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嵐のあとで【後編】



「でも、百人近く生徒が集まってるのに教員になる竜石職人が五人って少なくない? 大丈夫なの?」
「ああ、元々竜石職人は少ねぇーからな。とにかくその人数で回せるように、エールレート坊ちゃんが配慮してくれるそうだ!」
「ああ、エールレートがね」

 そういえばあいつも今年で十六歳じゃないっけ?
『緑竜セルジジオス』の王都にも貴族学校があるから、入学するんじゃないの?
 と、思ったが……跡取りではない次男坊をわざわざ学校に行かせるよりは働かせた方がいいのか?
 でも、学校の運営をやるのなら学校の事を学びに学校へは行った方がいいよなー。
 なにしろ学校なんだし。
 ま、そこら辺はドゥルトーニルのおじ様と本人の意思次第だろう。

「宿舎の方に集まり始めているし、希望者はすでに教育が始まってる。いっぺん挨拶行っとけよ!」
「あ、はーい」

 なるほど。
 正式な開校は十月だが、待てない奴ってのはいるものだ。
 というより、緊急的に保護したレベルの生活困窮者……かな?
 予定人数は百名ほどだが、クーロウさんの話を聞く限りだとすでに四十名近くが寮に入り、教員として招かれた竜石職人に竜石核の刻み方を学んでいるらしい。
 早急に自活していけるように、という配慮が感じられる。
 先に学生生活を始めたのは十二歳から三十五歳までの男女。
 寮は女子寮、男子寮に分かれており、食事は自分で作る。
 女性の中には、竜石職人よりもその学校の食堂の方で食事を作る係を希望する人が出てきたとか。
 飯を作るから材料と金を寄越せ、と言い出し、早くもトラブルになっているんだって。
 出稼ぎに来たのと勘違いしてるんじゃないの。
 まあ、その辺りはカールレート兄さんや、エールレートがなんとかするだろう。

「家や畜舎は問題ない。店も大丈夫だったぞ」
「ありがとうございます」

 見回りをしてチェックしてくれた人たちにお礼を言う。
 まあ、多分クーロウさんまで現れた理由はアレだろうな、という予感があった。
 若い人たちがあからさまにそわぁ……としている。
 そこへ、店の方からラナが顔を出した。

「みなさーん、チェックありがとうございまーす! よければかき氷、食べてってくださーい」
「「「いええええええええい!!!」」」
「待ってましたぁぁぁぁ!」
「……………………」
「はい! 一気に食べないでくださいね!」
「「「はーーーい!!!」」」

 …………なんの状況かって?
 俺が聞きたいよ。
 ムッキムキマッチョたちが勝手に外にテーブルと椅子を作って、ラナが運んできたかき氷を食べるこの絵面。
 かき氷……ラナが「堂々と氷が作れるようになったら次はコレでしょ!」と作り始めた……ああ、まあ、正しくは俺が竜石道具として作ったんだけどね、かき氷器なるものを。
 トゲトゲをつけて加工した鉄のお皿を上に置いて、大きめに作った氷をじょりじょり、じょりじょり細かく砕く。
 そうすると、雪のように白く積もる。
 それに甘いシロップと果物を添えていくと出来上がり。
 同じく甘く味つけした牛乳をかけるとまろやかになる。
 俺はほんのり甘め、フルーツ多目。
 うん、美味しいですとも。
 というか、こ、氷をこんな事に使ってしまうという発想よ……っ!
 お、恐ろしい……本来なら年に一度、王族しか口にする事を許されないのに。
 こんなじょりじょりに削って、甘いシロップをかけて、フルーツまで添えて……ああぁ、なんて恐ろしいー!
 掻き込み過ぎるとキーンってする!
 これは天罰なのではー?
 で、クーロウさんたちが『竜の遠吠え』で俺たちが備えに関する勝手が分からないんじゃあないかと心配して来てくれて、色々説明してくれた時にラナが試食品として出して……まあ、あとはお分かりだろう。

