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第11話 仲直りとふぇぇ系女子

「フン!」

「フン!」

「もぉ〜〜……」

瑛子なんかとは口を聞いてやるもんか。
意地をはる俺たちを見て呆れた声とため息を出したのは糸井さんだった。
先ほどから目が合う度にお互いにそっぽを向き会話もない。もう10分ほどそうしているだろうか。
糸井さんは仲裁を諦めたのかヤヨイさんから借りた布で自分のフルートを手入れしている。

「クサナギさま、ナツキさま。これは私事ですが少しだけお時間頂けるでしょうか」

ヤヨイさんが改まって俺たちに向き合う。視線は俺と瑛子の方を向いていた。

「「は、はい」」

相変わらずヤヨイさんの表情は読めないがいつもより声のトーンと視線が強い。
俺たちは虚を突かれ息のあった返事を返す。

「この国はあなた方の世界とは違って大変治安が悪いです。危険な野獣やモンスターだけではありません。わざわざ盗賊になるためだけに訓練を重ねる悪党までいるのです。この世界の武術と魔法を組み合わせた戦術はとても強力で文字通りの一騎当千の者までいて出逢った瞬間に逃走を余儀なくされるレベルの賊までいます。あなた方はとても危険な世界に足を踏み入れたことを自覚してください」

俺たちは何も言い返せない。
瑛子と2人気まずそうに顔を見合わせる。
さらにヤヨイさんは続けた。

「……親しくしていた友人との突然の別離が予告無しにやってくる、それがこの世界なのです……まだ仲直り出来ませんか?」

「「……」」

俺たちはもう一度お互いに目を見合わせる。
くだらない事で喧嘩したな……
環境が変わったストレスや不安もあったのかもしれない。

「ごめんな、エイコ。不用意に私物を触った俺が悪かったな」

「い、いえ!私も投げ飛ばしてごめんなさいっス‼︎過剰反応だったっスね……」

俺たちは自然にどちらともなくお互いの手を差し出し仲直りした。
糸井さんはホッと胸を撫で下ろし、ヤヨイさんもどことなく表情が緩んだような気がした。

「一介のメイドが出過ぎた真似をしてすみませんでした。どうかご容赦ください」

俺たちの仲直りを見届けるとヤヨイさんは深々と頭を下げて謝罪した。
そんな彼女の態度に俺たちのほうが恐縮してしまう。

「いやいや、とんでもないっスよ!頭を上げてくださいっス」

瑛子がヤヨイさんの肩を抱きしめその謝罪を遮った。






















「カード化……ですか?」

「はい、専用のスキルが必要ですが」

目の前に並べられた昨日着用していた俺たちの装備品を眺め、改めて良くあの森を超えられたものだ、と思った。鎧や武器は重たくて持ち運びが大変だ。いっそ瑛子の武器以外置いていこうか?という話をしていたらヤヨイさんが重要な情報を教えてくれた。
手に入れたアイテムはカード化して持ち運べるというのだ。ただし専用のスキルと取り出す時にもそのスキルが必要だという。
もう一度ウィンドウを確認するが俺たちにはそんな魔法やスキルはなかった。

「私たちにはそんなスキルはありませんが……」

もうすぐ帰るとはいえそんな魔法があるのなら習得しておきたいところだ


「『アイテム士』というジョブのユニークスキル『マテリアライズ』という能力が必要ですね。もしくは巻物スクロールによる呪文スペルでカード化する方法もありますがこちらはコストがかかり過ぎて一般的ではありません」

この世界には巻物スクロールという呪文スペルを込められた便利な文字通り紙の巻き物があり、魔法が使えなくてもそこに込められた呪文により素人でも様々な魔法やスキルを使用できるらしい。しかし一枚につき一回限りの使い切りだそうだ。つまり10個のアイテムを出し入れする時には20の巻物スクロールが必要になるわけだ。そうなると特に『マテリアライズ』の巻物スクロールは高価でコストが悪いそうな。

「うっおう……それで更に出し入れを繰り返したらすっごく金かかりそうだな……」

「ご安心ください。ならばアイテム士を直接雇えばいい訳ですよ。知り合いのアイテム士には話をつけてありますからご心配には及びません。と、言ってる間にお見えになりましたね。どうぞお入りください」

コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえヤヨイさんが返事する。
するとゆっくりとドアが開き小柄な女の子が部屋に入ってきた。

「こ、こんにちは、みなさん。わ、私はアイテム士のキャリーと言います……ぅぅぁぁよろしくおねがいしますぅぅ……」

ウェーブがかかったブロンドの髪色をしたその小さな女の子はおどおどとヤヨイさんの後ろに隠れるようにして俺たちに小さな声で挨拶した。
……大丈夫かな
俺たちは別の不安を覚えたがヤヨイさんは恥じ入り隠れるキャリーちゃんの肩を叩き俺たちの前に押し出し紹介する。

