バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

面倒な来客



 店名も決まり、看板は一昨日クーロウさんちに発注完了。
 完成は一ヶ月後。
 で、開店予定は二週間後。
 頭を掲げるラナさんだが、仮看板は作ってくれるそうなのでパン屋はギリでなんとかなるんじゃないかな?

「……問題は牧場カフェの方よね」
「メニューまだ悩んでるの?」
「だってー、あんまりメニューを増やしたら私がわけ分かんなくなりそうなんだものー」
「メニュー表作れば?」
「…………。……それだわ、なんで今まで思いつかなかったのかしら」

 ラナは時々アホ全開だなぁ。
 アホ可愛い。

「よし、そうしよう! んー、悩み事も解決してきたし、ちょっと早いけど夕飯の準備始めちゃおうかしら」

 ラナがご機嫌になって背伸びをする。
 ふふ、お互い手紙の件は触れなくなってきたな。
 イコールお互いめちゃくちゃ煮詰まっている……そういう事だ。
 参ったね!

 コンコン。

「ん?」
「あら? こんな時間に誰かしら」

 夕暮れ空になりつつある。
 夕飯準備にはやや早めだが、人が来るには遅すぎる。
 玄関扉を叩かれたからには仕方ない。
俺が出るから、と扉に向かう。
 人の気配……それも複数。
 外にいるシュシュは吠えてない。
 という事は敵意ある人間ではないって事かな?

「はい」
「あ……ユ、ユーフラン」
「……お前」

 カタカタと身を震わせる男。
 その足下にはシュシュが尻尾を振っていた。

「どなた?」

 ラナが後ろから声をかける。
 あー、うーん……これはー、どーしようかなー……。

「ん、まあ、ちょっと事情だけ聞いてみる。待ってて」
「え? ちょ、本当に誰?」
「いいからいいから」

 ラナに見えないように扉を少し狭めて、その隙間から外へ出る。
 で、閉める。
 扉は中から開かないのに踵で押さえつけ、とりあえず前にいる男に向き直った。
 しかし、階段の下……アーチの下には大型テントつきの荷馬車がある。
 あっちからも人の気配がすごい。

「おいおいおい、どーゆー厄介ごと持ち込んでくれたわけ? ダージス」
「…………」

 笑顔は作れた。
 しかし、絶対笑い事では済まされない状況なのは感じ取れる。
 深くフードを被ったそいつは、俺と同じ『青竜アルセジオス』の伯爵家子息ダージス・クォール・デストだ。
 数ヶ月前にお忍びで現れて、俺に「スターレットが使い込んだ工事費用をなんとかしてほしい」と言ってきた。
 あれ、なんとかなったんじゃないの?

「……実は……『竜の遠吠え』でクラガン地区のタガン村の一つが…」
「それは……ご愁傷様としか言いようがないけど……、……は? じゃあまさかあの荷馬車の中の人たち……」
「タガン村の奴らだ、身寄りのない奴らだけだが……。スターレットの奴、クラガン地区に『何事もなく無事である』と報告しやがって……」
「………………」

 スターレット、お馬鹿が過ぎる。
 もはや救えないレベルまで落ちたな。
 マジかよ、これは頭が痛い。
 工事業関係はスターレットの家が担当。
 だから公爵の爵位を与えられている。
『青竜アルセジオス』は大きく三つの地区に分かれており、クラガン地区の領主であり全地区の工事関係を担う役割があるのがスターレットの家、フェンディバー公爵家、というわけ。
 ……なのに、自分の工事の不手際を隠すために、流れた村の人たちを……ダージスに押しつけたらしい。
 頭が、痛い。

「いやいや、さすがに地図から村の名前が一つ消えればバレるだろう。税収だって減るし、タガン村といえば穀物や野菜を生産する農家を増やすのが目的で、陛下が直々に指示して作られた村じゃないっけ? いずれ町に発展させるようにって……」
「え? そ、そうなのか?」
「…………」

