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前世の消失

 クラリスという名前を受け取ってから、早百数十年の月日が流れていた。

 異常の原因を知ったクラリスは異常を極めようと決意し、修行を始めた。
 神王女として、超越級の魂を持つ者としても、高い知性と能力を身につけることは必須だったのだ。

 だからこそ今日も神々の元で修行に励んでいたのだが。


 「クラリス。大事な話があるから今日の修行は中止してくれるかい?」

 「大事な話? 改まってどうしたの?」

 「ちょっと来て」

 「……分かった」


 ゼルテスが真剣な表情をしていたため、クラリスは大人しくついていくことにした。

 変わり者で明るい神々と過ごして来たためか、ちょっと暗い思考の持ち主だったクラリスも明るい少女になっていた。
 まだ控えめで大人しさはあるが、神々としてはこの変化がとても嬉しいらしい。


 連れて来られた先は初めてゼルテスと会った場所だった。
 その名も『狭間の神殿』。神界の民とその他の民が相見えるために存在する、ただ延々と白が続く純白世界だ。

 ついて早々、日本人の思い描く近未来風とでも言うのか。数々のスクリーンが出現し、データが次から次へと流れていく。


 「これって、地球の許容量のデータ?」

 「うん」


 どの世界にも許容量がある。許容量の限界が原因で美春という少女は早くして死んで、クラリスという神の王女になったのだ。


 「実は今、また限界を迎えそうになってるんだ」

 「どうして? 私の魂が地球から消えたら半分くらい減るはずだけど。そんな短期間に、半分も埋まっちゃったの?」

 「違う違う。加藤 美春って少女の記憶が許容量の半分を占領しちゃってるんだ」

 「ええ!? 私の記憶だけで!?」

 「うん、そう」


 驚愕だった。超越級の魂は、生きたその記憶だけで膨大なデータ量を誇ると言うことを初めて知ったのだ。
 それはゼルテスとて同じだった。

 2人は何を示し合うでもなく、ゆっくりと目を合わせ頷くあった。


 「記憶を消せば、いいんだよね」

 「そうだよ。加藤 美春という痕跡が何1つとしてなくなるんだ」

 「神族と天使族は覚えてるよね」

 「もちろん」


 (加藤 美春の両親への、最後の最後の親孝行……かな。異常な娘を持った記憶が消えてしまった方が、きっと、きっと為になる。楽にもなれる)


 「お父さん。お願い、消して」

 「いい決断だよ。見ていくかい?」

 「目に焼き付けるよ」

 「ふふ、そっか」


 固い決意とともに、クラリスはゼルテスに意思を伝える。真っ直ぐなその目に、ゼルテスはしっかりと答えた。

 スクリーンの方を向いたゼルテス。クラリスの目は、流れる水の一滴をも逃さないほどの真剣味を帯びている。
 加藤 美春が消える瞬間を見届けるつもりなのだ。

 ゼルテスの指が何かのボタンを押した。


 「さようなら、私の前世」


 呆気なく消えていったデータ。でもどこか、寂しいや悲しいと言う気持ちはなかった。


 「お父さん。私、お父さんの治める別の世界に行ってみたいな。神王直轄世界群の、どこか!」

 「それもいいかもね。だったら、許容量を食わないよう何か策を考えないと」

 「お父さんにお任せするよ?」

 「うーん、これは腕によりをかけないとねぇ。任せといて」


 バツの悪そうだったゼルテスを元気付けるため、クラリスは明るくそう言った。
 でも本当に、寂しさや悲しさはなかったのだ。今の親はゼルテスで、周りには優しい神々がいて。

 ほんのちょっとだけ、クラリスは我儘を言ってみた。

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