「うんめぇ……うんめぇ」
「カーーッ! これこれ!」
「はぁ〜〜、五臓六腑に染み渡る〜〜〜」
「おれぁ、幸せだなぁ」
「コレが毎日食えたなら……!」

 ……このザマだよ、マッチョたちが。
 クーロウさんも目を閉じて一口一口に全神経を集中させるようにして味わってるから声をかけられない空気。
 なにあの甘味に対する真摯な態度。

「ふふふ、夏の限定メニューはこれで決まりね」
「……」

 ラナはラナで目が獲物を捕らえた商人の眼。
 奴らは金蔓なったのだ。

「それはいいけどお店の名前は?」
「…………」

 一気に目が遠くなったな。
 いやいや、ダメでしょ。

「ラナさん、もう八月も半ばなんですが。開店確か九月とお聞きしておりますが」
「わ、分かっておりますわ」
「開店が遅れると思うんですが」
「うおおおぉう……!」

 頭を抱えてしゃがみ込むラナ。
 俺も大概ネーミングセンスがひどいので、あんまり役に立たないしなぁ。

「俺も一緒に考えるから今日中に決めなよ」
「本当!? 手伝ってくれるの!?」
「だってこのままじゃ開店出来ないでしょ」
「うおおおん! ありがとうフラン〜!」

 がばっ。
 と、ラナの腕が首に回る。

 ……………………ん?

「あ! ご、ごめっ!」
「え、あ、うん?」

 すぐに離れたけれど、今……。

「…………。ちょっとルーシィに水あげてくる」
「え? さっきあげてなかった?」
「え? あげたっけ? 分かんない、忘れた。確認してくる」
「あ、う、うん。いってらっしゃい……?」

 とりあえず厩舎に行く。
 満タンの水入れ。
 ルーシィが「どうした?」というように不思議そうな顔をする。
 いやー、あのー、そのー。

「…………」
「……ブゥ……」

 背中に顔を埋めて、獣臭を肺いっぱいに吸い込む。
 …………うん、よし、大丈夫、落ち着いた。

「問題なし!」
「…………」
「やめろ、そんな目で見るな。本当に大丈夫だし」

 そういう事じゃない?
 あ、ああ、はいはい。

「……仕方ないだろ」

 まだ慣れない。
 というか、慣れるんだろうか、これ。
 まずは手紙で普段言えない事を伝える。
 とは言え、この気持ちは本当に形容し難い。
 どうしたらいいんだろう。
 文字にするの無理じゃない?
 いや、頑張るよ?
 頑張るけどさ。

「うん、まずは店の名前」

 あと一ヶ月もない。
 看板とか、どうするつもりなのか。

「ただいま」
「おかえり。どうだった」
「ああ、うん、大丈夫だった。……えーと、それで店の名前だっけ」
「そ、そう!」
「嬢ちゃん、言いたかないけど看板が出来るのは一ヶ月後だぞ。今決めても看板は九月半ばになるからな?」
「おーまいごっと!」

 おーまいごっと?
 いや、よく分からないけど、クーロウさんもレグルスもかなり待ってくれてると思うよ?
 だから早く決めないといけないのに。
 あ、俺も考えるの手伝うんだっけ。

「候補とかねーのか?」
「こ、候補?」
「ああ、そうだね。二ヶ月もうんうん唸ってたんだし、候補のいくつか考えてないの?」
「あ、あるにはあるけど」

 持ってこーい。
 と、俺とクーロウさんに言われて一度家の中に戻っていくラナ。
 多分部屋に置いてあったのだろう。
 トントン、と階段を上り、しばらくして降りてくる音。

「こ、これ」

 出てきたラナが差し出した一枚の紙をテーブルに置く。
 候補は結構絞られていてた。
『ゆかり』
『えにし』
『えん』
『きずな』
『のぞみ』
 とりあえずこの辺が有力候補として残っているらしい。

「でも、こう、全部パン屋っぽくないのよ……! 新幹線かっ、って感じで」

 しんかん……え、なに?
 けど、そう言われると、まあ、確かに……。
 そもそも『ゆかり』とか『えにし』とか『えん』は意味も分からない。
 ラナ語かな?