 知 ら な い ん か い 。

「それは、まあ、なんつーか……」

 クラガン地区は『緑竜セルジジオス』に隣接する地区である。
 そして陛下の肝いりで作られた村……ダガン村は『緑竜セルジジオス』に一番近い『青竜アルセジオス』の村、と言えよう。
 俺とラナがこの国に来る時に使った道は公道であり、ダガン村へは公道から伸びる脇道を東に進まねばならないので寄らなかった。
 遠回りになっちゃうからな。
 正確には、村を発展させ、町にすれば公道まで到達する……予定だったんだ。
 ああ、頭が痛い。
 スターレットよ、なんて事をしてくれやがったのか。
 ダガン村は、今後の『青竜アルセジオス』の食糧供給に大いに貢献する予定だったのだ。
 それが流された。
 高台避難施設へ避難用の橋の建設が行われていたはずが、作りが甘く流された、とか「身寄りがある奴はそっちへ行け。他は知らない」と言い渡されてダージスが絶望したとか……まあ、ポロポロポロポロ出るわ出るわ。

「おっけー、了解」
「! 助けてくれるのか!」
「いや、とりあえず親父に連絡する」

 チクるとも言う。
 あとついでに別ルート使ってアレファルドにもチクる。
 さすがにこれは次期国王のアレファルドの耳にも入れておいた方がいい案件。
 ん? 陛下の耳に入るんじゃないかって?
 入るんじゃない?
 どーなっても知らんけど。
 だってそれだけの案件だもん、スターレットお疲れ様でしたって感じなのしょーがないでしょ。
 無知すぎてさすがの俺も引いている。

「まず何人連れてきたの」
「……さ、三十二人だ」
「多いな。で? 彼らの意思はどうなの? 『緑竜セルジジオス』に移住したい? それとも『青竜アルセジオス』に帰りたい?」

 それによって対応が変わるんですよ。
 すると、全員身寄りがないのと、村が流され、知り合いとも引き離され、とにかく全員が憔悴しきっていると言われてしまった。
 あー……そう、か。
 その辺の配慮、俺は出来ないからな。
 ラナ?
 ラナは別。

「仕方ない……。少し待ってて」
「あ、ああ」

 これは俺一人では対処出来ない。
 なので、扉を開けて夕飯作りに勤しんでいると思っていたラナに声をかけようとしたら……。

「さあ! 全員店舗に案内しなさい!」
「……盗み聞いてたね?」
「はしたないのは謝るけど、隠し事しようとしたフランが悪いのよ。あんな言い方されたら気になって聞き耳立てるのは人の(さが)!」

 そうか?

「料理経験のある者は前に出なさい! スープを作るわよ!」

 外へ出てきたラナがおたまを振りかざし突然の宣言。
 おかしいな、この子『憔悴してる』って部分もしかして聞き漏らしてる?
 だが、数人の女性が馬車から顔を覗かせて「料理、私出来ます」と手を上げ始めた。
 疲れ果てた顔はしているけど、お腹は空いてる感じ?

「は? はぁ!? 料理……って、エ、エラーナ嬢……!?」
「ん? アンタ誰?」
「ダ、ダージス・クォール・デスト。俺たちと同じクラスの伯爵令息……」
「え? …………。……あ、そ、そう? そういえば、まあ、なんとなく、クラス……あー、はいはい、そうね、うん……いたような気も……しないでもないような……」
「素直に覚えてないって言えよ!」

 ラナさん、クラスメイトに興味なさすぎでは?
 目を逸らしながら「き、きっと記憶の混濁のせいよ」と言い訳してるけど、学んだ事はともかくクラスで一緒に生活してた奴の事覚えてないのはどうかと思う。
 俺は年間レベルでクラスにほぼ不在だったけど。
 ほら、あの、仕事が色々ありまして?
 だから俺の事を覚えてないのはギリ分かる。ギリ。
 でもダージスは皆勤賞ですから。