「大丈夫ですよ。この子はこう見えて優秀なアイテム士なんです。これで戦闘の勘もいいんですよ」

よく見ると可愛い顔をしている。隠してよくは見せてくれないが。
……いや、大丈夫なのかこの子
いくらヤヨイさんの言とはいえ俺は不安になってきた。危険な旅路じゃないのぉ⁉︎
そして……やはり反応する奴がいた。

「……うわああ……可愛い子っスね‼︎ね、センパイ、糸井さん!蜂蜜みたいな匂いもするっス!キャリーちゃん?初めまして私はナツキエイコ16歳っス!キャリーちゃんの年はいくつっスか〜〜?」

「ふ、ふぇぇ〜〜⁉︎じゅ、13ですぅぅ〜……あ、あまり抱きしめないでくださ……ふぇぇぇぇ〜〜⁉︎」

「……うおお!中学生⁉︎ふぇぇ系女子っスよ!ふぇぇ系‼︎レアっスよ!レア!よしよし、キャリーちゃん?お姉ちゃんの膝に乗りましょうね⁉︎」

「ふ、ふぇぇぇ〜〜⁉︎」

テンションあげあげの瑛子がキャリーちゃんに抱きつき髪の匂いをくんくん嗅いでいる。まるでじゃれつく犬のようだ。年下相手とはいえ本当失礼な奴だ。こいつは元来パーソナルエリアの意識がおかしい。就活の面接で爆発するがいい。

「やーめーろって、エイコ。かわいそうだろ⁉︎」

俺は瑛子の手からキャリーちゃんを引き剥がし仔犬と化した勇者の頭を軽く小突いてやった。


















−−約30年前 ルルーブ歴751年6の月 王都ヴェトコン

血の匂いが辺りには燻り月夜が惨劇の跡を照らす。
そこには蠢めくものは何もない。
狂王の宴から数時間後、虫のさざめきだけが聞こえる草原にひたひた、と足音が近づいてきた。

馬に乗った複数の黒い影がやがてそこで立ち止まった。

「いいか、この狂った惨劇を伝えるのだ。国の皆に、そして王に立ち向える者に」

影の1つが月明かりに照らされる。
白髪のその初老の男は筋骨隆々としてその身体はよく鍛えあげられているのが月夜でもよくわかる。

朧の月明かりに揺れる影は3つ。
語りかけられた方の影の声には隠しきれない怒りが混じっていた。

「……ふざけるなよ……お前のせいだ……!お前に責任がないとでも思っているのか?」

先ほどまで処刑が行われていたこの草原に血の匂いが風に乗って燻る。

「なあ、元親衛隊隊長サイモンさんよぉ……」

3つの影のうち1人は先ほど諫言により王の癇癪で折檻をうけた兵士アンディ。
彼は本来であれば今宵狂王の余興の生け贄となる運命であった。
しかし彼は囚人が集められたどさくさに紛れて助けようとした侍女と共に助け出された。

「そんな口をきいていいのか?命の恩人に向かって」

そう、このサイモンの手によって。
さらにサイモンは続ける。

「私の気が変わったらどうするのだ?」

アンディは苛立たし気に地面を蹴り上げた。

「どうせ今夜くたばる運命だったんだ。殺したきゃやれよ」

その返事をきいてサイモンはくっくっ、と嗤った。嫌な嗤い方だ。まるであの狂った王のように。

「そう捨て鉢になるな。貴様の運命はそこの女の運命でもある。そうだろ?」

そう言って側の女を顎でしゃくる。
名指しされた女は俯き何も言えなかった。
この女は先ほど王の癇癪で投獄されていた侍女だ。アンディが助けようとした侍女である。
2人はこの瞬間まで特に言葉を交わしたこともなかった。

「クソ野郎が……そもそもあの狂王を玉座に就けたのはてめえだろうが……!みんな言ってるぜ?お前が……」

「おっとそれ以上は言わないほうがいい。お前は今本当にギリギリのライン・・・を踏みかけている」

サイモンの声に殺気が混じりアンディが押し黙る。
相手が初老のロートル兵とはいえアンディには勝てる気がしなかった。

元親衛隊隊長サイモン。長年狂王を護衛してきた彼には悍ましい噂があった。

エドワードは先王の19番目の王子であった。
また5番目の側室の子でもあった。
決して王位継承順位が高かったわけではない。
そんな彼がなぜ玉座に就けたのか?
それはエドワードの他の兄弟が次々と不慮の死を遂げたからであった。
そしてそれは……