「フ、フランは、どれかいいの、ある?」
「んー……」

 候補の中から決めていいのなら、楽でいい。
「勘でもいい?」と聞くと十回くらい頷かれた。

「なら『えにし』かな。意味はよく分かんないけど」
「…………」

 ん?
 なぜ赤くなるのか。

「じゃ、じゃあ、牧場カフェの方は『えにし』にするわ」
「え? パン屋は?」
「それは、えーと……ど、どれがいい!?」
「ええ、それも俺が決めていいの?」
「いいわよ、私じゃ決められないんだもの……」
「『えん』?」
「決定!」

 早。
 つーか、本当にそれでいいのか?
 クーロウさんの方を見ると……あれ、あの人たちいつの間にかかき氷器を取り囲んで「早く回せ」「もっと筋肉を使うんだ!」「俺の分もお代わり!」ってやってるんですけど……。
 いや、それスイッチ入れると全自動なんで筋肉いらないんだけど?
 なぜ手動で削ってるんだ。
 手動でやると氷が荒削りになるんだけど。
 ……それがいいのか?

「仕方ない脳筋たちだな。……中からフルーツ切って追加で持ってくるよ」
「あ、う、うん。じゃあ、私はクーロウさんに看板を依頼するわ」
「でも、本当にそれでよかったの?」
「もちろん! ……あの、ね、上の三つ、それぞれ私の前世の世界では『(みどり)』とすごくよく似た字の別の読み方なのよ。この国って『緑』は縁起がいいんでしょう? あやかれたらいいな~って」
「! へえ……緑……だとしたらこの国には御誂え向きだね」
「でしょ? ……まあ、意味は違うんだけど」
「ん?」
「な、なんでもないわ。それよりフルーツ」
「そうだった」

 あの調子だとあのマッチョたちあと二杯くらいお代わりを所望しそう。
 店舗用の冷凍庫に、割と大きめの氷を作ってあるから間に合いそうっちゃ間に合いそうだけど……開店前の試食段階でかき氷器が奪い合われているのを見ると、あと二、三台準備しておいた方がいいのかな?
 まあ、全部自分たちで……なぜか手動で削ってるから、あの手の人種はかき氷器を与えておけば全部自分で作ってくれそうだけど。
 しかし、筋肉の塊みたいな兄さんたちが小さなかき氷器を囲んであーだこーだと叫ぶ姿のなんと滑稽な事か。
 切り分けたフルーツを皿に載せて持っていくと「きゃー」という甲高いような野太いような絶妙な奇声が上がる。

「いつか夏祭りもしてみたいわね」
「なつまつり?」
「前世の世界にあったお祭りよ。夏の暑い夜に屋台を出して、踊ったり花火を見たりしてご先祖様の霊をおもてなしするの」
「ふーん?」
「この世界には、そういうお祭りないものね」
「そうだね?」

 少なくとも貴族時代にはなかった。
 ご先祖様の霊をおもてなし……? というのも分からない。
 それに、はなび、とは?
 屋台はかろうじて俺も知ってるけど……本当に不思議な世界から転生してきたんだなぁ、ラナは。

「よく分かんないけど、楽しそうだな」
「それに似た事なら出来るかもしれない。来年出来ないか、レグルスが帰ってきたらクーロウさんやドゥルトーニルのおじ様を巻き込んで企画してみるわ!」
「……いいんじゃない?」
「でしょ! 楽しみにしてて! 絶対楽しいわよ! 屋台で買い食いして、みんなでワイワイ踊ったり太鼓を叩いたりするの!」

 と、胸を張る。
 お祭りね。
『青竜アルセジオス』はこの時期、いつ来るか分からない『竜の遠吠え』に備えててんてこ舞いだから祭りだなんてとんでもない、って思うだろう。
 でも、ここは『緑竜セルジジオス』。

「『竜の遠吠え』の被害が出ませんようにってお祈りするお祭りって事にすれば、定着していくかもね」
「あ、それナイスね! ……そっか、お祭りには理由がいるのね」
「えぇ……」

 理由もなく騒ぐつもりだったのかこの人。
 まったく、本当に……何度こっちの想像を乗り越えてしまうんだろうか。


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