそれを如何にリカバーするかっていうのが1番大事だ。こういう時普通の男であれば戸惑い、反応に迷いさらに深みへと落ちていくだろう。しかし数々の修羅場をくぐり抜けてきたのになぜかサッカー弱小校まで流れ着いた天才サッカー選手草薙明信はこんな時慌てない。戸惑ったりしない。落ち着いて考え、最適解を導き出すのだ。ドイツ軍人はあわわわわわわてない!

「そっか分かった糸井さん」

俺は一瞬目を閉じ雑念を横へやると落ち着いて立ち上がりまだ涙目で睨みつけてくる瑛子の前へと歩み寄る。
そして俺に出来る限りの笑顔でそして紳士的な物言いで優しく語りかけてやった。

「ごめんなエイコ。わざとじゃないんだ。タオルかと思ったんだ。でも、俺はお前の下着を触ったとしても何も感じないし触りたいと思ったこともないから安心しろ!つーかお前ノーパンだったんだなノーパン勇者……フアアアアアア⁉︎フゴッ‼︎」

−−天地がひっくり返る

気がつくと俺の体は空を一回転して背中全体で床と衝突する衝撃を受けていた。



――――――――――



「……えーっと落ち着かれましたか?」

ヤヨイさんが気遣わしげに俺たちに語りかける。

「……」

「……」

糸井さんを間に挟み俺と瑛子は憮然とした表情を浮かべ一言も発さない。
瑛子に光速の一本背負いを食らった俺はヤヨイさんの回復魔法で何とか事なきを得たがさっきのはとんでもない衝撃だった。
謝るべき場面でからかい半分に言った俺も悪かったがしかし今の瑛子の投げはお釣りがくるのではないだろうか。

「仲直りして下さいよ2人とも。どっちかというと草薙さんが悪いですよ今のは」

糸井さんが俺に謝罪を促す。
しかしもう背中に痛みはないが釈然としない俺は素直に謝れなかった。

「……こっちの勇者エイコ強すぎてかわいくねーんだもん、向こうなら今のはペチペチパンチで済んでたわ。あー可愛かったな向こうのよわよわエイコ」

「ムキーーー⁉︎なんスカ?その言い方⁉︎信じられないっス!盗っ人猛々しいとはこのことっス!」

「あーーもう、やめ!喧嘩は止めてください!こんな状況で喧嘩したら大変なことになりますよ?本当は仲良いですよねお二人は?仲直りしたいでしょ?」

「「フン‼︎」」

仲裁に入った糸井さんが呆れたようにため息をつき、ヤヨイさんは無表情で喧嘩する俺たちを見比べていた。















−−約30年前 ルルーブ歴751年6の月 王都ヴェトコン

「なにを……⁉︎なにをするんだ⁉︎やめてくれ!やめろおぉおぉおぉ‼︎」

「助けて……たすけてください……たすけて……」

「おのれ、エドワード!狂王めが!きさまにはいずれ天罰が降るぞ!今に見ていろ!このひとでなしが!」

夜半過ぎ、刑場は悲鳴と怒声で阿鼻叫喚の地獄と化していた。狂王エドワードの命令で城の地下牢の罪人が軽重問わず処刑場へと引きずり出されてきたのだ。老若男女問わず搔き集められたその人数は当時の記録には83名と記されている。全員の手足には鎖と枷がかけられ逃げ出すことは不可能であった。
刑場の地面にはナラーティアの描いた円形の魔法陣が罪人たちを囲むように施されていた。また、罪人たちの体にも刑場に刻まれているものと似た何らかの刻印が刻まれている。

「ナラーティアよ、これで悪魔を呼び出せるのだな?たかがこの有象無象どもの命と引き換えに」

狂王は幾人かの衛兵を引き連れ高台から刑場を見下ろしていた。問いかけた先は横に並ぶ魔術師ナラーティアだった。

「はい、陛下。悪魔どもを統べる魔王の復活には万の魂が必要ですがこの程度の規模の魂でも魔王と悪魔どもの片鱗を見ることはできるでしょう」

妖艶な魔術師の返答に満足したのか狂王は用意された椅子に深く腰掛けながら恭しく命令を下した。

「よし!さあ始めよナラーティア!わしの前に悪魔どもを呼び出せい!エドワード・ルブジネットの名においてこの者らの処刑を命ずる!」

「御意に!」

ひらり、と舞うようにナラーティアは高台から刑場へと飛び降りた。30メートルはあろう高台であったが、彼女にとっては何ということはない高さであった。いかな魔術を用いたのであろうか?
刑場の罪人たちの前に降り立った魔術師は傲然と言い放った。