アンディは足元の石を蹴り上げる。
今夜の惨劇に彼は計算ができないほどに気が立っていた。

「答えろ!サイモン!アレ・・はお前がやったのか⁉︎答えなければ俺は貴様なんぞの使い走りになる気はない‼︎」

月夜に男の怒号が響いた。
彼は捨て鉢になっていた。無理もない。

サイモンが冷たい目で線・を踏み越えた男を見つめる。

そう、サイモンにはエドワードと王位を争う兄弟王子たちを殺害した、という悍ましい噂があった。だからこそ長年エドワードの親衛隊隊長を勤めてきたのだとも。

夏だというのに惨劇の草原に冷たい風が吹き抜けた。

「……気に入らないか?やりたきゃやれよクソ野郎」

自棄になっているアンディはサイモンに悪態をつくのを止めない。

暫し2人は視線を交わす。
それは短い時間ではあったが2人にとっては永劫の時のように感じられた。

やがて歪な笑みと共にくっくっとサイモンが嗤い出した。

「気に入ったぜ、お前!やっぱりお前じゃなきゃできねーわ。この仕事は」

サイモンは天を仰ぎ狂気の嗤い声を上げた。
侍女は恐怖に慄きアンディは呆気にとられる。が、アンディはやがて気を取り直し再びサイモンを睨みつけた。

「ふざけるな‼︎答えろ!この外道が‼︎その薄汚い笑い方をやめろ‼︎」

殴りかからんばかりの勢いでアンディは言い放った。
ピタリ、とサイモンの嗤い声が止みアンディに向き合った。
サイモンの眼差しはまるでガラス玉のような瞳だった。

「ああ、悪い悪い。そうだ、王子たちを殺ったのは私だ。だが殺った王子は3人だぜ?噂には尾ひれが付きすぎなんだよな」

サイモンは悪びれもせずに過去の大罪を告白した。
まるで命を奪った呵責などないかのように。

唐突な告白にアンディは硬直するがやがてその身体が震えだす。
それは怒りか恐怖か……

「おい?おい、聞いてるかアンディ?……フン」

やがてアンディは拳を固めサイモンに殴りかかった。
しかしその拳は難なく躱され腕を掴まれるとそのまま地に向かって投げ飛ばされた。

「落ち着けよアンディ。もう終わったことじゃないか。なあ?そうだろ?」

サイモンは地に伏すアンディに問いかける。
何人も殺しておきながらその顔はとても己の罪を悔いているようには見えなかった。
……ならばなぜ?

「……ふざけるなよサイモン!他の王子を殺してまで王位に就けた王を今度はてめえで殺ろうってのか?茶番は独りでやれ‼︎クソ野郎!」

アンディは真っ赤になって吠える。
サイモンのやろうとしていることはまるで意味がわからなかった。
今度はあの狂王を殺そうというのだから。

「いいか、アンディ。過去のことはいい。重要なのはこれからだ。もうこの国、いや世界にはあの狂王は要らねえ」

サイモンは王城のほうを見つめる。

「いや、居ちゃいけねえんだ」

そうして今度はおもむろに剣を抜き倒れてるアンディの顔の真横に突き立てた。

「いいか、よく聞け。南のカームランドに行け。そこにはエルフとの戦いを命じられたブライアン・バーゼルが戦うふりをして妖精王と毎晩毎晩酒宴を開いてやがる。お前はこの状況とこの手紙を伝えるだけでいい」

そう言って封に入った手紙を一枚投げつけた。

「……なぜだ?それだけの事をしてエドワードを王位に就けておきながらなぜ今奴を殺そうとする?仕事をして欲しけりゃ俺を説得してみろ、サイモン‼︎」

アンディは倒れたまま睨み返す。
彼にはわからなかった。
この男は何がやりたいのか?

サイモンは剣を地から引き抜き土を払うと鞘に収めた。
そして昏いガラス玉の瞳で話し始めた。

「ナラーティアの持ってるアレを見たか?あれは『黒の書』だ。本物の魔王を呼び出す。王はあんな物に愉悦を感じるまでに腐りきっちまった。明日から毎日毎晩この狂った宴を開き続けるだろう」

再び王城を見る。今度はアンディにも分かるくらいに憎しみのこもった目であった。

「私は絶望している。この世界にな。人生を賭けて築いてきた精巧な細工が振り返ってみればただのガラクタどころか災厄を振り撒くゴミに変わっていた絶望がお前ごときに分かるか?」

「……」

サイモンは手を伸ばしアンディを助け起こそうとするが、彼は手助けを拒否し自分の力で腰をあげる。

「倒すんだよ、私とお前で。私がこちらの陣容を伝え更にここぞのタイミングで裏切る。バーゼルは乗っかるだけだ」

「……負けたら、負けたらどうなる?」

アンディが体に付いた土を払う。
蝙蝠が羽撃く羽音が近くに聞こえた。

「この世界は終わりだ。狂王は生物が滅亡するまで饗宴を止めないだろう」

アンディは拳を握りしめ歯嚙みする。
この外道に従うのは癪だが狂王は一刻も早く倒さなければならなかった。

意を決しアンディは侍女に手を貸し用意された馬に飛び乗った。

「いいか、終わったら俺はお前を殺すぞ⁉︎わかったな?」

「ああ楽しみに待ってる」

歪な笑みを浮かべるサイモンを後にアンディは馬の横腹を蹴った。

しおり