「まあ、いいわよ。アンタがどこの誰でも!」
「いや、よくはねーだろ!」
「どうでもいいからフランと一緒に今から町へ布団なり毛布なり買いに行ってらっしゃい。すぐお店閉まる時間になるわよ! ほら! 男どもボケっとしてないで今夜寝る場所作るくらいしなさい! 料理出来る子はこっちの建物の厨房で食事作るわよ!」
「っ!」
「フラン」
「はいはいーい。了解でーす。行こう、ダージス。野郎はともかく、女性に寝心地の悪い床で寝てもらうのは心苦しい」

 ラナがかっこよすぎで惚れ直す。
 はぁ〜、なんなのこの子、アホ可愛いだけでなくカッコいいところまであるなんて……。
 上限が見えない。
 ……まあ、それプラス、だろうな。
 この人数、受け入れるのは俺たちだけじゃ無理だ。
 彼らの身の振り方も全員が同じではないだろう。
 クーロウさんに連絡して、ドゥルトーニル家の方へも連絡してもらわなけりゃならねーよ。
 荷馬車にいた村人とわずかな荷物を下ろし、俺とダージスで『エクシの町』へと向かう事にした。
 しかし、思った以上に荷物が少ない。
 皆着の身着のまま逃げてきた、って感じかな。
 だが、あれだけ荷物が少ないという事は……。

「人的被害が出たのか?」
「っ!」

 牧場から少し離れて、馬車の中にいたダージスへ聞いてみる。
 反応を見るになかなかの人数犠牲になったと見ていいな、これは。
 ああ、別に……珍しい事ではない。
『竜の遠吠え』は天災だ。
 時折、犠牲者も出てしまう。
 そうならないように備えるのが領主であり、地区主であり、貴族の役割なのだ。

「……俺の……クォール家のせいにされるんだ……」
「だから連れて逃げてきたのか」
「だって、だって……! じゃあ、他にどんな手があったっていうんだよ! アレファルド殿下は俺みたいな下っ端の話なんか聞かない! スターレットに言いくるめられて……公爵家の権威に……俺と、家はなにも言い返す事も出来ずに潰されるんだ!」
「…………」

 御者台にいるから、その表情までは見えないけど……言ってる事はまあ、その通りだろう。
『青竜アルセジオス』の貴族にとって、公爵家と王家は守護竜にも等しい存在。
 アレファルドは伯爵家以下の貴族と会話する事はなくなっていたし、ラナ以外の公爵家のアホ子息たちの中でもスターレットは眼鏡してるだけあって狡猾。
 まあ、アホっちゃアホなんだけど。
 他の二人よりは、幾分、つー話ね……多分眼鏡の分くらい。

「はあ……じゃあ、どーすんのお前。お前も『緑竜セルジジオス』に亡命希望? だとしても『青竜アルセジオス』の方に色々手続きで書類とか送らないとダメだし、こっちで生活するって言っても平民からスタートだけど? アテとかあるの? まさか俺をアテにはしてねーよなー?」
「っ……」
「……まあ、すぐに全部決めろとは言わないけど……身の振り方くらい考えてから逃げてこいよ。それも……三十二人も背負い込んで来やがって。マジ、後先考えてないとか最悪」
「…………」

 このくらい言っておけば自分の背負っている命とか人生とか、少しは自覚してくれるかな。
 とは言え、ダージスの実家も今頃大変だろう。
 とりあえず布団買って、クーロウさんに連絡相談、町にいる間にダージスに実家へ手紙を書かせて……俺も親父にチクる手紙を書こうっと。

「…………はあ」

 アレファルド、俺の言葉はお前に届いただろうか?
 今回の件もお前の傲慢さが引き起こした事だぞ。反省しろ。
 ……俺で最後に……してくれればよかったんだが……なぁ。

しおり