「薄汚い罪人どもよ!これより貴様らの処刑をはじめる!生きていても仕方がない貴様らが最期に陛下と我の愉悦の糧となれることを誇りに思い死ぬがいい!」

この物言いに罪人たちの間からは一斉に怒声が沸き起こる。全員が殺気に満ちた目でナラーティアを睨みつけていた。

「ふざけるなあ!女狐めが!貴様必ず殺してやるぞ!」

「首1つになっても貴様の喉笛に噛み付いてやるからなあ‼︎覚えていろ!」

「薄汚いのは貴様だ!女狐!王の威を借りやがって!地獄に落ちろ!」

普通の女であれば例え相手が身動きのとれぬ罪人であってもこのような怨嗟を受ければ立ち竦むだろう。しかしこの女は違った。恍惚の表情でその罵声を聞いて微笑んでいた。

「ああ……ああ……いい……いい怨嗟の声だ……はあぁ……いいぞもっと我に聞かせてくりゃれぇ‼︎」

この女の精神ももはや人間のものではない。
魔術師はひとしきり笑ったあと、その紫色の瞳をかっと見開き指で空中をなぞり始めた。

「そしてもっと良いのは……」

その細身から怖気のするような常人では見えない魔力が発され、ナラーティアの表情が笑みとも怒りともつかぬ恐ろしいものへと変貌を遂げた。

「その怨嗟が哀れな悲鳴と命乞いに変じる時よ‼︎」

空中に描かれた文字が黒い光を発し始めナラーティアがこの世界には無い言葉で呪文を唱えると魔法陣からも黒くまばゆい光が発生した。

「軸宍雫七、、、オ �ァ�ィ�ゥ�シ搾シ�ソ�。繹ア竭」

「な、なんだ……!なにをやっているんだ……!やめろ!クソ野郎!」

罪人たちの立っている地面が黒光を放ち魔法陣を構成している文字がゆっくりと回転し始めた。
異様な光景に危険を感じた彼らも叫び抗おうとするが手足に嵌った鎖と枷が逃亡を許さなかった。
そうしてる間にも魔法陣の黒光がさらに強まり障気さえも発生しはじめた。
罪人たちは誰しもが怯え屈強な者でさえその死の予感に恐怖していた。
ナラーティアは止めとばかりに傲然と宣言する。

「さあ出でよ!残酷なる者どもよ!魂の救済者よ!捧げられし贄を存分に味わうがいい‼︎」

魔術師が叫ぶと同時に幾人かの罪人の頭や手足が吹き飛んだ。

「グアァァァァァァァァァァァ‼︎」

「やめろ!いたい!ギャァァァァァァァァァ!おのれ!エドワードォォォォォォ!」

「おもい!やめろ!やめてくれえぇぇぇぇぇぇ!ブガァァァ‼︎」

更に連鎖するように次々と刑場の罪人たちが無残な死を遂げていく。身体が吹き飛ぶもの、圧殺されるもの、串刺しになるもの。それぞれが様々な死に様を見せ地へ伏していく。まるで見えない何か・・に貪り食われるように。
やがて5分もすれば夥しい血の跡を残しその刑場に動くものは何も無くなった。


「これが……悪魔……悪魔の仕業だというのか……?」

高台からエドワード・ルブジネットが呆然と一部始終を見届けていた。
あの狂王でさえ、目の前の光景に恐怖したのだろうか?
−−否

「素晴らしい……素晴らしいぞ……!最高の愉悦だ‼︎これから幾度も幾度もこんなものが味わえるというのか……!」

狂王は悪魔のような笑みを浮かべ衛兵たちが身震いするような恐ろしい嗤い声をあげた。
−−狂王と悪魔
もはやどちらが魔なるものかわからない。

「ご覧ください、陛下。目の前の現象が証拠ですわ。悪魔どもは人間の肉体と魂を貪り受肉します。強力な悪魔であればあるほど多くの贄が必要となるのです」

いつの間にか狂王の傍らに跪いたナラーティアが歪んだ笑みを浮かべ更なる地獄へと誘う。
−−彼らはどこへ向かおうというのか

「ならば……」

狂王が椅子から立ち上がり再び刑場を見下ろす。
存るのは赤き血に塗れた魔法陣のみ。もはやそこには生きてるもの・・・・・・は無かった。

「もっと多くの贄が必要じゃなあ!この世をもっと面白くするぞ!このワシを楽しませろ‼︎愚民どもよ!魔王の贄となれい‼︎」

狂王は高らかに地獄の開門を宣言した。

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